拝啓、3人の葵へ 第11話
◇ 11
「わたしでいいの?」
『ああ、休憩してる間な、ずっと考えてたんや。葵の“色” このまま埋もれさせるのは勿体無いし、葵は、他の誰よりもオレのこと好きやろ』
うん、知ってた。
「って、ええ!!? 何で知ってるの!」
彼は非常に声がいい。本人は「普通やろ」と笑うが、いつも電話越しで心地よい関西弁と共に、穏やかな声優の森川帝王のような声が聞こえてくる度わたしの心臓は忙しかった。
『葵がオレの作品の一番の理解者だって知ってる。書くたびにここはどうなんだ、これは? って質問攻めにされて、オレは読者から疑問が上がるのが本当に嬉しかった。そうか、まだ唸らせるには足りないんか……ってな。オレはステップアップの為に休止する。代わりにな、葵の斬新な設定で、もう一度違う物語に色を入れたいんや』
わたしは設定において絶対的な自信を持っている。斬新な発想、そして他者と被らないもの。
それは彼も同じだった。他人と同じモノを作り上げて、自分の個性を殺して何になる?
彼もわたしも、はっきり言って万人受けする作品を作り上げてはこなかった。わたしが恋愛においてラブコメを書いたのはただの需要があったからだ。今でも過去のラブコメを見ると果たしてこれは面白かったのか、と疑問しか残らない。
他にはない、2人で作り上げるファンタジー、人を完全に引き込める世界観、とにかく他にはない斬新な設定でワクワクするような冒険、それでいて最後は読者をいい意味で期待を裏切る大作。
恭さまの目には、その先が見えていたらしい。
『オレひとりやったら、あかんのや。オレだけの狭い目だと書けないものが、葵が一緒なら出来るんじゃないかって』
「わ、わたしでいいの?」
『ああ。オレは、冗談でこんな告白はせんで?』
もうかれこれ30分前から目がぐるぐる回っていた。握りしめた携帯電話が汗でじっとりしてツルツル滑る。嬉しい、嬉しい……!
まさかの推し作家から合作をしようだなんて声をかけられた悦び。
これは今日から眠れないな、なんてあの時はワクワクしっぱなしだった。
「よ、よろしくお願いします!」
『オレは、厳しいからな? ちゃんとついて来いよ、葵』
うん、知ってる。
彼が推敲にどれ程の時間をかけているか。時に悩みすぎてご飯が食べられなくなるくらい物語に対しての熱量が違う。家庭があるから、そこまで没入したらあかんのにな、って言ってたっけ。
確か、自分の書いた作品を1週間以内にもう一度読み直して、第三者としての冷静な目で見る事が大切らしい。
わたしはそういう必要な工程をごっそり省いてきた気がする。だから勢いだけで書いていた事も多いし、最初は需要のある作品をただ毎日更新する事に全力を注いでいた。
ただ、あの行動が全て無駄だったとは思っていない。あの地道な忖度と人気稼ぎがあったからこそ、新しい土台で物語を紡いだ時に少しでも読み手が出るんじゃないか、と感じている。もう流石に疲れたし無意味だな、と思ってやめたけど。
『おーおー、豆腐メンタルの葵が、鬼の辻村についていけるのかね』
「うるさいよ」
頭の中で気分屋の葵がニヤニヤ笑っていた。私は彼の作風とは真逆で、語彙量が圧倒的に足りない。
底辺の底辺でバタバタしているわたしが何処まで彼についていけるのか。それでも、今まで辿り着いた事のない合作という響きに、とにかく歓喜した。
◇
2人の合作はそれからスタートした。わたしは嬉々として、暫くオフラインで辻村様と合作に入るのでおやすみします、と活動に蓋をした。
彼の文章を愛してくれた人達には本当に申し訳ない思いだったが、彼曰く、「オレの作品をちゃんと読んでくれた奴なんて5人もおらんで。だからな、オレが今更休んだ所で誰も悲しまへん」との事だった。
いや、ここに恭さまの作品が停滞してがっつり心の中で泣いている葵さんって人が居るのですが……とはとても言えなかった。
要するに、互いに有名な人の間を行き来して名前を売り、レビューを書いてお返しいいねを押す。
そんなクズみたいな事がネットの世界では当たり前のように横行していた。
事実、彼が届いたコメントで喜んだのはたった3人だった。他のコメントは的外れなものが多く、2人で辟易したのを覚えている。
オフライン活動1日目、まずは2人の情報をまとめるツールを模索した。わたしはiPhoneだが、彼はAndroid。アプリもこれがいいんじゃない、あれがいいんじゃない、と色々探したが互いの機種でマッチして且つ使い勝手の良いモノはなかなか見つからなかった。
3日目にわたしが偶然みつけたメモとフォルダ整理のワークベースアプリを見つけ、それから今までメールでやりとりしていた設定をどんどん入れた。
合作をスタートして、毎週金曜日の夕方はわたしの癒しになった。当時のわたしのシフトは金曜が固定休みだったので、彼は仕事が上がる夕方5時以降、家に帰るまでの1時間必ずSkypeで電話をくれた。まるで遠距離彼氏だ。
時計を確認し、家の事をソワソワこなしていると、妄想族の葵が「羨ましい!」と妄想を勝手に膨らませていた。
気分屋の葵は「どうせ気まぐれなスタートなんだろうし、1ヶ月持たないだろう」と鼻で笑っていた。
いつも言葉がうまく出なくてどもってしまうわたしに、社交的な葵がいつも「自分の生の意見を出すんだよ」とエールをくれた。
大丈夫、わたしには味方がいる。
今までネットの世界で散々叩かれたけど、自分にはこんなにも頼もしい味方がいる。
夕方5時、Skypeが鳴る。わたしは3コール以内に出た。ゆっくり息を吐いて、「もしもし?」と声を出す。
カチッ、カチッとライターの音が聞こえた後、必ず彼は車内でマルボロを吸う。
あの息使いが好きだった。
絶対に見えるはずがないのに、彼の一挙一動はわたしの目にいつでも焼きついている。
そんな事を話したら、「オレの車に葵が仕掛けた監視カメラでもあるんか」と笑われた。
タバコの煙を吐き出したところで、彼はにこりと笑った。
『ただいま、葵』
「お、おかえりなさい。恭ちゃん」
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