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学年トップの女の子が第一志望の大学に落っこちた話。

「どこの大学でも納得できればいい。いい子でいようとしたことは分かっていた。どんな生き方をしてもすべて自分の人生!納得いくように!!」

春になるといつも思い出す。「第一志望の大学に落ちました」とメールをした私に、高校2年生の時の担任――……通称「ヒゲ」がこうやって返事をくれた。



「いい子」でいた方が、都合がよかった。

時折パトカーが来る中学校。教師はいつもイキった学生の対応に追われていた。ちょっと静かに授業を聞いているだけで、ちょっと勉強をして良い成績を取っただけで、教師は「なんていい子なんだろう!」と過剰に褒めてくれる。面倒なことにも巻き込まれないし、中学3年間は「優等生」でスルーしようと決めた。

イキった同級生たちがあまりにも勉強しなかったおかげで、すこぶる成績が良かった。「勉強は人並み」の小学生だった私が、急に頭の良い人間になるはずがない。でも、定期テストでは何度も学年で1位を取ったし、「私って天才かも!」と勘違いをするくらいには、まだ心がキレイだった。

放任主義の親から「勉強しなさい」と言われたことはない。けれど、娘が良い成績を取って帰ってくるのはうれしかったと思う。学歴を重視する祖父母は当然、よろこんでくれた。



「いい子」だったおかげで、推薦入試で高校に進学した。都内ではそこそこのレベルの進学校。ものすごく偏差値の高い学校ではないけれど、卒業生の多くが名の知れた四年制大学に進学していた。

高校には、警察沙汰になる事件を起こす生徒はいなかったし、私の知る限りいじめもなかった。中学校では荒れた学生のせいで何度も中断した45分の授業が、高校では誰の邪魔が入ることもなく“ちゃんと”行われる。中学校には廊下に見回りの教師が常駐していたけど、高校の廊下には誰もいなかった。

少し頭の良い学校に行っただけで、こんなにも環境が違うんだと思った。頑張って「いい子」でいてよかった。そのおかげで安心安全の環境、漫画みたいな青春時代が過ごせるんだから。

「いい子」でいたら、より良い環境に居られる。このまま頑張れば、あんな劣悪な環境に落ちることはないのかもしれない。私の「いい子」運動は高校でも続いた。

成績は良い方だったと思う。部活動が盛んな学校だったので、勉強する人よりしない人が多かったのも助かった。なんだかんだ要領の良かった私は、中学よりずっとハイレベルな環境でも成績良好な生徒になれた。



高校2年生の時、ヒゲが担任になった。ヒゲは、学校の中でいちばん怖い・厳しいと恐れられていた先生だった。専門は古文と漢文。制服のネクタイを緩めていると怒られるし、クラスの半数が予習してこなかったら、「やる気のねぇ奴には教えない」と、授業をしてくれない。そんな先生だった。

眼力が強くて、いつもむすっとしている。口のまわりと顎にふわふわとヒゲを蓄えていたから、あだ名が“ヒゲ”。面と向かってヒゲと呼ぶと怒るけど、メールアドレスに「hige」と入れているくらいだから、悪い気はしてないのだと思う。

クラス替えをして、ヒゲが担任になった時は正直嫌だった。でも、高2の初夏、私がこっそり部活を辞めたことを彼は知っていたし、思春期をこじらせて死にたいと言った時もヒゲはやさしかった。どの生徒とも真剣に向き合う、ただ怖いだけじゃない先生の姿勢を知ったら、次第にヒゲが担任でよかったと思うようになった。



二者面談で、「作家になりたいから文芸創作の勉強がしたい」とヒゲに話した。すると彼は「早稲田大学に行け」と言った。さらに「お前はもっと冒険した方が良い」とも、言った。上位層の成績を取れていた私を、ぬるま湯につかっていると思ったのかもしれない。

その後、早稲田大学のことを調べて、文芸創作を学べる学科があることを知った。授業の内容も面白そうだったし、すぐにこの大学に行きたいと思った。

中学生の時、一生懸命勉強していたのは、“良い成績を取るため”“いい子でいるため”以外に、作家になりたいと思っていたからだった。国語の教科書や図書館で借りる本、自分で購入した本の著者プロフィールを読むと、多くの人が有名大学を卒業していた。

「作家になるためには、頭がよくならないと」

幼心にそんなことを思いながら、懸命に机に向かっていた。

高校を推薦入試で合格できたのも、面接で「作家になりたいから大学に行って教養を身につけたい。勉強して良い大学に行きたい」と中3らしからぬことを言ったからだと思う。内申点は足りていたけど、やりたいことを明確に伝えられたのがよかったのかもしれない。


部活を辞めたのは、もっと書く時間が欲しかったからだ。「漫画みたいな青春を謳歌できるかも」と思って入った運動部は、楽しかったけどきつかった。毎日夜遅くまで部活があって、土曜も日曜も試合や稽古でいっぱい。文章を書く時間なんてこれっぽちもなかった。

