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(日常で思うこと)彼女の好きな唄と孤独感

妻と子どもが寝静まった頃、BSでエレカシの宮本さんが出演している特集番組とフェスの演奏を立て続けに観た。
このバンドの曲を聴くようになったのは、社会人になって2年ほど経った時のこと。きっかけは忘れたが、不器用な男のもがいている姿が実直に語られていて、それを自分自身と重ねることが多かった。

あの頃、ぼくは毎日のように怒鳴られ、貶され、学生時代に作り上げてしまった無駄に高い自尊心を踏みつけられていた。

勤め先からの帰り道、イヤフォンから彼らの曲を体内に取り込みながら、繁華街を速足で歩く。

安っぽいネオン街を楽し気に歩く、酔っぱらった学生から目を伏せながら。
狭くて冷たいアパートを目指して。

当時、知り合った女性もエレカシが好きだった。
倖田とか、オレンジレンジとか、キャッチな言葉が耳に入ってくる曲が流行っていたとき、胸を引き絞り、喉の奥から吐き出すように唄い、奏でる彼らの曲を好んで聴く女性は(ぼくにとって)とても珍しく感じた。
「わたしもよく歌うよ。この間なんて、下北沢の商店街を歩きながら大声で唄っちゃった」

彼女は豪快に笑っていた。
そして、彼女もぼくと同じく不器用な人間だった。

同年代の取引先から誘われた飲み会に、彼女はいた。
背が小さく、短くて茶色い髪、大きな眼。
何人かの男性は、彼女の隣に座りたがっていた。
男性に守らせたいと思わせるような幼さを持った女性だった。
十数人の男女の入り混じる一次会が終わり居酒屋を出たところで、彼女は初めてぼくに対し、コミュニケーションと呼べるものに近い行動をとった。

「わたしなんてクモの巣がはってあるんですよ」

別の男性と会話をしているところで、彼女は横目で見つめてきた。
何を言っているのか分からない、とぼくは首を傾げてみせた。

彼女は何かを諦めたように別の男性の方に目を戻した。
「彼氏が何年もいないの」
その言葉の意味に気づき、驚嘆と気恥ずかしさを感じ、ぼくは彼女に背中を向けた。

あんな大胆なことを口走る女性は初めてだった。
誘ってくれた取引先に礼を言い「2次会は出ない」ことを告げる。

駅に向かって歩き出すと小刻みにアスファルトを蹴る音が聞こえてきた。
カゴの中の小鳥がブランコハンモックに止まるように、彼女はぼくの腕を弱々しくつかんできた。
「せっかくだから、駅まで一緒に帰ろ」
屈託ない赤ら顔で見上げてくる。
彼女は、自分にはないものをたくさん持っていることに気づいた夜だった。

それから彼女と何度か会った。
夜中の公園でブランコに乗ったり、汚れた川原の散歩をした。
ぼくの住むアパートでは「ローマの休日」など古い映画を観てはケチをつけて、
そのあと一緒に寝た。

彼女もエレカシをよく聴いていた。
ぼくは「悲しみの果て」、彼女は「風に吹かれて」がお気に入りだった

三軒茶屋のすずらん通りにある古臭い居酒屋で呑んだ日のことだった。

店を出ると彼女はイタズラを思いついた子どものように口を横に広げ、
同時に情事をたくらむ妖女のような光を宿した目を細めた。

ぼくの右手を強く握り、突然「ファインティングマン」を唄い出した。
鼻歌のように、ささやかなものではなく、どこかやけっぱちな大声で。
「一緒に歌おう。気持ちいいよ」
と促され、ぼくは躊躇いながら声を出した。

怪訝な顔をしたスーツ姿の男性、顔を見合わせて笑うカップル、一瞥してうつむく中年女性。
冬の風と飲み屋から吐き出される焼き鳥の煙、汚れた風に晒され続けて黒くなったネオン。
どれも楽しく、どれもバカバカしく写った。
そして彼女の手は小さく、わたがしのようにもろく、いとしく感じた瞬間だった。
次第に声が大きくなっていく自分に気づく。
胸の奥にある黒く粘性のある気持ちを吐き出すように歌い続けた。

もう10年以上前のことだ。

テレビ画面で、汗だくになりながら歌う宮本さんをビール片手に眺めながら、
彼女の記憶が少しずつ薄らいでいくのを感じていた。

妻はエレカシを聴かない。
宮本さんの両手で長い髪をゴシャゴシャに掻きむしる仕草。
時に挑発的で、時に力強く鼓舞する歌詞を男くさい声で唄う。
それらに苦手意識があるらしい。
福山さんと去年解散したジャニーズの人気グループの曲を息子とよく聴いている。

だから、ぼくはひとりでエレカシを聴く。
歳を取るごとに胸の奥にあるものは膨らんでいき、渦を巻いている。

もうすずらん通りで唄った時のように、吐き出すことはできないだろう。
この不快感を抱きながら、これからも何でもない日々を過ごしていく。

リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。