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【連続小説】青春の人体実験【第3話】脱走ラガーマン

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【第3話】脱走ラガーマン


入院二日目の朝がやってきた。

「おはようございま~す!」

かくちゃんの声で目を覚ますと、皆ごそごそ起き出してゾンビのようにぞろぞろと食堂に向かったのだった。しかしテーブルの上にならんだ地味な朝ごはんは、実験の都合なのか何なのか、なんだかとても少なく、あっと言うまに食べ終わってしまった。

そそくさと病室に帰って、体温や血圧測ったり採血したりすると、朝からもうやることがなく既にヒマなのである。

ゴロゴロ寝て過ごしても良さそうなものだったが、不思議なものでなぜかそんな気にならない。病院のベッドだからだろうか。なんだか、この白い布団に入ってじっとしている気にならないのだ。

カメちゃんは、また布団に戻って眠っているようだった(後で聞いた話だが引きこもり生活が長く寝るのが趣味らしかった)。しかし他のみんなは寝転んではいるものの、本を読んだりイヤホンでテレビを見たりしていた。

タロットおじさんなどは朝早くからパソコンに向かってブツブツ言いながらずっとキーボードを叩いていた。

俺もしばらくベッドの上にいたが、おじさんがバチン、バチンと叩くキーボードの音がうるさいし、何もせずにいるのも退屈なので、病室を出て病院の中をうろついてみた。

この三階建ての小さな病院は、ほぼ治験専用に使われているようで、他のフロアの診察室はカギがかけられたり立ち入り禁止になっており、人の姿は見えなかった。

一通り回ってみたが面白そうなものは何もなく、最後に屋上にでてみると、ラガーマンの二人が何やらスクワットのようなトレーニングをしていた。

俺の姿を見て細マッチョが気さくな感じで話しかけてきた。
「ひまでしょ」
「今、一通り見てきたけど、病院の中なんもないすね、トレーニングっすか?」
「日課なんで」

もうひとりの、日に焼けた前髪サラサラ髭の南米ゴリラという感じのラガーマンも中腰のままでこちらに目を向けてニカッと笑った。

(日本一のラガーマンも、こういうところに来るのか ……)

聞いて見ると、二人とも俺と同じ大学四年生だという。本当に前年の全国大学ラグビー優勝チームのメンバーのようだった。これまで生きてきて全く接点のなかった別世界の人間だった。

体格のせいなのか、立ち居振る舞いのせいのか、どうも同い年には思えなかった。若いプロ野球の選手が随分大人に見えるのと同じ理屈なのかもしれない。

優勝チーム・メンバーなんて聞いたからなのか、見えないオーラが出ているような気もするし、人格もしっかりしていて何だか眩しかった。そして話してみると謙虚で気さくで、やっぱり何事も日本一というのは一味ひとあじ違うなあ、と感じたのだった。

もうラグビー部は引退し、就職も決まっているので卒業前に思いっきり遊ぶ金を稼ぐために治験バイトに来たのだと言う。どちらも広告代理店に内定をもらったとのことで、細マッチョは博報堂、南米ゴリラは電通なのだと言う。

「うわあ、凄いなあ」と俺が言うと、細マッチョは、
「いやいや、コネ、コネ。ラグビー部と野球部は採用枠があるんで」と言った。

こんな、華々しい経歴でエリート街道を走っている二人を目の前にして、なんだか劣等感からなのか、なんとも自分の事を語るのがはばかられた。何も言うことがない。

しかし、だからと言って何も言わない訳にもいかない。

そこで俺は、卒業後は就職せずにこれから海外に行く予定なのだということを伝えたのだった。なんだか、輝かしいしい未来を約束された人達相手に、日本を逃げ出す話のようで肩身が狭かった。

しかし、それを聞いて二人は「羨ましいなあ」などと言ってくれるのだった。そんなセリフが出てくるとは思わなかった。

「またまたあ」
「いや、ホント、ホント」

実に優しい。半分は社交辞令で言ってくれているのは判ったが、それでも聞いてみると、スポットライトを浴びて生きてきて、誰もが知っているようなトップ企業に内定している人なりに、「未来が確定してしまった」的な残念な心境でもあるようだった。

