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【短編小説】毎日違う人(第4話)

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次の日は,起きた瞬間に
天井が近いところにあったので
「何だナンだ?」と思ったら,
二段ベッドの上に寝ていた。
男の子だった。
壁に幼稚園の制服がかけてある。
ベッドの下をのぞくと,
小学校低学年くらいの姉らしき女の子が寝ていた。

「まみ,たっちゃん,起きなさい」
ママが,僕と姉のまみを起こしに来た。
僕とまみは急いで着替えて,洗面所に行った。
顔を洗っているまみの後ろに立って,鏡をのぞいたら,
僕の顔はテレビドラマの子役顔負けのかわいさだった。
僕たちは急いで朝食を食べた。
まみはランドセルをしょって,一人で飛び出して行った。
僕はママに手を引かれて家を出た。

「あら,たっちゃん,おはよう」
近くの角まで行くと,
何人かのお母さんとその子どもたちが
幼稚園のバスを待っていて,
お母さんの1人が僕に声をかけた。
「おはようございます」
「まぁ,礼儀正しいのね」
僕はどうやら近所のお母さんたちに大人気らしい。
みんな目を細めて僕をうっとり眺めている。
僕は弱冠5歳で,もう女心を読める男になっていた。

バスが来て,幼稚園児たちがバスに乗り込んだ。
かわいい女の子が僕の隣の席に移動して来て,
にこっと笑った。
「この子,僕に気があるな」と思ったが,
その瞬間に僕も恋に落ちてしまった。
きっとこれが初恋と言うのだろう。

「たっちゃん,なな子のこと,
 お嫁さんにしてくれるって前言ったでしょう?」
隣に座ったかわいい子が
突然,僕の手を握りながら言ったので,
僕はちょっとドキドキした。
(僕たち,婚約してたのか…。マセてるな)
僕がそんなことを考えていると,なな子は続けた。
「でもね,私,この前,
 てっちゃんにも結婚しようって言われちゃったの。
 それで,ちょっと迷ってたんだけど,
 やっぱりたっちゃんのお嫁さんになろうかと思うの。
 初恋の人と結ばれた方がロマンティックだもんね」
僕はなな子の言うことを聞いて,顔がひきつった。
女の子にはかなわない。
5歳くらいでこんなセリフを吐くとは…。
僕は無口になりながら,
幼稚園バスの窓から外の景色を眺めていた。

あっという間に幼稚園に着いて,
門のところで先生たちがかわいいエプロンをつけて,
園児たちを出迎えていた。
「おはよう」
先生たちは笑顔で挨拶している。
僕も「おはようございます」と,笑顔で挨拶した。
すると何人もの先生たちが,僕の頭をなでた。
(どうやら僕は先生たちのハートもつかんでいるようだぞ…)
僕は二十歳も年上の女性の心をつかんでいるんだ,
と思ったらつい顔の筋肉がゆるみかけた。
その時,なな子が僕の腕をつかみ,
「たっちゃん,浮気は許さないからね」と言ってにらんだ。
「へっ?」
僕は素っ頓狂な声を出しながら,
女の子の怖さを思って身震いした。

僕は普段から優等生で通っていることを感じ取って,
幼稚園にいる間ずっといい子を演じていた。
子どもだって,敏感にまわりの空気を感じ取り,
自分に何が期待されているかくらいは理解できる。
僕は先生にも女の子たちにも人気があり,
かわいくて礼儀正しい男の子で通っている。
だからおちゃらけたリ,けんかをしたりなんてことは
とてもできそうになかった。

幼稚園が終わり,バスに乗って家に帰ると,
ママがケーキを出してくれた。
そしてにこにこしながら言った。
「たっちゃん,これ食べたら
 バイオリンのお稽古に行くのよ」
「えっ,バイオリン?」
「そうよ,毎週木曜日はお稽古の日でしょう」
ママは冷蔵庫からジュースを出して,
注ぎながら言った。
(僕は,かなり親の期待も受けているんだな)
僕は子どもでいながら,
子どもっぽく振る舞えない子の気持ちを味わいながら,
ケーキを食べていた。

