(日常で思うこと)2月14日 ミルクポッキーの日
バレンタインデーが来るとミルクポッキーを思い出す。
牛のイラストが描かれたパッケージと、最近主流の高カカオのチョコレートに反旗を翻すような甘ったるい味。
それと同時に、街灯が残雪照らす夜道の光景がセットになって脳裏に焼きついている。
中学2年生の頃。
ぼくは、とある東北の男子校に通っていた。
当時、その学校は勉学よりも雄々しい肉体的な強さと規律を尊ぶ学校で、バレンタインチョコなんてカバンに入れているのが見つかったら、教師から即ビンタを喰らうようなストイックさがあった(今は、ゆるい校則で有名だが)。
実際に登校の際に他校の生徒から貰った青いリボンが結ばれたパッケージのチョコレートを教室で見せびらかしているのが教師の耳に入り、没収された上に職員室の外まで響く怒声を浴びせられた先輩もいた。
多分、嫉妬したクラスメイトが教師に密告したんだと思う。
(幸か不幸か)その点で言えば、ぼくは安心だった。
チョコレートをくれる女子どころか普通に会話できる同年代の異性すら、ほとんどいない。
怒鳴られた先輩のことを友人と嘲笑しながらも、本心では彼に対して強い嫉妬と憧憬を抱いていた。
その日、雪の積もる帰路をトボトボ歩いていると他校の友人に出くわした。
所属していたテニス部の大会で仲良くなった、数少ない気軽に話すことのできる女子。
よく「るろうに剣心」の単行本やMr.ChildrenのCDなんかを貸し借りしていた。
いつものように「おう」と何気ない挨拶をして何気ない会話をしながら、ふたりで並んで歩く。
ただ、その時、彼女からチョコレートを貰えるのではないか
という期待を抱いていたが、下手な自尊心が邪魔をして、なかなか自分からその話題にすることができなかった。
どういう会話の流れでそうなったのかは覚えていないが、彼女が「もしかしてチョコ欲しいの?」と訊いてきた。
ちょうど、雪の被った色褪せた遊具がある幼児公園を通り過ぎようとした辺りで。
図星をつかれて一瞬身体が硬直してしまったのを覚えている。
ここでも中学生男子が抱きがちな形ばかりのプライドが先走って、ぼくは「べつに…どうでもいいよ」なんて斜に構えた対応をしてしまった。
今思えば、坊主頭でニキビ面の言う「べつに…」なんて、格好良くも何でもない。
逆に強がりが露呈して、ひどくダサい。
本心は喉から手が出るほど欲しいのに。
でも、そこは同年代の女子特有のものなのか「いいよ。あげるよ」と大人の対応で受け流してくれた。
部活動で使うデカイ鞄から、少し角のつぶれたミルクポッキーを取り出す。
青いリボンの着いたものではなく、一箱100円ぐらいの菓子。
しかも開封済みで、中を覗くと1つしか入っていない。
本来は20本入りの袋が2包入っているはずなのに。
明らかに食べかけだった。
そのことに悪態をつくと「いらないの?」という少し意地悪な質問が返ってきた。
結局、ぼくはミルクポッキーを受け取り、ふたりで齧りながら帰った。
あれから20年以上経って、疾うに大人になったぼくは、坊主頭でもニキビ面でもない。
高価なチョコレートを口にする機会もあるが、鮮明に記憶に残っているのは、あの日食べた開封済みのミルクポッキーだけ。
理由は分からないけど。