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掌編小説

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2021年7月の記事一覧

【掌編】花火の音

【掌編】花火の音

 持っていくべき荷物は数少ない。カーテンもソファも彼と一緒に選んだモノだし。嫌がらせのようにこの部屋から持ち去ってもいいけど、こびりついた彼との思い出は、強力な漂白剤を使ったって、色褪せそうにない。
 今日、この部屋を訪れたのは、花火大会があるから。彼と初めてデートしたのが、ちょうど三年前の花火大会だった。今年は、あの子と一緒に花火を見ている彼。二年同棲したこの部屋とお別れをしに来ている私。
 お

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【掌編】辛口ジンジャーエール

【掌編】辛口ジンジャーエール

 子供だった僕はジンジャーエールがどんな飲み物なのか知らなかった。ビールを飲む大人に憧れた子供が飲む甘ったるい炭酸飲料、そんな風に思ってた。
「ジンジャーエール飲む?」
 ミオさんが僕に訊ねた。
「は、はい」
 正座をした僕は汗ばむ手を太ももで拭いながら頷く。
「ちょっと待っててね」
 キッチンへ向かうミオさんの後姿。ショートパンツから伸びる白い脚につい目を奪われる。
 バイト先の先輩ミオさん。高

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【掌編】サイダー

【掌編】サイダー

 青。空の色、海の色、幸せの鳥の色。ママの髪の色。
 ママの青い髪が好きだった。ママは私を自転車の荷台に乗せて、いろんな場所へ連れて行ってくれた。肩まで伸びたママの青い髪。風に揺れる様を後ろから見つめ、時々触れたりしていたずらする。ママはそんなことで怒ったりはしなかった。ママが怒るのは私が汚い言葉を使った時だけ。例えば
「クソババア」
 なんて覚えたての汚い言葉を使った時は、私の大切にしていたウサ

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【掌編】夕立

【掌編】夕立

 睫毛の先に実った雫は、涙だったのか雨だったのか、正体を明かさぬまま頬を滑り落ちた。
 家まで徒歩十分。雲行きが怪しいとは思ったけれど、傘がなくても大丈夫だと思った。歩いて三分。分厚い鼠色の雲が白く光った。数秒後、岩が転がり落ちて来るような音が鳴り響く。大粒の滴が次々と空から降ってきた。
 たちまち私はずぶ濡れになった。カールのとれた髪の毛。肌に張り付いたブラウス。裾がほつれたスカート。私のありと

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