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【連続小説】青春の人体実験【第2話】タロットおじさんと寡黙兄さん

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【第2話】タロットおじさんと寡黙兄さん


「誓約書」にサインをし終えて待合室の中を見回すと、既に書類の記入を終えたらしき何人かの男性が長椅子に座り暇そうにしているのが見えた。

(一緒の治験の人だな)

すぐ近くに座っている若い男性と目があい、俺がなんとなくペコっと頭を下げて挨拶するとその小柄な若い男性も俺に向かって軽く頭を下げてくれた。

(同じくらいの年かな。なんか大人しそうな人だな)

ちょっと話しかけてみようかとおもい俺が息を吸うと同時に、その男性が恥ずかしそうに眼をそらしたので俺はタイミングを失い、そのまま吸った息をのみ込んだ。

(ま、いいか)

そうしている間にもまた何人かの男が到着し、受付で書類を受け取ると空いている椅子に腰かけて記入をしていた。

***

待合室をざっと見回すと参加者は全て男、10人くらいいるのだろうか。その年恰好はまちまちだった。俺と同年代か少し上の20~30歳くらいの年代が多いように見えたが、俺から見るとだいぶ年上の40代から50代と思しき男性も混ざっていた。

まずは、上州屋で売っていそうな釣り人風のベストを着た最年長と思われる、つり目でポッチャリ型のオジサンが目に入った。傍らには大きなトランクとカバンが合計3つ置かれていた。持ち込み荷物だろうか。

飯塚氏と打ち解けた感じで大きな声で雑談している様子を見ると、常連のようだった。たまに裏返る少し高い声で周りの目を気にせず早口で喋るその姿は、西東京オタク連合・ポッチャリ型オジサン代表という感じだった。

そしてその横には、おそらく30代と思しき全身黒っぽい服に身を包み濡れたような長い髪をした寡黙な痩せ型の男性が腰掛けていた。どことなく訳アリという感じミステリアスな雰囲気を醸し出していた。その頬のこけたストイックな横顔は、ポッチャリおじさんとは対照的だった。

その他は俺も含めて大多数が、暇な大学生やフリーターという感じだったが、そのうちの二人が有名なラガーマンらしかった。というのも雑談をしていたら角ちゃんが大きな声で「あ、あの、早稲田の○○さんですよね! 優勝おめでとうございます」などと騒ぎ始めたのだった。

そういわれてなんだか恥ずかしそうに下を見ながら、「あ、ええ、まあ」などと言っている二人のうち、一人は肩幅の広い長身スリムな細マッチョ的な男で、もう一人はサラサラヘアーに髭を生やしたガッチリした色黒の男だった。俺はラグビーはあまり知らなかったので全然気が付かなかったのだが、知る人ぞ知る選手らしい。そう言われると確かに二人とも太ももがもの凄い。

かくちゃんはその後もカルテを持って体調を聞きに来る度に、二人のラガーマンに愛想笑いを振りまきながら、揉み手で過去のラグビーの大会の裏話などを聞き出そうとしていた。その様子を見ているといかに人気のある選手なのかがわかった。

ふと、先ほど話かけようとしたら「話しかけないでオーラ」を発していた若い男性を見ると、また目が合った。また、目がキョロキョロしていた。

「どうも、こんちは」

俺はつとめてさり気なく話しかけてみた。

「あ、こ、こんちは ……」

と慌てた様子で目をキョロキョロさせたままでその男は「か、カメヤマです」と名乗った。ただ極度の恥ずかしがり屋なだけなようだった。なんだか一生懸命自己紹介をしてくれているようで好感がもてた。

この青年、そのうちカメちゃんと呼ばれるようになるのだが、なんだかいつもドキドキしているような顔をしていた。その時も初対面の人間ばかりの部屋に放り込まれて緊張しているようだった。

そんな風に皆の様子を見ているうちに、今回の治験の8人が全て揃ったようで白衣の飯塚氏がこれからの日程について説明を始めた。

***

まず最初は日程の説明だった。今回の治験は以下のような日程だった。

1.まず一週間この病院に入院し、その間に決められた生活を守りながら投薬されデータが採られる
2.その後退院してしばらくした頃に再度またこの病院に来て一泊し、最終検査をする
3.異常がなければ全行程終わり