しかし、話せば話すほど爽やかで、色の抜けたようなエンジ色のTシャツもカッコよかった。あんまりほめ過ぎても何だが、有名人はもっとスカしていると思ったのでなおさら印象がよかったのだ。

実際、のちに社会に出て感じたが、体育会出身で何か結果を出してきた人間は何に取り組んでもそれなりの結果を出すことが多いように思う。

そんな事からか、現在でも企業の採用においては体育会系の学生は人気が高いようだ。ある企業のウェブサイトにこんな風に書いてあるが、その通りだろう。

■体育会系の学生を採用するメリット
・ 
勝負心があるため仕事の成果にこだわれる
・ 規律・ルールやマナーを守る意識が高く、ビジネスマナーなどの基礎が身に付いている
・ チームワークを大切にしながら仕事ができる

人事ZINEウェブサイトより

南米ゴリラは、上半身もゴツく、髭なんかはやして「監督かっ!」と言う感じのかなり渋い見てくれだったが、細マッチョの後ろから「膝カックン」をやって喜んだりしている姿をみると中身は年相応のようだった。

***

それからしばらく屋上で話をしていると二人は「で、今日どうする?」などと言い出した。夜に病院を抜け出す相談の様だった。

細マッチョは南米ゴリラに、「昨日の夜中、玄関に行って見たけど完全に鍵がかかっててあれは無理だね」と言った。

「窓は?」
南米ゴリラは、真面目な顔をしてそう言うと、屋上の柵から体を乗り出して下をのぞいた。
「どうかな?」細マッチョも一緒に屋上の柵を乗り出し下をのぞいていた。

***

診察を受けて食事して、風呂に入り、熱を測り、カルテに体調を書くと、また退屈な一日が終わろうとしていた。

角ちゃんが病室に来てカルテを集めると、消灯時間がやってきた。
「では皆さん、おやすみなさ~い」

電気が消えて、角ちゃんがいなくなってしばらくすると、窓際の俺のベッドのところに細マッチョと南米ゴリラがやってきた。

「ここから出れるよ」

一階の病室の窓には何故か鉄格子のようなものがはまっていたのだが、二階は普通の窓でガードが甘かった。俺のベッドの横の窓の外にはエアコンの室外機がぶら下がっていたが、細マッチョは昼間に構造を確認していたようで、そこから壁伝いに簡単に外に降りられそうだと言った。

二人は既に自分のベッドの布団の下に、カバンや荷物を入れて見回り対策の膨らみを作っているようだった。ベッドの間のカーテンも閉めているのでまあ大丈夫だろう。

「窓のカギ開けといてね」
二人は俺にそう言うと、窓から器用にスルスルと壁伝いに降りていった。

それから何時間かすると、窓の外で音がした。静かに窓が開いたと思うと、まずは南米ゴリラが音を立てずに窓から部屋に入ってきて、そのまま素早く細マッチョを引っ張り上げた。二人とも身体能力が凄い。

細マッチョは、俺がまだ起きているのを見ると「ラーメン食ってきたけど、この窓からなら降りるのも登るのも簡単だから明日は一緒に行こう」と言ったのだった。

***

入院三日目の朝がきた。皆もうこの病院の生活にもかなり慣れていた。団体で移動し朝飯を食うと、部屋に戻りルーティーンをこなしながら、また暇な一日を過ごした。

そして夜になり飯を食っている時だった。

細マッチョは俺に「麻雀できる?」と聞いた。
俺が「できるよ」と言うと、細マッチョは「わかった」と言ってどこかに行った。

へやに戻ると細マッチョは小さな声で、
「今日麻雀行くひと―」
と呼びかけた。

あまり反応がないので、細マッチョはタロットおじさんにも直接声をかけているようだった。ああいう曲者にも、こうして分け隔てなく声をかけるところが自然体である。

タロットおじさんは、「いや、僕はそういうのはやらないんで」などと言って断っていたが、誘ってもらったことは満更でもないようようで細マッチョに笑顔を見せていた。

(なるほど、俺だったら、あのオジサンは誘わないけど、細かい事にはこだわらずにこうしてチームの結束を固めて行くわけかあ)
と俺は勝手に納得した。そんな深い話でもないのかもしれないが。

