akitaham.

名古屋のAkitaHam.代表の秋田健博です。ドイツに8年、ドイツの国家資格である食肉加工マイスターを取得後、地元名古屋に2009年創業。そもそも全く別の目的でドイツに留学したものの挫折しこの道に入った者です。昔の作り方を模索していく中でのたくさんの疑問を物語にしています。

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名古屋のAkitaHam.代表の秋田健博です。ドイツに8年、ドイツの国家資格である食肉加工マイスターを取得後、地元名古屋に2009年創業。そもそも全く別の目的でドイツに留学したものの挫折しこの道に入った者です。昔の作り方を模索していく中でのたくさんの疑問を物語にしています。

    最近の記事

    水+廃棄物=加工品という現実

    28:00 番外編 ベジタリアン用加工品 植物性たんぱく質と表示されているが。 ニーマイヤー氏(添加物エキスパート) 『添加物の塊です。通常の肉を使ったものの2倍。もちろん食べられます。しかし、私たちが、何を食べたいか、ではないでしょうか』 29:50 フォルさん実演 『私の人生で初めて野菜のソーセージを作ります。』 野菜をどかして、出てきたのは白い粉。 『野菜と言えば聞こえは良いですが、真実はこちらのパウダーです。原料は野菜ですがこのパウダーの50~60%は増量剤です。』

      • 食べなれた味とは強制的に『慣らされた味』

        18:00 スーパーでランダムに商品を集め検査をする。 前回のリマ社の営業がドイツの事情通を紹介したくありませんと言ったことに反応し、では自分たちで調べましょう、という入りです。 今回はテレビ局と有名なニュース雑誌シュピーゲルの共同作業。 アウトレットのソーセージからBioのソーセージまで(鳥肉の)集めるが、どの商品にも『セパラトーレンフライシュ』の表示はない。 19:00 ハンブルクで一番のBIO生産者のもとへ。 『無添加』でソーセージを結着させるために温屠体で生地をつくる

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        • ドイツテレビ番組『ソーセージの闇』解説

          番外編、という事で先月6月末に放送されたドイツのテレビ番組の解説をします。私のブログに出てきているフォル(フランツ)氏の最新の番組です。 私が最初に見た番組から、その経緯でフランツに会いに行ってから数年。状況は良い方向に飛躍的に進みました。彼の情熱に感謝です。 数回に分けて解説します。 ↓番組URL https://www.ardmediathek.de/video/45-min/geheimsache-wurst-was-essen-wir-da/ndr/Y3JpZ

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          • Routine ルーティーネ。継続のたいせつさ

            『“halbeハルベ(半分)”飲むか?』 相変わらずだなと笑みがこぼれる。 1リッターの半分という意味でもちろん水ではない。職人たちにとっては水のようなものだが瓶ビールをこのように表現する。 ご存知のように、ドイツには数えきれないほどのビール会社がある。ことバイエルンにおいてはなおの事。 スーパーなどのビール売り場に行ってみるのも面白いと思うが、その土地。バイエルンという意味ではなく小さな町単位で置いてある品揃えが変わってくるのだ。 私もドイツのプリーンに住んで何年も

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            Ausbildungsplatz

            陰に隠れて 『ゲハルト!』(親方の名前) と、大声で叫んで反応を試そうと思ったのだが隣接しているBüro(ビュロー:事務所)からシェフィンChefin(女性の社長)に見つかった。 社長が満面の笑顔で 『タケ!』 と来たものだから、私の悪ふざけは実行されないままで終わる。 私の修行先であるKunz(クンツ)は1910年創業で、その歴史は100年以上になる。5代目にあたるミヒャエル・クンツは社長の息子だ。 社長はクリスティーネ・クンツと言い、美しい容姿に似合わずパワフルでアク

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            Begeisterung 熱意があれば言葉はいらない

            ペーターとのウィーン旅行が決まったところで、はじめて詳細を説明した。 そもそも詳細が先のような気もするのだが。 ベルリンからバイエルンに向かう途中に本来行くはずであったウィーン。 たまたま日本のテレビにウィーンの老舗レストランのカナッペが出ていて、それを見た母親からの Befehl(べフェール:命令)だったのだ。 ベルリンから出る時は “ま、行かなくってもいっか!” 程度に思っていたのだが、ペーターのお陰で実現した。ひとりで行くよりも、楽しいし何よりも、頼もしく感

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            Persönlichkeit 個性とは何か。バイエルンの片田舎で思う

            『ペーターはもう少しで帰ってくると思うわよ。』 お互いに変わってないね、なんて話しながらレナーテはテラスの席に私を座らせた。 私のどでかい相棒(ノースフェイスのバック)を廊下に置き見知らぬ男性の座るテーブルについた。 いかにもクラシカルなバイエルンのおやじという長い髭を携えた初老の男性は、この宿の住人らしい。 名はアンディといった。 こういった風貌の男性を見ると、バイエルンの方言でもひと際、きつい訛りで、仲良くなるためにあえて強烈な皮肉を言う、すこし戸惑う癖のある人物

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            Kamerad 最後の約3年を過ごしたペーターのガストハウスに帰還

            日差しは厳しいのだが、ひんやりした風が吹き抜けた。 キームゼー(キーム湖)の辺りをキームガウ地方と呼ぶが、東にはKampenwand(カンペンヴァント)という東アルプスに属する山が見える。現地ではキームガウアー・アルペンと親しみを込めて呼ばれる。 山を跨げば、オーストリアというほど、オーストリアにほど近い町だ。 降り立ったPrien am Chiemsee プリーン アム キームゼー駅からカンペンヴァントの雪に覆われた頂上を見る。 修行時代の見慣れた光景だ。 バカデ