従って、拘束期間は合計で約10日間弱なのだが、何をするということもなくゴロゴロしているだけでウン十万円の報酬がもらえるという実にありがたい内容なのだった。

そして、この1週間の入院中は完全外出禁止とのことだった。日中は何をしていても良いが、腸に関する検査をしたりデータを取ったりするので、基本的には全員決まった時間に同じ病院食をできるだけ同じ量食べてもらうのだというような説明があった。

参加者は全部で8名だったが、そのうちの4名が治験中の整腸剤をのんで、残りの4名が全く見たところ同じプラセボ(偽薬)をのむとのことだった。もちろんどちらを飲んでいるのかは本人には知らされない。そして毎日決まった時間に診察を受けて、日中は自分の症状をカルテに記録するようだった。配られたカルテにはオナラの回数を記録する欄などもあった。

お安い御用だった。本もたくさん持って来たし何とか退屈はつぶせるだろう。

飯塚氏の説明が一通り済むと、角ちゃんが俺達を病室に案内してくれた。俺達全員病人ではないのだが、やっぱり病室と言うのだろうか。白い壁の大きめの部屋に8つのベッドが並んでいた。いわゆる大部屋というやつだが、夜などはそれぞれのベッドの間にある仕切りカーテンを引けばプライバシーを守れるようになっていた。枕元には看護師さんを呼ぶボタンなどもついており、本格仕様だった。

***

タロットおじさんと寡黙兄さん


誰がどのベッドを使うかは事前に決められておらず、その場で相談して決めることになっているようだった。ラガーマンの二人を含め若い俺達は若干遠慮気味に、「どうします?」的な感じで様子を伺っていたのだが、常連のつり目ポッチャリオジサンが当たり前のように一番奥のベッドに自分の荷物を運びこみ、陣取った。そのベッドが毎入院時のオジサンの定席なのかも知れない。

そしてオジサンは持参した複数の大きなスーツケースやカバンを開けると中からデスクトップパソコンやモニターをとり出し、自分のベッドサイドに組み上げ始めたのだった。

モノを動かす時に必要以上に音を立てて、また何か独り言を言いながら作業をするので物凄くうるさい。いっきに病室のその一角はオジサン・オタクの趣味の部屋と言う感じになった。

何に使うのかは分からないがオジサンはプリンターまで持ってきていた。さすが西東京オタク連合だけある。

(なるほど1週間過ごすとなると、これくらい準備してくる人もいるんだな)

その後は自然とそれぞれのベッドの位置もきまっていった。俺は窓際のベッドになった。

各自、自分のベッドに荷物を載せると、ジャージやスエットに着替えてくつろぎ始めたのだが、どうしても大きな音を立てて作業をしているオッサンの行動が気になる。

皆、横目でそのオジサンの様子を見ていたが、パソコンやプリンタのセッティングが終わったオジサンはおもむろに自分のベッドの上にタロットカードを並べては何かをブツブツとつぶやき始めたのだった。以下、このオジサンの事はタロットおじさんと呼ぼう。

タロットおじさんは、カードを並べながら「うーん、違うな」などとブツブツ言いながら周りをチラッ、チラッと見て、かまって欲しそうな気配を醸し出していた。

「おっ、それなんすか?」

その、「かまって気配」を察したのか、細身マッチョの方のラガーマンがタロットおじさんに話しかけた。さすが社交性のある早稲田マンである。

すると待ってましたとばかりに、タロットおじさんは、
「実は僕ね、まあ知ってる人は知ってる感じの占い師なわけ。で今ね、このタロット占いとバイオリズムと占星術を組み合わせたプログラムを開発中なんだよね」とパソコンの方をチラッと見ながら甲高い早口で答えたのだった。

「え? あたるんすか?」

細マッチョが、ニコニコしながらタロットおじさんのベッドに近づくと、何もすることがない他の男達も集まってきた。タロットおじさんはカードを並べながら、細マッチョの方をみると「みてやろうか?」と言った。