しかし、結局のところ誰も手を上げなかった。

「じゃあ、今日やめとく?」
などとラガーマン二人が話しているとその時だった。意外な方面から立候補があった。

寡黙兄さんが「俺、行こうか」というのだった。
なんとなく、怖そうな感じもしたが、来るものは拒まず主義の細マッチョは、「お、いきます?」と言い寡黙兄さんを歓迎したのだった。

***

消灯してしばらくすると、細マッチョが窓から外に出て、次に寡黙兄さん、そして俺、最後に南米ゴリラの順で窓から下に降りた。

事前に聞いていた通り、室外機やガッチリしたパイプなどつかまるところや足をかけるところがたくさんあり、二階から下には簡単に降りることができた。

下の道路に降りると外は肌寒かった。月明りで雲がぼんやりと光った空の下、駅に向かって四人で歩いて行くと赤いのれんを出したラーメン屋があった。二人は昨日もここでラーメンを食ったらしい。

店は空いていた。夕飯が全く足りず腹の空いていた俺達がラーメンと餃子を頼むと、寡黙兄さんは「ビール」と言った。さすが、寡黙兄さん、治験中に酒まで行くとは。

「え、そりゃまずくないすか」
細マッチョは、脱走の主犯のくせにそういった。連日ラーメン食ってるくせに。この辺、中途半端に真面目である。

ラーメン屋のオヤジが「グラスは?」というと寡黙兄さんは俺達の顔をみたが、皆が首を振るのを見て「ひとつでいいよ」と言った。

そして、まだそれほど打ち解けていない俺達は、ちょっと静かにラーメンを食い、寡黙兄さんも静かにビールを飲んでいた。

腹ごしらえが終わると俺達はその足でそのラーメン屋の二階にある雀荘に行った。昨日細マッチョが目をつけていたのだ。

中に入るとその狭い雀荘は国分寺のオジちゃんたちで混んでいた。煙草の煙の中、俺達は卓に案内されおしぼりをもらうと、早速麻雀を始めた。ルールはアリアリだ。

時間はいくらでもある。結局、初日は半荘5~6回ほどやったと思うが、最初は麻雀の話をしていたものの、そのうち雑談になってくる。

「お仕事何してるんすか」
細マッチョは牌を切りながらズバリと直球で寡黙兄さんに質問した。
「あんまり言えないような仕事だよ」

「へえ、そうなんすか、こっちじゃないすよね?」と冗談のつもりで言いながら自分の頬を人差し指で切るような仕草をすると、寡黙兄さんはそれには答えず、煙草をくわえたままツモ切りしながら「リーチ」と言ってから、
「自分ら、大学生だろ」と言った。

「4月から働くんすよ。広告代理店で」
「へえ、どんなことすんの」

すると、南米ゴリラが、
「最初は雑用と接待のお供みたいなことばっかりらしいんすよ。なんかクライアントを招いた接待の場の料亭の庭で、裸でケツに花火挟んで庭の端から端まで走る「ホタル」とかいう芸とか、そういう事ばっかりやらされるらしいんすよ。一年目はそんな脱ぐ仕事ばっかりらしいっす」
と言った。

寡黙兄さんは笑って、「どこの世界も兵隊のうちは大変なんだな」と言ったのだった。

「気が重いっすよ」南米ゴリラがいうと同時に、寡黙兄さんは自模った牌を卓に打ち付けると「四千、二千」と言った。やはり兄さんは強かった。

それから何日かの間、この4人のメンバーで雀荘に行き、色んな話をするうちに結構仲良くなったのだ。


つづく

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本作は7月下旬締め切りの「note 創作大賞 2024」への応募作品です。今のところ全5話の予定ですが変わるかもしれません(締切に間に合うのだろうか)。
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【第1話】ツタに覆われた国分寺の病院
【第2話】タロットおじさんと寡黙兄さん
【第3話】脱走ラガーマン
【第4話】青春メリーゴーラウンド
【第5話】夜明けのさようなら







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