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            Sehnsucht 第二の故郷へのあこがれ。

            ミュンヘン中央駅で次の列車を待つ間、駅の売店をウロウロする。 懐かしい。 昔と何も変わっていない。少し変わったと言えばアジア系フードメニューが充実したという事だろうか。アジア系と言っても日本食ではなく東南アジア系、中華系の料理でご飯や野菜・肉を炒めたものだ。 XXXLとバカデカイサイズを表現したポテトフライもひとつの目玉と言っていいだろう。揚げても揚げても直ぐに無くなる。 そのトルコ系の店員は以前も居たのではないか、と思う。当然、と言ってよいのかは分からないが、住んで

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            Taufe 洗礼。バイエルン州に入る前に。

            当初はウィーンに寄って南下しながらバイエルン入りする予定をしていたのだが、さすがに大きな荷物を抱えては動きづらくなってきた。 今はベルリンまで出た後、ミュンヘン行きの列車に揺られている。通り過ぎる駅の何の関連性もない無数のスプレーアートが妙に首都ベルリンの都会的な印象を強くした。 朝5時過ぎにゴードンにバールートの駅まで送ってもらったのだが、カトリンが食事とお菓子を持たせてくれた。最後の最後まで気を遣ってもらい本当にありがたい。そして料理上手なカトリンのお弁当をいつ開ける

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            Kopffreiheit おカネとは無縁のところに本当の豊かさと“ゴージャス”をみた

            束の間の時間だった。 湖のほとりでゴードンたちの子供アーロンと共に過ごす。アーロンはひとり浅瀬で遊んでいる。 長閑な昼下がりといった感じだが実際には18時くらいで、ヨーロッパでは段々と日が長くなってくる 時期でもある。 ドイツに始めてきた頃などは、夜10時頃まで明るい外に初めはワクワクもしたが眠れないため次第に苦痛になってくる。 たまのドイツでこうして過ごすのは、再び新鮮さを感じ『ヨーロッパに来た感』を味わえて中々いい。 短くもなく、長くもなく、ホッと一息つくには

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            Erfrischung(エアフリッシュング)束の間の息抜きin Baruth

            真夏のように暑い昼下がりだった。 中庭にてヴィタコーラを頂く。もちろん味はコーラなのだが、甘すぎない。たまのリフレッシュにこちらの方が良いかもしれない。 ギラギラと照り付ける太陽の下、旧東ドイツでご当地コーラを頂くなんて何て贅沢な時間なのだろう。 乾燥と極度に降らない雨によりドイツでは近年山火事が多発しているそうである。昨年(この年の)、ベルリンでは街路樹に一日何杯かのバケツの水をやるのが半分義務のように決まっていたそうである。 それにしても暑い。 20歳になる前に

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            1 bis 100 現在進行形至上主義が伝統を崩壊させる。旧東ドイツに見た伝統の守りかた

            まるでそれは薄い紙を一枚ずつ毎日積み上げていくようなものだと感じる。 それを考えたときに私が好きな言葉を思い出す。 『一握りの砂、富士山を。一滴の雨、太平洋を』 小さな積み重ねが偉大な伝統を生み、また 小さな積み重ねがいつの間にか伝統を捻じ曲げたのだと思う。 はじめは賞味期限を少し長くしたい。だけだったかもしれない。 光で変色してしまう色を長持ちさせたい。だったかもしれない。 はたまた、味をより安定させたい。だけだったかもしれない。 本来である昔のものを数字で表

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            Tradition テューリンガーに見る伝統の失われ方。

            ゴードンに御馳走になった『本来のチューリンガー』の余韻に浸りながらその日は終わった。 『レシピ知りたい?』 とゴードンに言われ笑みがこぼれたのには訳がある。 自分の作っている“テューリンガー”と同じだったからである。 『たぶん同じだと思うよ』 ゴードンが示したレシピはやはり同じだったのだ。 テューリンガーブラートヴルストと言えば、超有名なソーセージだが世間で流通しているものは“原形”ではない。つまり伝承された伝統そのものではない。 ゴードンは父グスタフからこのレシピを

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            Überlieferung 伝承していく事と伝統を守り続けることの難しさ。

            ファオヴェーブス(VW Bus)に乗り込み草原の中にポツンとある駅を出発。 ファオヴェーとはフォルクスワーゲンのアルファベットのドイツ語読み。このように略されることが多い。そしてブスとはバスのことだが自家用ワゴンタイプをそのように呼ぶことが多い。 この車は肉屋、パン屋のみならずペンキ屋、電気工などドイツの職人たちを支えている。日本でいうとトヨタハイエース、日産キャラバンとかそんなイメージだ。 私にとっても修行先の車はこの車種であり慣れ親しんだ車でもある。運転席との境がな

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            Großherzigkeit いつ何時も寛大なゴードンに癒される。

            ポーランドとの国境の町ともお別れ。 この旅の一番の『山』を越えた達成感と安堵した気持ちとに包まれている。まだまだ旅の序盤で、後から『山』と呼べるものはあるのだが、気心知れたゴードンとの再会にとてつもない安心感に浸りながら彼の住むバールートへ向かう。 ひたすらに遅い単線列車に揺られひとまずベルリンに向かう。 ベルリンでの思い出は全くと言っていいほどない。私が修行を終え、母親が叔母とともに修行先に挨拶に来た時、ベルリン旅行をしたのだが全くと言っていいほど記憶に残っているもの

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