非常に偉そうである。

「おおお、いんすか?」
細マッチョはタロットさんのベッドの端に腰掛けた。

タロットおじさんは細マッチョを見ながらカードを並べたりしながらあれこれ推理しはじめたが、その内容はかなりぼんやりしたものだった。

「あなたは大学生ですね」や「体力がある方ですね」というような見かけからわかりそうなことから始まり、さっき話聞いてたんじゃないのという言う様な「もしかしたら団体スポーツをやっていますね」などという話に続いた。

そして、あとは「最近はお金に縁がありませんね」や「これまで大きな病気はしていませんね」というような、治験バイトに来ている者なら誰にでも当てはまりそうなことばかり言うのだった。

占いをしている時は何故か普段より少しだけ丁寧な言葉使いになるようだったが、実際のところ、釣り師が着るようなベストに帽子をかぶり緑のスリッパを履いたタロットおじさんの話す姿には、全く神秘性がなかった。

しかし、優しい細マッチョ、タロットおじさんがカードを並べて何かいう度に、「えー?わかります?そうなんですよ!」などと驚いて見せるのだった。おじさんもまんざらでもなさそうだった。

もう一人の色黒ラガーマンも髭の南米ゴリラのような顔でニヤニヤしながら見物しており、部屋は意外に和やかな雰囲気に包まれた。

あとで白衣のかくちゃんから聞いたところによると、タロットおじさんはもう3年もプログラムを書いているけどずっと完成してないとのことで、本人が言う、売れっ子占い師というのも眉唾のようだった。

しかし、そんなタロットおじさん。この製薬会社の治験プログラムの常連のようで、人が足りない時にも声をかければ直ぐに来るので重宝されているようだった。治験の稼ぎをメインに生活しているらしきタロットおじさん、「少年が大人になったような」と言えば聞こえはいいが、いわば大人になりきれなかった人で、その後も、外を走る車の音がうるさいだの、部屋が寒いだの、食事が冷たいだの、消灯時間が早いだの、文句ばかり言って社会性に欠ける感じだった。

それはともかく、こんな調子でタロットおじさんのベッドの周りに皆が集まり、だんだんと皆初対面ながら話し始めた。しかし、その輪に入らずにいる男性がいた。

寡黙かもく兄さん

ベッドの上で肩肘をついて横になっている30代と思しき男性は、真っ黒な服に身を包んだ寡黙な痩せ型で、濡れた長めの髪が顔にかかりあまり表情が見えなかった。その姿はどことなく、わけありアウトローという感じで、話しかけ難い雰囲気を醸し出していた。とりあえずここでは「寡黙かもく兄さん」と呼ばせて頂こう。

病室はそれほど大きくなく、甲高く大きな声で話すタロットさんの声は寡黙兄さんにも届いていたはずだが、寡黙兄さんは、肘枕でベッドに横になったまま、全く興味なさそうにじっと目を閉じていた。一言で言えば「クール」というヤツである。

しかし、そうこうしているうちに、最初はタロットおじさんのベッドを囲んでいた他の人間も、何も特別な事の起こらないおじさんのショーに飽きてきたのか、だんだんと自分のベッドに戻って行き、それぞれが雑談したり、イヤホンでテレビなど見だしたのだった。

時計を見るとまだ7時である。時間が流れるのが遅い。

***

しばらくすると角ちゃんが、食事の時間なので食堂に移動お願いしますと、俺達を呼びに来た。角ちゃんに案内されたのは社員食堂のような部屋だった。

そして入院生活最初の晩餐が始まった。もう、なんというかザ・病院食という感じの食事である。全く色どりと言うものがない。大体、白と黄色と茶色と黒の絵具だけで描いた絵のような食事である。腸の検査などと言うので、もしかしたらすごく特別な料理でもでるのかと期待したが、そんな事はなかった。特にまずいという訳でもなかったが。

「食事は残さず全部食べて下さいね~」

なるべく被験者を同じ状態にしておきたいのでそういう事になっているのだろう。角ちゃんは大きな声でそう言うと、その後は食堂の隅の椅子に座り意外にまじめな顔で俺達を監視していた。

