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6/26 心の底からの大丈夫をきみに


ちいさくておおきい希望をにぎりしめ
ほどかないままきみは生まれた/青野佑季



 私事ではありますが、6月26日に、第1子を出産しました!

 25日の早朝に高位破水し、そのまま入院。翌日の昼すぎに無事に出産という流れだったのだけれど、まあ、本当に、痛くて苦しい、だけどうれしい、あっという間の出来事だったな・・・
陣痛の壮絶さを体験して、もういやだ、陣痛嫌い、といまは思っている。もうあの痛みを思い出すことはできないし、思い出せてもそれはもう、本来体験した痛みとは絶対的に違うのだった。間違いなく人生で1番の痛みを経験した。だけど、産んだ瞬間、それまでの痛さなんて吹っ飛んでいた。これが出産なのか、と、全身全霊で体感した。


随分と早い年頃から、 わたしには母になる資格はないだろうな、と思っていた。なれたとしても、良い親にはなれない気がしていた。育てられたようにしか育ってきてないのだから、わたしの親と同じように、我が子へも理不尽な思いをさせてしまうかもしれないと思うと恐ろしかったから。

だけど、色んなことを経験して、色んな人と出会って、本と出会って、創作することを選んで、生きて、夫とパートナーになったことで、結果、母として生きる道が始まった。

人として生きるには余りにも柔いし、脆いし、ちょっと目を離したら簡単に手の届かないところにいってしまいそうな危うさをはらんだ、小さな小さな命をこの世に生み出した。これはもうなかったことにも、みえないことにも、おなかのなかへもどすことも、なにひとつとして、「無い」にはできない。「無い」にしたいわけでもない。
ただ、私たちの都合でこの世に存在することを強制してしまったのではないか、と考えると、身体中を流れる血が冷水になるような感覚に襲われる。
だけどわたしち人間は、ずっとこれを繰り返してきている。そして私と夫も例外なく、その責任を背負っていくのだ。幸せの形のひとつとしてひとつの命を求めて望むということにはそれ相応の責任が生まれる。
それはやっぱりこわいことだと思った。だけど望んだ。望んだくせになにもかもがわからないことだらけだけれど、川上未映子さんの『きみは赤ちゃん』にもあったように、わが子に会えて、本当にうれしい。
ただただ、うれしい。いまはそれに尽きている。

でもたったひとつ、本当だといえることがあって、本当の気持ちがひとつあって、それは、わたしはきみに会えて本当にうれしい、ということだった。きみに会うことができて、本当にうれしい。自分が生まれてきたことに意味なんてないし、いらないけれど、でもわたしはきみに会うために生まれてきたんじゃないかと思うくらいに、きみに会えて本当にうれしい。このさき、なにがどうなるかなんて誰にもなんにもわからないけれど、わからないことばっかりだけど、でもたったいま、このいま。

わたしはそんなふうに思って、きみを胸に抱いて、そんなふうに思ってる。

川上未映子『きみは赤ちゃん』


 母子同室になった初めての夜、コットのなかで小さな胸を小さく上下させながら呼吸をしているわが子をみつめていると、すごく自然に涙が出た。かなしいでもない、うれしいでもない、だけど、色んな気持ちがまぜこぜになっているのはたしかで、そこにどんな言葉があるのか、全てを並べることは出来ないけれど、たったひとつ、はっきりと掴めた言葉は、「大丈夫」だった。

だいじょうぶ、何も心配いらないからね。
大丈夫だからね、
沢山寝て、沢山飲んで食べて、たくさんたくさん、生きてね。

大丈夫だから。

何回も何回も、我が子にも、自分にも魔法をかけるように心の中で唱えていた。
そのまま朝まで、ずうっと泣いていたい気がした。
私の母も、今の私と同じように、幼い私に対してそう思ってくれた時はあったのだろうか。
痛くて悲しかった思い出も、眠れなかった日々も、たくさんあったけれど、「母のようになりたくない私」と、「母のようになりたい私」がいることは、母親になる資格がないと思っていた時から、自覚していた。何故なら、母もまた人間だから、優しい人でもあるし、頼りになるところもあるから、全部を否定することはできなかったからだった。私はその両方を知っていて、その両方をもらっていて、ぶつけられていたから、許すとか許さないとかじゃないところで、母を母として受け入れていたからだった。

私の生きてきた人生の道のりは一本道にまちがいなくて、どこかしらないパラレルからここに飛んできた訳でもない。まちがったところをまちがったままで、傷傷跡も残ったままで、わたしは親になった。夫も父になった。私たち夫婦は、もう親なのだ。

全部大丈夫。どうにかなるし、どうにかする。
言い聞かせているような部分もあるけれど、魔法の言葉でもあるのだ。呪いなんかじゃない。幸せになるためでもない。ただただ、いま、この瞬間がなにごともなく大丈夫であることが、嬉しいから。これからもそうであってほしいという願いなのだ。

頑張ろう。そしてこれからも変わらず、わたしらしく書き続けて、創り続けながら、新しいかたちで、いきていこう。

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