泥棒は金目の物の夢を見るか?
俺はあるインドの大都市の貧民窟と隣接した地区の安ホテルで目を覚ました。出張続きの寝起きの頭はぼんやりしていたが、壁にかかった絵の中の女性の額の赤い印を見てインドに来ている事を思い出した。
部屋は元々冷房の効きが悪く蒸し暑く、ほぼ裸の状態で寝ていたのだが、窓から差し込む朝日で部屋の温度が上がり始め、その寝苦しさで目が覚めたのだった。
前の晩、知り合いに今までに飲んだことも無いような酒を飲まされたせいなのか、それともベッドが固かったからなのか、起き上がると体の節々が痛かった。日本には明日帰る予定なので、最終日の今日は訪問先も多く忙しい一日になるはずだった。
洗面所で顔を洗って時計を見るともう7時を過ぎていた。目の前の駅から出る8時の列車に乗る予定だったが、もうそれほど時間もないので、俺はスーツを着ると、食事をしてそのまま駅に向かえるようにと鞄を持って部屋を出た。
歩くと軋むような木造の階段を下りてホテルを出て、表の通りに面した雑居ビルの一階の食堂に入った。食堂と言っても、ビーチに良くあるような丸いテーブルとプラスチックの椅子がならべられた、イドリーと呼ばれる米粉から作った蒸しパンの様なものを出す簡素な店だ。
中に入ると、夏物のスーツを着た男性が食事をしている姿が目に入った。テレビで見る尾木ママ(教育評論家 尾木直樹氏)のような優しそうな顔をした初老の紳士だった。俺は久しぶりに見た髭のないアジア人の顔になんだかホッとした。仕事で来ているのだろうか。こちらを見て目が合うと少し微笑んだようだった。
店の中では、遊んでいるのか手伝っているのか、何人かの子供が何度も俺のそばを通った。なんだか店内は騒がしく、俺はふと足元に置いたカバンが気になった。安ホテルの部屋に貴重品を残す方が危険なので、鞄には財布、パスポート、航空券はじめ金目の物を全て入れてきていた。俺は念のため鞄を開けて覗いてみたが特に問題はないようだった。用心しすぎのようだが、帰国前日に物を無くしたりすると大変なので気を付けるに越したことはない。
頬まで髭で覆われた平井堅のような顔の店の主人が持って来てくれたイドリーにサンバルソースにつけて食べていると、先に食事を終えた尾木ママが俺の傍らを通り過ぎながら「事故で鉄道が止まっているようですね」と話しかけてきた。尾木ママは日本人だった。
「8時の列車で移動予定だったのが9時の出発になってしまったので、これから1時間程時間をつぶさなければならないので困りました」
尾木ママは言った。俺もその8時の列車に乗る予定だった。
「そうなんですか … 」
俺は(今日は色々予定が詰まっているのに困ったな … )と思ったが、列車が止まってしまったのならしょうがない。急ぐ必要もなくなってしまったので尾木ママに椅子をすすめた。尾木ママは俺の向かいに腰を下ろすと、世間話を始めた。
***
尾木ママはしばらく前からここに滞在しているらしく、この街のことを良く知っていた。またインドの大衆文化にも通じているようでその話に俺は引き込まれた。
穏やかに話す尾木ママと、イドリーを食いながらそれを熱心に聴く俺。その周りを相変わらず子供たちが走りまわっていた。俺は話題が変わり尾木ママの話が途切れた時に、急にまた足元が気になりテーブルの下を覗いた。鞄が元の位置から動いているような気がした。今度はいやな予感がした。テーブルの下に手を伸ばし鞄を開けてみると案の定、中にあるはずの財布が見当たらなかった。なんと迂闊だったのだろうか。つい先程まではあれほど気にしていたのに。
俺は何度も鞄の中を引っ搔き回してみたが、いくら確かめても財布は出て来なかった。財布の中には現金全てとカード類その他身分証明書など、とりあえず手持ちの金目の物が全て入っていたはずだ。俺は絶望的な気分になった。あたりを見回すといつの間にか俺達の周りを走り回っていた子供達は姿を消していた。
俺の様子を見て「どうしました?」と聞く尾木ママに、鞄の中に入れておいた財布が盗まれたことを伝えると、尾木ママは驚いた顔をして「本当に鞄に入れていましたか?」と俺に聞いた。俺は頷きながら、尾木ママの目の前でもう一度鞄の中を確認したがもちろん財布は出て来なかった。幸いな事にパスポートと航空券だけは鞄の中に残っていた。俺は動転しながらもぼんやりと「最悪でも日本に帰ることはできるわけか」となどと思っていた。
しかし、あれほど気を付けていたつもりでも、結局大事な持ち物を鞄の開ければすぐ見えるところに入れていたままだった自分の不注意さを悔やんだ。なぜ少なくとも鞄の奥にしまわなかったのだろうか。しかもこの異国で帰国前日に一文無し。旅慣れていたつもりなのにこんな事になるとは情けない。
