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花壇に水を撒くような:Anizine

「石井くん、やっぱりやめようよ」
「柴田くん、怖いんでしょ」
「怖くはないけど、怒られるかもしれないじゃん」
「ねえ、柴田くんがビビってるよ」
「ビビってるんじゃないんだけど」
「もともと柴田くんが探検しようって言ったんだよね、太田くん」
「そうだよ。柴田くんが幽霊団地があるから行こうって」

三人の小学生は取り壊し寸前の団地の前にいた。通学路から少し離れたところにあるこの建物はロープで囲まれており、立ち入り禁止の看板があちらこちらにあった。

「あそこは老朽化していて崩壊の危険があるので近寄らないように」と担任の先生が言ったことが裏目に出て、彼らは幽霊団地に集合した。

「女の子の幽霊が出るって聞いたことがあるよ」
休み時間に柴田がそう話して、太田と石井が三人で放課後に行こうと決めた。前の日に雨が降ったので団地の壁は湿っていて、その周囲には黴臭い空気が澱んでいた。

「中に入って、面白いものがあったらゲットしようぜ」
石井と太田は楽しそうに言い合っていたが、柴田は自分が言い出したのに気が進まなかった。団地に近づくにつれて何か嫌な雰囲気を感じたからだ。この団地ができたのは50年くらい前で、今は向かいに新しく綺麗な団地が建っている。住民はみんなそちらに引っ越したようだ。

ロープをくぐって太田が階段を上る。あとに石井がつづき、柴田も渋々ながらくっついていく。階段は苔のようなものが生えていて前日の雨のせいもありヌルヌルする。気を抜くと転びそうだ。五階建ての二階、金属製のドアが少し空いている部屋があった。

「ここ、鍵がかかってないね」
石井がランドセルの中から軍手を取り出し、ドアノブをつかむ。
「俺、軍手忘れたわ」
太田は通路に置いたランドセルの中を見ながら言う。
ギーッと軋む音を立ててドアが開く。さらに強い黴臭さが鼻をついた。
「どのくらい前まで人が住んでいたのかな」
軍手をしている石井が玄関に落ちている新聞やカレンダーの日付を見ていた。
「2013年のカレンダーが壁に掛かっているよ。10年前だね」
箪笥やソファなどがそのままに置かれている。取り壊しでの退去なので捨てる手間を惜しんだのだろう。まるで昨日まで人が暮らしていたようにも感じられた。箪笥をあけるとほんの少しだけ衣服が出てきた。
「俺たちくらいの男の子がいたのかな」
「ああ、ゲームとか漫画もあるからたぶんそうだね」

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Anizine

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。