後から気付いたのだけど、大学生でいうサークルのような感覚で和気藹々と部活をやりたかったんだと思う。インターハイを目指したり、国体の選手になるために部活をやりたいんじゃなかった。

でも、高校の部活ってみんなそうだし、たぶんそれを漫画みたいな青春っていうんだと思う。わがままだけど、高校の部活動は、思い描いていたものとどこかが違った。

「物語を書きたいから部活をやめたい」なんて信じられない理由で、チームメイトの反対を押し切り、部活をやめた。


部活をやめて時間のあった私は、当時全盛期だったケータイ小説を書きながら勉強に励んだ。元・チームメイトたちが部活に励んでいるのを見て、部活をやめたんだから、ちゃんと勉強しなければと思った。私が良い成績を取ればチームメイトも喜んでくれるし、それで部活を辞めたことを許してくれるような気がした。

数学で3点を取ったこともあったけど、文系科目の成績は概ね良かった。各教科の先生が「今回のテストのトップは玄川だった」とみんなの前で言ってくれて、恥ずかしかったけどうれしかった。クラスの子に「どうしたらそんなに頭が良くなるの?」と聞かれ、「へへへ」なんて照れ笑いして答えた。



高校2年生が終わると、ヒゲは学校から去った。定年を迎えたため、別の学校で非常勤の先生になったらしい。

高3の春から、学校の近くの予備校に通うことにした。予備校に通うことを勧めたのもヒゲだった。二者面談の時、「お前はもっと外の世界でもまれた方が良い」と言ったのだ。

校内で一ケタの順位を取るためにどれくらい勉強すればいいか、体感でわかっていたのを見透かされた。だから、高校の中で順位を競うのではなくて、もっと外の世界を知りなさいと言ったのだ。三者面談で、母の前でも言った。


実力のある面白い講師陣に優しい予備校のスタッフ。同じ授業を取っている他の高校の学生とも、自然とすぐに仲良くなった。

偏差値の高い、有名私立高校から通う学生もいて、予備校では全然良い成績を収められなかった。講師やスタッフの言う通りに課題をこなして勉強をしたけど、今振り返れば「成績が上がっている」手応えはあまりなかった。高校の予習と予備校から出る課題とで精一杯で、当時はそんなことを考えられる余裕もなかった。


でも、「私は絶対に大丈夫」だと思っていた。
だって、これまでたくさん勉強してきたんだもん。
たくさん良い成績をとってきたんだもん。
だから、大丈夫。
努力は裏切らない。
神様がちゃんと見てくれている。


――なんて、高を括っていたのが愚かだったのだろうか。

私は早稲田大学に受からなかった。


第一志望はおろか、第二希望にも第三希望にも受からなかった。受かったのは、試験に慣れるために受けた中堅クラスの大学。滑り止めのつもりですらなかった。文芸創作の勉強のできる学科があるのが、唯一の救いだった。


どうしよう、と思った。

ヒゲが勧めてくれた早稲田に行きたかった。
作家になる勉強がしたかった。
合格した大学でもできるけど、
でも、早稲田でそれを学びたかった。


じゃあ、浪人して、もう一年、やる??


そんなことを考えていた時に、「もう、疲れた」と思った。


いい子でいるのに、みんなの期待に応え続けるのに、もう疲れた。

他の誰でもない私のために、勉強してきたと思っていた。早稲田に行きたいと思ったのは私、作家になりたいと思ったのも私。全部、私のためにやってきた、はずなのに。


でも、それ以上に、一度良い成績を取ったら、もう落ちられない状況が苦しかった。誰かが私に「良い成績を取り続けなさい」と頼んだわけでもないけれど、そこから下がったら失望される。次も良い成績を、できなくてもこれくらいのレベルはキープしなければ。

家族や学校の先生、友達。いろんな人が私に期待をしてくれて、それはそれでとてもうれしかった。この人たちを喜ばせたいとも思った。でも、私ができないせいで、みんなをがっかりさせることも、怖かった。


天才じゃないから、人並みの人間だから、頑張り続けないと結果が出ない。


勉強をしている時、そんな風に思っていた。テスト前、ちゃんと点数が取れるか不安で、夜中に勉強をするのをやめられなかった。寝るのが怖かった。でも、一度眠りについたら、もう二度と起きたくなかった。

プレッシャーに、身体が粉々に砕けてしまいそうだった。
こんな精神状態で浪人しても、受かるはずがない。


もう、誰も私に期待しなくなればいいと思った。誰かに期待されて、それに応え続ける日々はもうおしまい。頭が良いと思われるのも、いい子だと思われるのも、もうやめたい。

みんなの期待に応える力がなくて申し訳ない。嘘をついていたわけじゃないけど、私って結局、この程度の人間だから。

滑り止めですらなかった大学に入学金を振り込んだ。



高校の卒業アルバムのクラスページ見ると、私の写真には「学年トップ♡」なんてとんでもない言葉が添えられている。こういうのは、私の許可を得て書いてほしかったんだけど。でも、しょうがないか、みんなにとっての私って、それ以外のなんでもなかったんだ。書くことがないくらいに。