まずは、店の奥に行って店の主人の平井堅に聞いてみたが肩をすくめながら口をへの字にすると、首を横に振るばかりだった。俺はその顔を見ながら、「日常茶飯事なのだろうな。警察などに届けてもまず出て来ないだろうな」と考えていた。
となると自分で探すしかない。俺は「もしかしたら万が一、現金だけ抜いた財布がどこか近くに捨てられていないとも限らない」と言う一縷の望みを抱きながら店を飛び出して辺りの建物を見渡してみたのだった。しかし、道にはガラクタがまき散らされており、このゴミの中から、そこにあるかどうかも分からない財布を探す作業と言うのはまず現実的ではなかった。
俺が絶望的な気分で顔を上げたその時だった。道の向こうからこちらを見ていた一人の男と目が合った。
男は直ぐに歩き始めた。偶然だろうか。でももしや、と言うこともある。声をかけてみる価値はあるだろう。俺は藁をもすがる思いで慌ててそいつを追いかけた。するとそいつも足早に歩き始めた。なんだか怪しい。駅前の人混みの中を縫うように進むその男を俺は追ったが、なかなか追い付けなかった。
しかし小走りでその男を追ううちにどんどん駅から離れて行き、俺は食堂で尾木ママが見てくれているはずの鞄の方も気になり始めていた。良く考えると尾木ママも同じ日本人とは言え先ほど会ったばかりの人間なのだ。
俺は迷った。ここで男を見逃したら財布はもう出て来ないだろう。でも全く関係のない偶然の通りすがりの男なのかもしれない。どうする。俺は迷った末に男を追う事をあきらめて先ほど居た食堂に戻ったのだった。しかし俺は今来た道を戻りながらまた嫌な胸騒ぎを感じた。
俺が戻ると店に尾木ママの姿はなかった。そして航空券や書類の入った鞄も一緒に消えていた。店の奥の平井堅に「あそこにいた日本人は?」と聞いたが、先ほどと同じように肩をすくめて首を振るばかりだった。俺は店の中でしばらく待ってみたが、結局尾木ママは戻ってこなかった。一体誰と誰がぐるだったのだろうか。
俺は失くした物をあわてて中途半端に探した結果、残っていた物も全て失ってしまったのだった。これから様々なところに連絡しなければならず、下手すれば1週間以上は帰国できなくなったであろうことを思うと気が遠くなった。
やりきれない思いが募った俺は、店の入り口からよろよろと外に出ると、頭を掻きむしりながら太陽に向かって「ヌオオォー」とどこの国の言葉かわからないような言葉を大きく叫んだのだった。
その時、店の屋根から厚い布のようなものが落ちてきて俺の頭を包んだ。俺は頭から被った布をもがきながら跳ねのけた。
と同時に俺は日本の自分の部屋で目を覚ましたのだった。そう、早い話が全部夢だったのである。すべて夢だったと知った俺の口から出たのはまるで三流ドラマのような「よかった~!」というセリフだった。
***
こんな長い話を読んでもらって、夢オチというのは実に申し訳ないが、新年に免じてお許し頂きたい。初夢だったので書きたかったのである。
夢と言うのは、別の時代の自分の知り合いが同時に出てきたり、辻褄の合わないようなおかしな場面が多いものだが、この夢は結構詳細までやけにリアルなものだった。俺は「これは何かのお告げや暗示なのだろうか」と思い、ウェブで夢の意味を検索してみた。
「財布を盗まれる夢 意味」と入れて検索してみると、次のように書かれていた。
なんだか矛盾しているようだが、そうらしい。そうとなったらじっとしていられない。それを読んだ俺はすかさず最寄りの駅に行き宝くじを買ってきたという訳である。
急にやけに世俗的な話になって面目ないが、でもこいつが当たったらちょっと凄くないだろうか。もし当選した暁には、この記事に「スキ」の一票を頂いた方におすそ分けしたいと考えている次第である。当選日には発表させて頂きたい。ぜひシャレで💗を押してみて欲しい。皆さんの後押しでホントに当たるかも知れない。
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と言う訳で、今年は少なくとも週に一本くらいは記事を書きたいと思っている事もあり、練習代わりにせっかく見た初夢について書いてみました。
本年が皆様にとって素晴らしい年になることを心よりお祈りしております。
(了)
タイトルは昨年読んだ「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」という小説にあやかっております。そうです、ブレードランナーの原作のあれです。
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