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「おんなは家庭」の時代に会社を支えた女性たち (その1)

次の文章の最初の部分を読んで、この弟の役割に名前をつけるとしたら、あなたはどのような名前をつけるだろうか。

銀行の融資面談で

食品業界を主な得意先とする運送会社が創業から10年を迎えた頃のことだった。さらなる飛躍となるチャンスが舞い込んできた。得意先のうちの一社から今後の商圏拡大を見越し、新たな倉庫や営業拠点の増設を打診されたのだ。願ってもない話だが、ひとつ問題がある。

それをまかなう資金が大きく、金融機関から新たに借りる必要があった。金融機関からの借入の実績はこれまでもあり、問題なく返済していたが、今回は、これまでとは比べようもないほど金額が大きく、返済期間も長期になる。

しっかりした事業計画に資金計画を練り上げ、創業者である社長と取締役である弟と金融機関に出向き、融資担当との面談に臨んだ。社長がひととおり説明すると、融資担当者は「あくまで計画ですね」と冷ややかな反応が返ってきた。

社長がさらに得意先は大手であること、得意先の成長とともに自社も事業拡大が確かなことを説明するが、融資担当者の反応は冷たく、融資の申し込みを受け付けようとしない。門前払い状態だった。

それまで社長の横に黙って座っていた弟が、突然、口を開いた。「いままでうちは一度も遅れることなく、返済してきました。これからも、この計画にしたがって社長が社員とともに一生懸命働いて、社長のこの腕で返します」。弟は社長の腕をつかんできっぱりと告げた。

弟は創業間もない頃から兄と一緒にやってきた。財務会計にとどまらず、採用や総務、人事などを率い、社員が社長に直接言いにくい話にも耳を傾け、ときに社長の判断にノーを突きつけてきた。その弟の覚悟のことばだった。

弟の気迫に気圧されたのか、それとも覚悟を読み取ったのか、融資担当者は融資を受け付けることを告げた。その後、何度のやりとりがあり、融資は実行された。

その後、会社はいろいろなことがあったが、社員とともに2人で力を合わせて事業を拡大し、地域の業界では知らない者がいない存在になり、新社長が事業を承継するときに弟も一緒に取締役から退いた。

中小企業の創業者夫人の再評価を

さて、この弟の役割は?

社長の右腕と思うひともいれば、兄の共同経営者と思う人もいるだろう。経営のパートナーという表現もできる。

ではこの「弟」を「創業者夫人」と変えたら、どうだろう。社長の片腕や共同経営者と言う人はどれだけいるだろう。しかし、こうした夫人の活躍はけっして珍しいことではない。むしろ会社の足跡を振り返れば、ある時期までに創業した中小企業にはごく普通に見られる光景だ。

多くの創業者の夫人は、結婚を機に、まったく知らない会社経営に飛び込み、したことのない帳簿の付け方を学んだり、人の使い方を身につけたりしながら経営の一端を担って、会社を創業者とともに大きくしていった。

たしかに創業者夫人は社長の生活パートナーであるとともに、会社では片腕であり、ときには共同経営者の役割を果たした経営のパートナーであった。

ところが、創業者は一線を退いてからも、直接ともに仕事をしたことのない世代の社員にも強く意識される一方で、創業者夫人の功績や人柄は、ほとんど語り継がれることなく、世代が変れば忘れ去れてしまう。

私が創業者伝を作成すると、毎回、会社の創業期に、いかに創業者夫人の役割が大きかったかに気づかされる。創業者は夫人がいなければ、いまの会社はなかったと異口同音に語る。

これからこのシリーズで、経営パートナーとしての創業者夫人の役割に着目し、紹介していきたい。

取り上げるケースは、いずれも事実を元にしたフィクションの形を取ることにする。


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