増長 晃

小説を書きます。

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  • 瓶を売る男シリーズ

    日本のどこかにあるという海に面した町、K市。そこにある仕立屋は、人の心を瓶に詰めて盗むという噂がある。 無心の少年が心を探す、平成末期のファンタジー。 だいたい月一で更新中。

  • COIN~コイン~

    COINシリーズのまとめです。

  • 瓶の街

    瓶の街①~④をまとめたものです。

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【小説】高野という男

高野という男 著:増長 晃 日曜  早生(わせ)時尊(ときたか)  高野という男には不思議な習慣がある。とりわけ特殊であるわけではない。毎朝早く起きては浜辺に赴き、漂流物を拾い集めるのだ。それが不思議なのかと言えば、高野は自分のその習慣になにやら決まり事を設けているのだ。 「よう、与一郎(よいちろう)」  時尊が呼びかけると、高野与一郎は振り向いた。朝日が昇ったばかりの浜辺に、竹網の籠を腰に提げた若い男だ。時尊の一つ年上の従兄で、デニムの半ズボンにスポーツサンダル。白い

    • 瓶を売る男 第二話 ~情熱伝導~ 6/12

       塾の定休日の朝、その店を訪れた。黒い紙に金の印字で記された住所には確かに、TWENTYと看板に書かれた一階建ての洋風な店があった。ネットで調べると、仕立屋であることが分かった。紳士服だけでなく、今は夏祭り用の浴衣のレンタルや仕立てを安く行っているらしい。  ドアを開けて中に入った。混んではいないものの、数名の女性客がいた。カタログを開きながら列に並ぶ客や、カウンターにて貸し出し手続きをする客などがいる。そしてカウンターには、半袖のシャツを着た黒髪の男がいる。 「いらっしゃい

      • 瓶を売る男 第二話 ~情熱伝導~ 5/12

         見つけた。理解より先に確信した。夜七時中央通り、小林より年上の少女が一人で歩いていた。薄手の紫のパーカーを着ているが、その下は学生服だ。おそらくK高校、夏休みのはずだが、学校で用事でもあったのだろうか。  遠藤から“借りた”技術で漂着瓶の脈拍を掴み、それと同じ脈拍を持つ人間を探した。見えない糸に引かれるように、瓶の持ち主の居場所を掴むことができた。この広いK市で、記憶でできた羅針盤を頼りにただ一人を特定した。そしてその一人に近づくにつれ、彼女の居場所は明確に分かるようになっ

        • 瓶を売る男 第二話 ~情熱伝導~4/12

           夏祭りまであと三日だ。今日も遅くまで残業したが、これで山積みだった仕事のほとんどが片付いた。デスクに就いた中村は大きく腕を伸ばし、肩回りをほぐした。時刻は夜七時。歳をとると残業したくても体がもたない。仕事がおおよそ減ったとはいえ、体力は限界だった。区切りのいいところでパソコンを閉じ、中村は退勤した。  夜七時だというのにこんなに窓の外が明るい。不思議な時間感覚になるこの季節が、中村は気に入っている。  重く固まった肩をほぐしながら駐車場に向かった。そういえばTWENTYへ

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        【小説】高野という男

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        • 瓶を売る男シリーズ
          4本
        • COIN~コイン~
          13本
        • 瓶の街
          4本

        記事

          瓶を売る男 第二話 ~情熱伝導~3/12

           この店は十一時開店、夜八時閉店だ。小林は普段、夕方五時から八時までのシフトに入っているが、夏休みに入ったことで小林はフルタイムで働けるようになった。最近知ったことだが、中学生のアルバイトは労基で禁じられているらしい。その点この店は監査で一発不合格になるのではなかろうか。  そして今小林が何をしているかというと、女性用の浴衣を着せられ、そして女性用のメイクを施され、写真を撮られてネットで晒されている。 「よしよし、いい感じだ」  満面の笑みを浮かべるのは遠藤だ。どうやらこの夏