「いい子だった頃の私」を知る人と、もう全然連絡を取っていない。みんなの期待に応えられなかった後ろめたさと、卒業アルバムに書かれた「学年トップ♡」の文字。もう、此処には戻れない。みんなに、どんな顔をされるんだろう。影でどんなことを言われているんだろう。考えただけで怖すぎる。

私の行く大学を伝えたのは、たった一人だけ。その子とは、今もたまにLINEをしている。



正直、受験が終わってから何年も早稲田に行けなかったことを引きずった。

「早稲田に行っていたら、もっと文章を書くのが上手くなったのかも」
「早稲田に行っていたら、もっと良い会社に就職できたのかも」
「早稲田に行っていたら、みんなを喜ばせることができたかも」
「早稲田に行っていたら、みんなとずっと友達でいられたかも」

なんて、何かにつけて学歴のせいにしていたこともあった。


でも、最近になってやっと、
学歴に頼らずに、
自分で自分を幸せにできるようになった。


滑り止めですらなかった大学、なんてだいぶ蔑んでしまったけど、母校で過ごした4年間はすごく楽しかった。それは、誰も私のことを知らない環境で、もう一度「自分」をやり直そうと決めたからだと思う。

卒業してから何年経っても仲良くしてくれる友達や、不器用な私を愛してくれる夫と出会えたのは、母校だった。

この人たちは、私が「完璧」ではないことを知っているし、応援してくれるけど、期待はしない。

私はずっと、そんな人間関係を築きたかったのだ。


それに、まだ作家にはなれていないけど、憧れの文章を書く仕事に就けた。しかも、ずっとやりたいと思っていた教育広告のライターだ。どうやら、書き手になることと学歴は、そこまで関係がないらしい。

私の文章は上手くないかもしれないけど、でもそれは人の好みなんだし。ほぞぼそと続けているnoteだっていつもたくさんの人が読んでくれる。こんな文章を好きだと言ってくれる人もいる。

もっと上手くなりたい、もっとたくさんの人に読んでもらいたいと思う気持ちもあるけれど、ここまで辿り着けたこと自体が、もう十分過ぎるほど幸せだ。


あと、社会に出て、様々なバックグラウンドを持つ人と出会ったら、大学なんてどこでもいいやと思えるようになった。

有名な大学を卒業している人はそれはそれですごいけれど、だからと言って、高卒や中卒の人がすごくないと言ったらそれは違うと思う。高卒で年商何億と稼いでいる経営者の人と出会ってから、余計にそう思うようになった。

大学なんてどこでも、行っていてもいなくても、すごい人はすごいし、普通な人は普通。学歴はステータスになり得るかもしれないけど、そんなことで人を判断するのって、なんだか馬鹿げてる。




「どこの大学でも納得できればいい。いい子でいようとしたことは分かっていた。どんな生き方をしてもすべて自分の人生!納得いくように!!」

と、ヒゲがメールを送ってくれた時、「いい子でいようと頑張っていたこと」をちゃんとわかっていてくれてよかったと思った。

だけど、後半の文章に頭がフリーズした。

だって、早稲田に落ちて「私の人生終わった」と思ったんだもん。行きたかった大学に行けなかったのに、どうやったら納得のいく人生になるの? 納得できる人生なんてあるの? 私は一生、早稲田に落ちたことを悔やみ続けると思っていた――……その時は。

でも、あれから9年経った今、私はこれまでの人生にすごく納得している。自分の選んできた道を、やっと正解だと思えるようになった。「この自分」のまま、全力で生きようと決めたから。振り返った時に正解だと思えるところまで、「この自分」のまま、真っ直ぐに歩いてこられたと思う。


第一志望の大学に行けなくても、私は幸せになれた。
幸せになるのに、きっと学歴は関係ない。

え? 早稲田に行ったらもっと幸せになれたかもしれないって?
どうだろう、これ以上の幸せって、あるのかな…?

でも、もっと幸せになれる何かがあったとしても、
今の私だって、それを掴みにいける自信があるよ。


大学受験に失敗して、「人生終わった」と思っている人。
全然大丈夫です。

どこの大学に行ったって、どこの会社に就職したって、
人間には、自分で自分を幸せにする力があるから。

自分が進むと決めた道で、あなたは幸せになれるよ。



★「私の行く大学を伝えたのは、たった一人だけ。その子とは、今もたまにLINEをしている。」
この子のことを書いたnoteも読んでもらえたらうれしいです。



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