「は~い、じゃあ食事が終わった人からお風呂に入って下さいね~。そんなに広くないので順番にお願いしま~す」

まるで合宿のようだった。勝手を知っているタロットおじさんが何も聞かずに風呂場に向かい、一番風呂に入ったようだった。その後、俺達は着替えなどをカバンから出して、ゆずり合いながら順番に風呂に向かっていった。

風呂場は職員用なのか、確かに狭くて、順番に急いで洗い場を使って湯舟につかって終わりというかんじで、ゆっくりと一日の疲れを癒すというような感じではなかった。しかし、何もしなかったとはいえ慣れない場所での一日だったので、こうして風呂に入り着替えるとリラックスすることができた。

そして風呂から上がって部屋に戻りしばらくした時のことだった。

タロットおじさんが高い声で騒ぎだした。
「あれ? ない!ないぞ!」

さっき皆に披露していたタロットカードがなくなったと言う。なんでも有名なタロットの師匠からもらった二度と手に入らない価値あるカードなんだというのである。そんなに大事なら持ってこなけりゃいいのに。そんなものに誰も興味あるわけなのだが、タロットおじさんは大声で騒ぎ始めた。

「あんたずっと部屋にいただろ」

おじさんは一番最後まで部屋にいた大人しそうなカメちゃんを指さしてそう言うと、疑いはじめた。カメちゃんは確かに風呂に入っていなかったようだが、またドキドキしたような顔をして目を泳がせていた。急に濡れ衣を着せられて動転しているようだった。

その様子を見て確信を持ったのか、調子に乗ったタロットおじさんは獲物を目の前にしたような目つきで「やっぱり、変だな」などとカメちゃんのベッドに近づくと、ちょっと調べていいかなどと言い出したのだった。

当然拒否するカメちゃん。非常に粘着質にしつこく迫るおじさん。

ちょっと放っておけば終わるかと思ったら、おじさんはどんどん興奮しだしてうるさくなっていった。

するとふと、寡黙兄さんが、そんな様子を見ているのがわずらわしいのか自分のベッドから降りて部屋を出て行った。その間もおじさんはカメちゃんを疑い騒いでいた。

しかし、しばらくして戻ってきた寡黙兄さんの手にはタロットカードのプラスチックケースが握られていたのだった。

「これか?」

それを見た、タロットおじさんは「それだ! それだ! あったのか」なんて横柄な態度で手を伸ばした。

イラっと来た様子の寡黙兄さんがそのタロットカードをオッサンのベッドに向かって投げると、プラスチックのケースはおじさんに当たり、パカッっと開いたケースからカードがバラバラと散らばった。

寡黙兄さんは「おまえが自分で風呂場に持ってったんじゃねえのか。騒いでんじゃねえぞ」と低い声で言った。

シーン

その通りである。おじさんも口を尖らせ変な顔をしたが何も言えないようだった。

場の雰囲気は悪くなったが、そこで、さすが社交性の細マッチョ、「まあまあ」と言ってカードを拾って眺めながら「なんか中世の絵って怖いですよね」などと言って場を和らげていた。さすがチームをまとめる4年生である。(知らんけど)

そして細マッチョは「確かに大事なものならしまっておいた方がいいですね。いっそ私がもらっておきましょうか」などと、タロットおじさんを優しくいさめていた。どちらが年上かわからない。

寡黙兄さんは、実は終始うるさかったタロットおじさんをちょっと懲らしめようと大きな声を出してみただけのようで、振り返ってカメちゃんの方を見るとウィンクしていた。

カメちゃんはまた少しキョロキョロしながら寡黙兄さんにちょっと頭を下げたのだった。

こうしてちょっと不穏な空気の中で、スケールの小さな揉め事と共に、俺の人体実験バイトは始まった。


つづく

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本作は7月下旬締め切りの「note 創作大賞 2024」への応募作品です。今のところ全5話の予定ですが変わるかもしれません(締切に間に合うのだろうか)。
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【第1話】ツタに覆われた国分寺の病院
【第2話】タロットおじさんと寡黙兄さん
【第3話】脱走ラガーマン
【第4話】不法侵入メリーゴーランド
【最終話】退院、入院、そしてさよなら


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