          瓶を売る男 第二話 ~情熱伝導~3/12

          瓶を売る男 第二話 ~情熱伝導~ 2/12

           K市は毎年八月、K夏祭という夏祭りがある。祭りの時期は警察の仕事が多い、交通課はもちろん、祭りの現場は窃盗犯罪が通常より起きやすい。祭りはまだ先だが、これから忙しくなるため今抱えている仕事を減らしておく必要がある。  中村が退勤したのは深夜十一時を回るころだ。明日も朝八時から仕事があるというのに、家に帰らず署に泊った方がいいような気がしてきた。しかし腹が減ってしまった。とりあえず中村は署を出て最寄りのコンビニに足を運んだ。  同じ店でも深夜のコンビニは日中とまるで違った顔を

          瓶を売る男 第二話 ~情熱伝導~ 2/12

          瓶を売る男 第二話 ~情熱伝導~ 1/12

           七月の今日は終業式だった。つまり明日から夏休みである。夏休み期間中も小林はこの店でバイトをすることになっている。TWENTYで着る制服も夏服となり、半袖シャツにノーネクタイといった格好である。学校の制服の夏服とまるで変わらない。  服を着替えなければ気分が混在してしまう。学校にいるときは学校の制服を、バイト中はバイトの制服を着なければ、自分がこの世界の異物になってしまったような錯覚をするのだ。だから小林は店主の遠藤の許しのもと、ベストを着用している。喫茶店のウェイターみたい

          瓶を売る男 第二話 ~情熱伝導~ 1/12

          チョコレートが存在しない街

          チョコレートが存在しない街があった。 チョコレートが製造されず、外部から入荷もしない。完全にチョコが文明から切り離されている街だ。 その謎を突き止めるため、一人の探偵が雇われた。彼はとある商人からの依頼で、その街でチョコを売るための調査を命じられたのだ。 スーパーもコンビニも、昔ながらの駄菓子屋もある。しかしどの店舗にもチョコはおろか、チョコ菓子やチョコ味の食べ物も売っていない。 住民にチョコを売っている店は無いか尋ねると、「チョコレート…って?」という風に誰もチョコを

          チョコレートが存在しない街

          師の走り

          「十二月の約束だ」  令和n年十一月三十日、K市より北にある町にて、弟子が訪れた。  雪の浅く積もる晩のことであった。弟子に一年間の縛りを課し、資格ありとみなせば縛りを解く修行であった。  顔立ち、出で立ちに表れている、研鑽の痕跡。たしかに磨かれている。しかし、核心には及ばなんだ。ため息をつき、老人は座したまま膝を掻いた。 「師よ、貴方の言いつけで俺は前回の十二月を手放したのだ。それを無下にせぬだけの鍛錬は積み、戻ってきた」  弟子は黒いパーカーを被り、ジーンズにスニ

          夢商人

           ”逃げる夢”という言い伝えがある。誰が追うのかは分からない。ただ、逃げきれなければならぬ。もし逃げ切れず捉えられれば、次は自分が追う側になり、次の誰かを捉えるまでその夢に囚われ続けるのだという。  平成n年6月下旬、どうやら娘は、それに囚われた。  娘の身体は寝台に横たわったまま動かず、肺と心臓だけが律動している。夢に囚われた精神を取り戻し、妹を再び蘇らせるには、たった一つだけ手段がある。  他の誰かを代わりに夢に捧げる。  男は、意を決していた。 「準備はできまし

          瓶を売る男 第0話 ~はじまりと継承~

          瓶を売る男 第0話 ~はじまりと継承~ 著:増長 晃 《用語》 霊素:霊魂を構成するとされる物質、あるいはエネルギー。魂だけでなく、記憶や人格、技能や感情なども形成する。したがって、心や人格を物質、あるいはエネルギーとして扱うことができる。 霊素結晶:霊素が結晶として物質化したもの。結晶中の霊素の結晶構造によって結晶内に情報を記録し、記憶や感情を結晶に記憶させることで人格を保存する。 結晶で瓶を作って人格を保存したり、指輪を作ってその瓶を開け閉めすることに使われる。