おやつを食べた後,僕はバイオリンの稽古に行き,
帰りに公園の前を通った。幼稚園の友達が,
5人くらいでサッカーをしているのが見えたので,
僕は仲間に入れてもらおうと公園に入って行き,
バイオリンのケースをベンチに置いた。
「おい,僕も入れてくれよ」
「あ,たっちゃん…。
 でもお母さんに怒られるんじゃない?」
「え,なんで?」
僕は友達の言ったことを不思議に思ったが,
そこにいたみんなが僕のことを
仲間に入れるのをためらっている空気を感じた。
子どもたちを遊ばせながら,
おしゃべりをしていたお母さんたちもざわついた。

「だって,いつも,たっちゃんのお母さん,
 サッカーなんかしてお洋服汚して,って怒るじゃんか」
(そうなのか…)
僕はみんなの憐れむような目つきを受けて,
再びバイオリンケースを持って,
とぼとぼと歩き出した。
(つまんないな,こんな子ども時代を過ごす子って
結構いるんだろうか…)
僕は,のびのびと育つことも遠慮している,
子どもたちの心情を思いながら家に帰った。

家に入るといい匂いがして,
夕飯がテーブルに並んでいた。
家はそんなに裕福なわけではないのに,
とにかくママが,ブルジョア的教育ママに
なろうと頑張っているのが,痛いほど感じられる。
「たっちゃん,帰ったの?
 ちゃんとただいまって言いなさい」
「あ,ただいまー」
「まー,と伸ばさないの」
「は~い」
「はーいじゃなくて,はい,でしょ」
「ハイッ!」
僕はヤケクソになって大声でどなった。
「なんなの,その反抗的な態度は。
 いつものたっちゃんらしくないじゃないの!
 もう一度ちゃんと言いなさい」

ママは思ったよりもすごい剣幕で僕を叱った。
居間のソファーでテレビを見ていたまみが,
振り返って僕を見ている。
「いいじゃんかよー。
 あーぁ,いい子でいるのも疲れるなぁ」
僕は1日のストレスがどっと出たのか,
つい言ってしまった。ママは震えながら,
泣きそうな顔で僕を見ている。
「どうしたの,たっちゃん。
 何があったの。言ってごらんなさい」
ママは一筋涙を流しながら,僕の両手をつかんだ。

「別に何もないよッ!
 ただ,僕もう疲れちゃったんだよ」
僕はそう言うと,走って自分の部屋に逃げた。
(こんなこと言っちゃって,明日,
本当の意識が戻ったら,どうなっちゃうんだろう。
ちょっとまずかったかな…)
僕は二段ベッドの上に伏せながら,
早まった行動を後悔していた。

「たっちゃん,どうしたの?」
その時まみが部屋に入ってきた。
僕はそっと顔を上げて,まみの顔を見た。
「たっちゃん,今日,少し変だね。
 何かあったんでしょ」
まみはお姉さんらしく,
僕の気持ちを察しているようだった。
僕は身体を起こして,ベッドの上段に座った。

「お姉ちゃんは,きゅうくつじゃないの?
 みんなの期待が大きすぎて,
 苦しくなることってないの?」
僕が言うと,まみは少し笑った。
「そりゃあ,私はたっちゃんほど
 期待されてないからさ…。
 たっちゃんは男の子だし,
 頭もいいみたいだし,大変だよね。
 私と違って,私立の小学校に行くみたいだしね」
まみはそう言いながら,
ベッドの縁のはしごを登って来た。

僕はまみにあまえたかった。
でもまみが僕の隣に座って「大丈夫?」と,
顔を覗きこんだ時,思わず意地を張って
「うん」と答えてしまった。
まみは僕の頭を一度なでて,
「ご飯だから行こう」と言いながら
僕の手をひっぱった。
それでも僕は動かなかった。

まみが「じゃ,先に行ってるから,
すぐ来るんだよ」と言って部屋を出て行った後,
僕は明日からこの身体の主が,
のびのびと生活できるにはどうしたらいいかを
考えてみようと思ったが,
たった一日で人生の方向を変えることなどできっこない。
明日から彼自身が切り開いていくしかないんだ,
と考え直した。
僕はまたおとなしくママに従って食事を済ませ,
帰って来たパパとお風呂に入り,いい子を演じた。
(明日から,頑張れよ)
僕はそう思いながら眠りについた。
(最終話につづく)

©2023 alice hanasaki

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