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青春の人体実験【最終話】退院、入院、そしてさよなら【#創作大賞2024】

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【最終話】退院、入院、そしてさよなら


退院からの一カ月はあっという間だった。俺は続けていた他のバイトの合間を縫ってオーストラリアに行く準備を着々と進めていた。そしてふと気が付くと、また国分寺の治験病院に行く日が近づいていたのだ。今回はもう投薬はなく、一泊で体調の検査をされるだけなので気が楽だった。

当日、俺は他のバイトを休んで、国分寺のあの病院に向かった。今回は荷物も少なく身軽だった。朝の集合時間より少し早めに病院に着くと、鉄の重い扉は既に開いていた。

待合室に入るともう既に何人か知った顔が見えた。泊りなれた合宿所に戻ってきたような感覚である。初めてこの病院を訪れた時に、恐々こわごわとこの待合室に入ったのがウソのようだった。

さすがにタロットおじさんも今回はカバン一つで来ていたが、また色々それなりにガジェットを持ち込んでいるようだった。オタクの鏡と言えよう。

待合室の中で、最後の受付のために書類を書いていると、二人のラガーマンやカメちゃんも到着し、こちらに向かって手を上げた。そしてしばらくすると集合時間の9時になった。しかし、寡黙兄さんだけがその姿を現さなかった。

時間通り最後の検査は始まった。今日は問診程度かなと思っていたのだが、一応、決められた検査着のような服に着替えて行う健康診断のような入念な検査だった。しかしまだ寡黙兄さんは現れないままだった。

そこで、検査の途中で会った飯塚氏に聞いてみると、「事故があり不参加となった」とだけ教えてくれた。

(事故?)

寡黙兄さんが最後の夜に遊園地で言っていた「でもいつもなんか邪魔が入るんだよな」というセリフが頭をよぎった。何となくいやな予感がした。

細マッチョにそう伝えると「ええっ、そうなの?」と驚いていた。細マッチョも南米ゴリラに「どうしたんだろな」などと言って気にしているようだった。

検査は結構入念だったが午後には一段落し、夜の最後の検査まで特にする事はなくなった。俺は検査を受けながら寡黙兄さんの事が気になっていた。病院でも詳しいことを聞いていないのか、それともプライバシーの問題なのか、状況はよくわからないままだった。

細マッチョと話をしていると、ふいに「そういや先月の着信履歴残ってる?」と言うのだった。確かに遊園地の駐車場で待っている時に、寡黙兄さんから一回電話を受けているのだ。携帯のその日の履歴を見るとそこには登録されていない番号が残っていた。これがたぶん寡黙兄さんの番号だろう。

「かけてみようか?」

なんだか怖い感じもしたが、恐る恐る電話を掛けてみた。

(プルルルルルル ……)
かなり長い時間呼び出してみたが誰も出ず、俺は電話を切った。

「でないね ……」
「なんか、ヤバそうだね」

しかし、しばらくすると俺の電話が鳴り、出てみると女性の声がした。

「今、お電話頂いたようですが ……」

「あの、国分寺の治験で一緒だったものですが」と俺が言うと、その声の主はあの彼女であることがわかった。

「今日また治験の集まりで国分寺にいるんですが、事故でこれなくなったって聞いたから電話してみたんです」と言うと、寡黙兄さんは最近大きな怪我をして国分寺の別の病院に運び込まれてそのまま入院しており、自分は付き添っているというのである。聞いてみると直ぐ近くの病院だった。

彼女は「随分酷い状態だったけれどなんとか回復してるんですよ」と言った。おお、それはよかった。彼女は「もし明日にでも時間があれば来て下さい。もう話もできるので」と言うのだった。俺は病室番号と寡黙兄さんのフルネームを聞いておいた。

夜の検査が終わりまた治験病院で泊まりとなったが、今日はもう外に出る気にならなかった。そもそも特に外に出てもやる事がない。その日は、健康雑誌の積まれた談話室でラガーマン達としばらく話をしていたが、結局、寡黙兄さんの入院している病院は近いので明日の帰り道に一緒に様子を見に行くことにしたのだった。カメちゃんは、やめとくとのことだった。