          瓶を売る男 第0話 ~はじまりと継承~

          瓶を売る男 第三話 ~偽造と捏造~

          瓶を売る男 第三話 ~偽造と捏造~ 著:増長 晃 《専門用語》 霊素:霊魂を構成するとされる物質。魂だけでなく、記憶や人格、技能や感情なども形成する。半物質、半エネルギーとして存在し、その観測は困難である。 霊素結晶:霊素が結晶として物質化したもの。結晶中の霊素の結晶構造によって結晶内に情報を記録し、記憶や感情を結晶に記憶させることで人格を保存する。 結晶で瓶を作って人格を保存したり、指輪を作ってその瓶を開け閉めすることに使われる。 結晶師:霊素を結晶化、あるいは結

          瓶を売る男 第三話 ~偽造と捏造~

          瓶を売る男 第一話 ~雨と友~ 8/8

          小林Ⅳ 「いやあ、小林お疲れ様。疲れただろう」 「疲れましたし、寒かったです」  雨の中を走り、びしょ濡れのまま店に戻った小林はロッカーで濡れた服を脱ぎ、体操服に着替えて第二客室に戻ってきた。明日が土曜日でよかった。 「遠藤さん、冷房寒すぎです。温度上げてください」 「一枚羽織れ。ここは服屋だぞ?ひとまずこれ飲みな」  遠藤はこちらにレモンティーを差し出した。立ち上る湯気に心が緩む。  遠藤はジャケットを脱いで椅子の背にかけ、煙草を吹かしていた。本気モード後のクールダウン

          瓶を売る男 第一話 ~雨と友~ 8/8

          瓶を売る男 第一話~雨と友~ 7/8

          坂上Ⅲ  傘を差しても横殴りの雨に腰から下が濡らされる。それでも坂上は走った。立ち止まったら窒息しそうだった。雨の幕に濁る視界の中に、あの店の看板が見えてきた。軒先で傘を閉じてガラスドアを開ける。乱れた息を整えながら見渡すも、あの少年はいない。 「いらっしゃいませ。おや、坂上様ではありませんか。ずいぶん早いご来店で。それとも瓶は届かなかったかな?」  整ったスーツを着てハットを被った男が現れた。以前この店で会った店長、たしか遠藤という男だ。 「あんた、何をした!」  坂上

          瓶を売る男 第一話~雨と友~ 7/8

          瓶を売る男 第二話 ~情熱伝導~

          瓶を売る男 第二話 ~情熱伝導~ 著:増長 晃 小林Ⅰ  七月の今日は終業式だった。つまり明日から夏休みである。夏休み期間中も小林はこの店でバイトをすることになっている。TWENTYで着る制服も夏服となり、半袖シャツにノーネクタイといった格好である。学校の制服の夏服とまるで変わらない。  服を着替えなければ気分が混在してしまう。学校にいるときは学校の制服を、バイト中はバイトの制服を着なければ、自分がこの世界の異物になってしまったような錯覚をするのだ。だから小林は店主の遠藤

          瓶を売る男 第二話 ~情熱伝導~

          星間暗黒

          星間暗黒 著:増長 晃  伝承によれば、それは忘却遺跡と呼ばれている。  学者たちが幾度も調査するが、その調査結果を読み解ける者はいない。それを書いた学者本人でさえ、忘却するのだ。遺跡の情報は報告書の文字として残った瞬間から、誰にも覚えられない情報となる。何度読み直しても、カメラで撮った画像さえも頭から消え失せ、記憶に残らないのだ。遺跡の位置も、構造も、年代も、名前も、誰も知らない。ゆえに忘却遺跡という呼称は現地の地域民が付けた仮名だ。その仮名以外、誰にも知られることが無い