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Anizine

写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。
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2023年6月の記事一覧

枯れたオジサンの役目:Anizine

平林監督は「おじさん」についてよく書いていますが、当事者としていつも楽しく、時にはジクジたる思いで読んでいます。 若い頃、おじさんと接するときは緊張したものです。一般的な事務職とは違って、我々はお父さんもしくはおじいさんのような年齢の人と一緒に仕事をします。プロジェクトの末席に参加しているというのではなく、専門職として分業するのです。ベースとドラムとギターみたいなことです。これは20代には責任が重く、業界でも名の知られた百戦錬磨の年長者と同じステージに立つのですから、緊張も

フレデリック・ガンジャ:Anizine

数日前にある人のプロフィールを読んだのですが、ああ、たまにこういう書き方をする人がいるなあと思いました。「主語がわからない」タイプです。 主語というのは視点でもあり、誰がそれを言っているか、です。何かを表現する人は「視点」が勝負ですからそこが疎かになると信頼を失います。そう言うと、自分は絵を描いているんだから文章なんて関係ない、音楽をやっているんだからどうでもいい、などと言い返されることもあります。 1980年東京都港区生まれ、3歳から世界的なピアニストである父親の唐澤健

カツカレーの映画:Anizine

コンテンツを世の中に送り出す仕事をするためには、「どう受け取られる可能性があるのか」を知らなければいけないので、映画を観た後はレビューを読むことにしています。最初は鑑賞者として、最後は制作者として体験するのですが、いかに何も伝わらないか、間違って受け取られるかに愕然とします。 映画は自分の楽しみのために観るのですから、監督が考えたことと寸分違わない感情を受け取る必要はありません。それはそれでいいのです。しかし、「今日はサッパリしたものを食べたかったのに、あのカツカレーは重す

荒野の白い紙:Anizine

白い紙を一枚渡されて、何か好きなモノを描いて、というと困る人がいます。これってどういうことかわかりますか。順番が違うのです。 何かを表現したい人は「白い紙が目の前に置かれるのを待っている」のですが、紙が置かれてから悩む人は「待っていない人」です。とても簡単なことを言っているようですが、実は極めて重要で残酷な判断基準です。 私たちは美術の時間に画用紙を渡されて、さあ、ここにあるリンゴを描け、と先生に言われます。みんなが思い思いにリンゴを描き、上手だとか下手だとか言い合います

完パケる:Anizine / 写真の部屋

先日あるシーンが頭に浮かんだのでそれをメモしておいたのですが、次々に話が進んでいって、まあまあのプロットになりました。脚本にはほど遠いですが、物語の骨子は見えています。なぜそんなことをしたかと言えば、山形ビエンナーレで「架空の映画の脚本を写真にする」という展示をしたのを思い出したからです。それと近いことができそうだなと感じました。 ポスターやスチールはあるのに映画の本編だけがない、というおかしな展示でしたが、もしかすると、もしかするとですけれど、かなり保険をかけた発言をしま

ベスト16の人々:Anizine

最近あまり聞かれなくなった言葉に「ワナビー」というのがあります。英語だと「want to be」で、何者かになりたいがなれていない人々のことを、やや揶揄した表現でした。もしかしたら今はワナビーがマジョリティになってしまったからかもしれません。どんなことでもできそうだと思い込まされ、でもできない。挑戦している間は何かをしているように思えるのですが、できなかったことはゼロです。 そう言ってしまうと冷たいようですが、何かを成し遂げた人と「やろうと思っていた人」を同列に語ることはで

プライベートジェット:Anizine(無料記事)

落語の『雛鍔(ひなつば)』という噺が好きだ。落語にはいくつかのパターンがあって、これは『青菜』と同様、学のない人間が聞きかじったことを真似して失敗するというもの。お金持ちの坊ちゃんは小銭など見たことがないから、落ちていた四角い穴の開いた天保銭を「お雛様の刀の鍔ではないか」と言う。落語は庶民に社会の仕組みや教訓を教える教育的な役割があったというが、これはかなり含蓄があるストーリーだ。 いつもお金の話ばかりして、何かをすれば儲かる、何かをしなければ損をする、高級な、有名な、一流

花壇に水を撒くような:Anizine

「石井くん、やっぱりやめようよ」 「柴田くん、怖いんでしょ」 「怖くはないけど、怒られるかもしれないじゃん」 「ねえ、柴田くんがビビってるよ」 「ビビってるんじゃないんだけど」 「もともと柴田くんが探検しようって言ったんだよね、太田くん」 「そうだよ。柴田くんが幽霊団地があるから行こうって」 三人の小学生は取り壊し寸前の団地の前にいた。通学路から少し離れたところにあるこの建物はロープで囲まれており、立ち入り禁止の看板があちらこちらにあった。 「あそこは老朽化していて崩壊の

点を線につなぐ:Anizine

「お客さん、カメラマンですか」とタクシーに乗ったときに聞かれることが多い。いつも都内の車窓から写真を撮っているからだ。今日はかなり癖の強い雰囲気のドライバーに当たった。「これね、誰にも喋るなって言われているんですけどね」と聞いてもいないことを話し始める。絶対に自分の秘密を打ち明けたくないタイプのドライバーだ。 彼が言うには、アメリカの秘密の機関が日本の芸能界を牛耳っていて、この前の事件もその機関が絡んでいるのだという。「その事件っていうのがね」こちらは教えて欲しいとも何とも

待たせてごめん:写真の部屋・Anizine

昨日は音声メディアコンテンツの収録をしました。あるテーマの6回分を続けて話したのですが、箇条書きにしたものを即興で構築しつつ話すというのは、思ったよりも大変でした。いくつかのキーワードを元に話しながら文章にしているような作業であり、アーカイブ型なのでずっと残ってしまうというプレッシャーもありました。 まず、以前の打ち合わせで仮に決めていた「全体のテーマ」が、ちょっと普通すぎるかなという疑問が生まれ、収録の前に一時間以上悩んでみんなを待たせることになっていまいました。数日前に

停滞しないスポーツ科学:Anizine

ここ最近、ちょっとムリ目にスケジュールを詰め込んでいる。もうそんな年齢ではないのだが、何より『停滞』が恐ろしい。自分の貧しい経験をまるで「世界の真理を見てきた」ように語る人を見ると、サブイボと鳥肌が交互に立つのだ。 アメリカのスポーツ医学の記事で、アスリートは27歳にピークを持っていくのがいい、というのを読んだことがある。目から瓦が落ちたような気がした。日本のスポーツは野球を見ればわかるようにとにかく早く完成形を作ろうとする。私が鼻を垂らしたガキだった頃(比喩)、地元にはリ

ボーナス出さへんで:Anizine

話をするときに「演技する人」が苦手です。私が性格的に重要視しているのが客観性で、これはもう好き嫌いのようなものなのでどうしようもありません。日本語と英語のニュアンスの違いで言うと、道に迷ったとき、日本語だと「ここはどこ?」と言い、英語だと「私は今どこにいる?」という表現になります。 日本語の感覚だと、自分というカメラから目に見える風景を主体的に判断していますが、英語は上空から俯瞰した地図上で、第三者、もしくは神の視点で自分の位置を探しています。日本語の感覚のまま英語の単語に