***

そして朝がやってきた。報酬の明細書をもらい、飯塚氏と角ちゃんに挨拶すると、「4カ月後空ければよいのでまた治験に参加してくださいね」と連絡先の名刺をくれた。

俺は受け取りながら、心の中で(たぶんもう来ないだろうから、ここで会った人達とはもう一生会わない可能性もあるわけだなあ)などと思いながら、なんとなく待合室にいる人の顔を一通りしみじみと見渡した。

玄関の外に出てみるとなんだかどんよりした曇り空だった。

そして二人のラガーマンと一緒にその足で、寡黙兄さんが入院しているという病院に向かったのだ。行って見るとその病院は、治験病院の何倍もの規模のきれいな大病院で迷うことなく直ぐにたどり着いた。

ナースセンターで聞いて寡黙兄さんのいる大部屋に行ってみると、部屋の入口近くの椅子に座っている電話の彼女の姿が見えた。一度会っただけだったがその明るい髪の色で遠くからでも直ぐにわかった。彼女も俺達の姿を見て立ち上がった。

大部屋に入る前に、彼女に少し事情を聞いてみたが「どこまで言っていいのかわからないので、本人に聞いて欲しい」とのことだった。

彼女と一緒に寡黙兄さんのいる大部屋に入ると、その部屋は治験病院の病室のように各ベッドがカーテンで仕切られていたが兄さんのベッドのカーテンは開いていた。

兄さんは顔の半分近くが包帯で覆われたような状態で、上半身はギプスのようなプロテクターで固められておりなんだかアメフトの選手のようだった。それでもベッドの上で上半身を起こし座っていた。

最初はギョッとしたが、話しかけて見ると普通に話すこともできて、包帯の中で苦笑いしている様子だった。声の調子も以前と全く変わっていなかった。怪我の原因はあまり直接聞きにくかったが、やはり交通事故などではなく暴力沙汰のようだった。

しかし「怪我は大したことなく致命傷もないし、これでもう後腐れもなくなった」との事だった。どうも開業資金の調達のために、自分に権利のある金の支払いを迫ったところ、逆上したその相手にやられてしまったと言うような話のようだった。内輪もめというようなソフトな言葉を使っていたが、その包帯姿は結構生々しかった。どう決着が着いたのか細かいところは判らなかったが、退院して落ち着いたら店を開くつもりだと言っていた。

細マッチョも、大変でしたねといいながら寡黙兄さんをねぎらっていたが、「治験の金はもらえるんすか」などとストレートな質問をしていた。

色々あるものである。最初に聞いた時には「もしや」と思ったが、命に別状はなかったようでよかった。今回、寡黙兄さんの様子を確認せずに帰っていたらずっと気になっていたのではないか思うが、とりあえず無事な様子が見れてなんだかすっきりしたのだった。

俺達は、寡黙兄さんと彼女に挨拶するとその大きな病院を後にした。

***

細マッチョと南米ゴリラともこれでこの先会う事もないことを思うと少し残念な気がした。もう二人とも研修などで定期的にそれぞれの内定先の広告代理店に行き始めたとのことだったが、今のところはお客さん扱いなので楽なのだと言った。

俺も来月には出発するので最後の追い込みで色々バイトをしている事を伝えた。そして、二人とは病院の前の駐車場で握手をして別れたのだった。

振り向くと、南米ゴリラが片腕を上げガッツポーズのような恰好をしてニカッと笑っていた。

そして、俺達はそれぞれの道に向けて歩きだしたのだった。



(了)

最後まで読んで頂きありがとうございました。気に入ったら 💗 を押してもらえると励みになります。実はこの人達とは随分時間が経ってからまた会う事になるのですが、その話はまた機会があれば書こうと思います。

本作は、小説と言うよりは、エッセイ風味が強いですが、#エッセイ部門 は文字制限があり応募できなかったので、#お仕事小説部門 に応募したものです。

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他にも「創作大賞2024」に応募している作品はたくさんあるのですが多くの方に読んで頂いているようでありがとうございます。下記のリンクからご覧いただけますので読んで頂けると嬉しいです。


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