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【連載小説】トリプルムーン 17/39

赤い月、青い月、緑の月
それぞれの月が浮かぶ異なる世界を、
真っ直ぐな足取りで彷徨い続けている。

世界の仕組みを何も知らない無垢な俺は、
真実を知る彼女の気持ちに、
少しでも辿り着くことが出来るのだろうか?

青春文学パラレルストーリー「トリプルムーン」全39話
1話~31話・・・無料
32話~39話・・・各話100円
マガジン・・・(32話掲載以降:600円) 

※第1話はこちら※


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***第17話***

 階段を上って街へ戻ると、たくさんの人々がそれぞれの日常と現実を共有し合い、混然一体となった街のざわめきを形成しながら、いつも通りの街の風景を刻み込んでいた。
 多くの人はどこかからどこかへと向かう途中で、足取りに迷いはない様子だったが、時々俺のように行く当てもなく彷徨う人がちらほら見受けられた。

 その人たちはみな一様に飲食店の前で歩調を緩めたり、足を止めたりしている。考えてみればお昼時なのだ、俺も何か腹ごしらえをしてあいつとの約束に備えなければいけない。

 俺は近くの商業ビルの最上階にある、静かで落ち着きのあるコーヒーショップに入ることにした。
 騒がしい店は苦手だし、窓の外から街の景色を眺めたい気分だったし、何よりもドーナツを食べたかった俺は、迷うことなくその店へ向かった。


 店内はまずまずの混み具合だったが、広い空間にゆったりとした間隔で椅子やテーブルが並び、静かなクラシックが流れていたので、人が多いわりには騒がしくない行儀のいい盛況ぶりをみせていた。
 俺は外の景色が見える窓側の席に案内してもらい、たっぷりとクッションの厚みがある上品な椅子に腰かけた。


 窓の外は相も変わらず快晴で、抜けるような青空が広がり、おさまる場所のない雲がひとつふたつ居心地悪そうに空に浮かんでいた。
 上空には穏やかな風が流れているのだろう、雲は少しずつその形を変えながら、誰も知らない形而上の概念のようにぼんやりと空の中に広がっていった。

 俺は水を持って近づいてきた店員に声をかけ、サンドウィッチとコーヒーとチョコレートドーナツを頼んだ。
 上品な笑みを唇に浮かべた店員は、流れるような動作でグラスに水を注ぎ、お客様の時間に立ち入らないよう丁寧にその場を去っていった。
 まるで魔法使いの妖精が、人間の目からうまく姿を隠すように、美しくて無駄のない品のある所作だった。


 リラックスした心持ちになった俺は、柔らかい椅子に深く腰を掛け直し、足を組みながら窓の外に広がる遠くの景色に目をやった。
 窓ガラスには透明な顔をした俺が、空に浮かぶようにうっすらと映り込んでいる。
 街の景色が透けた俺の顔は、いつもより精悍な面構えをしているような気がした。きっと頭の中には、先ほどの映画の余韻が残っているのだろう。


「世界は思うよりもっと複雑で、それでいて、その仕組みは思うよりもっと単純なんだ。テレビのチャンネルを変えるみたいに、気軽に眺めていればいいんだよ。気軽に。難しく考えていたって、しかめっ面の自分が滑稽に映り込むだけの話さ。」


 誰にも聞こえないように静かに呟いた独り言は、もしかしたら店中の客に聞こえていたかもしれない。
 食事が運ばれてくるまでのあいだ、俺は窓越しの自分と一緒に空を眺めながら、人生の意味を語り合う有意義で素敵な時間を過ごした。


 店員は先ほどと同じく無駄のない品のある動きで食事をサーヴし、俺にお辞儀をしながら風のようにふわりと去って行った。
 運ばれてきたサンドウィッチには具がたっぷりと挟み込まれていた。予想以上のボリュームに、俺の口の中にはじんわりと唾液が広がった。

 カリカリに焼かれたベーコンと鮮やかな緑色のレタスはパンの間から顔をのぞかせ、その奥にチラチラと真っ赤なトマトが見え隠れしている。
 全粒粉の褐色のパンは、小麦の素朴な香りをほのかに放っていた。その香りはベーコンのジューシーな香りと一体になりながら、俺の空腹になった胃袋を急かすように蹴り上げてきた。

 ベーコンの塩味の効いたスパイシーな味わい、トマトのふくよかでキュートな果汁と酸味、シャッきりとしたレタスの瑞々しい舌触り、それらを混じり気のないふんわりとしたパンが包み込み、多角的な個性をひとつの世界にまとめあげた完成された味わいがそこにあった。


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