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Persönlichkeit 個性とは何か。バイエルンの片田舎で思う

『ペーターはもう少しで帰ってくると思うわよ。』
お互いに変わってないね、なんて話しながらレナーテはテラスの席に私を座らせた。

私のどでかい相棒(ノースフェイスのバック)を廊下に置き見知らぬ男性の座るテーブルについた。

いかにもクラシカルなバイエルンのおやじという長い髭を携えた初老の男性は、この宿の住人らしい。

名はアンディといった。

こういった風貌の男性を見ると、バイエルンの方言でもひと際、きつい訛りで、仲良くなるためにあえて強烈な皮肉を言う、すこし戸惑う癖のある人物像を想像していたが、フレンドリーで聞き上手なジェントルマンだった。

オートマティッシュ(automatisch 自動的に)にビールが用意され木に囲まれたテラス席で昼のみがはじまる。
隣接する狭い道路の直ぐ向こう側には町の小さな教会がある。
早朝・昼・夕方とけたたましく鐘がなる。

そんな優雅な雰囲気の中、昼からビールを頂くのだ。

『昨日のことのようね。』

レナーテが言った。
話し込んでいるうちに、昨日までここに居て、ただ連続した今のように感じてしまう。話しているうちに自然とバイエルン寄りの言葉も出てくる。

実に不思議な気分だ。
そしてレナーテの外見も何ら変わっていない。
一般的には欧米人は老けやすい、というが彼女がベジタリアンだからだろうか?

ブーン、ガラガラガラ

舗装されていない道に見慣れた車が入ってきてテラスの前で急停車した。
こちらもまた何も変わっていないペーターだ。

ペーターはベジタリアンでも何でもないぞ

と、ふと頭を過ったが
『タケ!元気か!』

本当にうれしそうな笑顔のペーターが車から降りてきた。

ペーターとは本当に良く打ち解けた。
節度があり、あまり表に出たがらない、そして一日の大半を自分の部屋の中で過ごす。控えめな彼とは馬が合った。

ただ引きこもりがちな面もある為、気分が乗らない時は誰とも会わない。

側面だけを見れば、“癖がある人間”と、表現されてしまうこともあるのかもしれないが、ドイツに来てサッカーの仲間と出会い、そのあとは若者たちに混じって修行を行って行くうちに

“違うからこそおもしろいのだ”

と思えるようになった。
修行中の若者たちを見ていても、この違いを認識し許容している子供たちが殆どで、それでも気に入らなければ干渉しない、というスタンスだった。集団にいじめに発展していくような状況には中々なり辛い(ないとは言えないが)と感じた。

かえって、“普通”よりも個性があって面白いなと思えるようになっていたのだ。

ペーターと入れ替わるようにしてレナーテは帰っていった。
とは言え、宿の一階はKneipe(クナイぺ:バー、居酒屋)寄りのレストランになっていてレナーテが担当している。

2人の関係はというと、元々交際していた、という間柄だ。
レナーテには2人の息子が居て、一人はスペインで弁護士を、弟の方は獣医をしている。教師であったレナーテは女手ひとつで息子たちを育てた。

息子たちも成人し、自分の時間を愉しむようになり、2人はジムで出会ったのだ。
バイエルンの片田舎の宿の一室に引きこもりがちなペーターだが、才能あふれる人で、絵はプロ級、そして頭も良い。
そんな彼に惹かれた、とレナーテは言っていた。

ペーターが引きこもりがちな原因は両親と姉との確執だ。
同じ敷地内に両親と姉が暮らす家があるのだが、年に一度会うかどうからしい。

何があったのかは詳しくは分からないのだが人生の道標が、親の望みと本人の夢とかけ離れていたところから来ているのではないかと思う。

“(所有の)宿を引き継ぎたくはなかった”
というペーターの言葉、表情から、当時そのように受け取った。

まあ私が居た当時は2人は付き合っていた訳で、男女のイザコザはしょっちゅう目の当たりにしていたし、みなさんが容易に想像のつくような、すったもんだの物語が毎日のようにあったわけだ。
そして二人の間に入っては話を聞いたり。あげればキリがない苦笑

誰も来ない“秘密の中庭”にペーターとアンディと3人で移動しビールを飲む。
初老のアンディは疲れたのか、しばらくすると部屋に帰っていった。

母親の要望でウィーンに行って来いという言葉を思い出した。

『ペーター、一緒にウィーンに日帰り旅行しない?今までの御礼に招待するから、どう?』


本来、ベルリンからバイエルンに入る途中に寄っていこうと思っていたのだが、デカバックに嫌気がさしスルーしてここに来た。
日程的にも体力的にも億劫になってきていたのだが、ペーターとなら気楽に楽しく行けそうだ。

『いいよ、いくか!』
引きこもりがちなペーターの意外にもあっさりした二つ返事に嬉しくなった。

男二人のウィーン旅行が決まった。


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