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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」6-5

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第6レース 第4組 Basking in the sun

第6レース 第5組 Minute Waltz

 奈緒子の行きたかったカフェで時間を潰し、少し早めに会場に入った。
 杖と鞄を持ってやり、俊平は先に階段を降りる。
 地下への狭い階段を、奈緒子は手すりを利用して、器用にケンケンで下りてくる。
「大丈夫?」
「慣れたものなので、お気になさらずです☆」
 お茶目なトーンでそう言い、最後の1段を蹴り、俊平の目の前で着地をした。勢い余ってよろけたところを、俊平がすかさず右手で支える。
「っと」
「あー、すみません。ありがとうございます!」
 奈緒子が慌てて体を離し、俊平の持っていた杖と鞄を受け取って誤魔化し笑いをする。耳が赤くなっているのが見えた。
 これまであまり気にしていなかったけれど、奈緒子も年頃の女の子だ。気を付けてあげないと、距離を間違える。
 カシカシと頭を掻き、俊平はふーと息を吐き出した。
 陸上以外のことで、頭を使うのは向いていない。いろんな人の心の機微に鈍感だ。
 また、もやもやと嫌なことを考えそうになった刹那――。
「いきましょー☆」
 鞄を背負い、杖をついて準備万端になった奈緒子が笑顔で言ってくるので、俊平は重そうな扉を引き開けた。
 アコースティックギターの柔らかな音色が中から溢れ出してきた。
 先に奈緒子を通し、俊平も後に続く。奈緒子がぎこちない手つきで、ラフな服装のスタッフにチケットとドリンク代を手渡した。
 各々好きなドリンクを受け取り、細い廊下を通ると、その先には入口の大きさから想像するよりも広めのスペースがあった。そこまで混雑はしていない。
 俊平や奈緒子の考えるライブとはちょっと違う、大人めな趣向のライブのようだ。先週行った演奏会の更にカジュアルなテイストのもの。そんなように感じた。
 客は思い思いの場所で、ステージを見上げ、カップのドリンクを飲んでいた。時折、談笑している様子も見える。
「これなら、大丈夫かも」
 奈緒子がほっとした顔でこちらを見上げ、そっと笑った。
 段差のある、少し高いところに上がり、2人は空いているテーブルに陣取る。
「あれ? しゅんぺいくん?」
 女性の声が後ろからして、俊平はゆっくり振り返る。隣のテーブルにいたのは遠野と二ノ宮修吾だった。
 2人とも、夏祭りの時よりもシックな服装だ。ライブの雰囲気に合わせたのだろうか。
「あ、一昨日はありがとうございました」
 社交辞令的に挨拶をする。修吾も会釈だけ返してくる。
 奈緒子が大人2人と俊平を、交互に不思議そうに見比べていたので、すぐに紹介をした。
「舞先生と月代さんのお友達」
「あっ! 藤と申します。よろしくお願いします!」
 演奏中なので、ボリュームは下げつつ、奈緒子が丁寧に挨拶をする。
「遠野です。こっちは、二ノ宮くん」
「あれ……? 二ノ宮って……賢吾さんの?」
「あ、もしかして、学生バンドの子?」
 奈緒子の反応で察したのか、修吾がそう言って笑った。
 サングラスをかけた胡散臭い感じの青年を、なぜ奈緒子が知っているのかとビックリしたが、バンドの関係で顔見知りだったのか。
 一昨日はほとんど喋らずにご飯を食べていたので、二ノ宮賢吾のイメージは背が高くてサングラスをかけている、しかなかった。
「……あ、そろそろ、準備しなきゃ」
 遠野が時計を見て立ち上がる。
「がんばって」
「もー、賢吾さんの演奏聴きに来たのになぁ」
 納得いかない表情でそう言いながら、遠野は段を降りて、ステージ脇の扉の奥へと消えていった。
「昨日、急に月代さんから演奏頼まれちゃったんだって」
 不思議そうに見送っていた2人の疑問に答えるように修吾が補足し、オレンジジュースの入ったカップに口を付けた。
「遠野さんも演奏家さんなんすか?」
「ん? いや、子どもの頃、ピアノ習ってただけだよ」
 答えてくれた後、思い出すように失笑する修吾。
「プロと並んで演奏とか、むちゃくちゃだって、昨日怒ってたよ」
「プロ……?」
「二ノ宮賢吾さんは、プロのピアニストさんらしいです」
 首をかしげる俊平に、奈緒子が補足をしてくれた。
 そういえば、奈緒子が拓海のストリートライブに駆り出されたのは、”二ノ宮”という人がダブルブッキングですっぽかしたからだった。
 そこでようやく、一昨日の夏祭りで出会ったちぐはぐな大人グループの関係性がなんとなく見えた気がした。
 舞先生と拓海が友達。舞先生と遠野、二ノ宮兄弟が同郷の友達。拓海と賢吾が音楽仲間。
 1人で脳内相関図を作って納得していると、奈緒子が楽しそうに笑った。
「並んでってことは連弾ですか?」
「2台キーボードをセットするって言ってたような……? 僕、音楽はわからないから、ずっと蚊帳の外で」
「へぇ……」
「月代さんって、楽器は弾かないんすか?」
 歌っているところしか見たことがなかったので、俊平は素朴な疑問を口にする。
 奈緒子がこちらを見て、目をパチクリさせた。彼女は不思議に思っていなかったようだ。
 修吾が答えに困るように目を細める。
「たぶん、ひと通り弾けるんじゃないかな」
「そうなんすね」
「今は曲を作ることと、歌うことに夢中みたいだけど」
 差し障りのない回答をして、修吾はステージに視線を向けた。
「僕は月代さんからは作詞のお仕事を依頼されていて」
「「え!」」
 とんでもないことをさらっと言ったので、俊平と奈緒子の驚きの声が綺麗にはもった。
 演奏を聴いていたお客さんたちがさすがにその声にはこちらを向いて、咳払いをした。
 2人ともぺこりと頭を下げ、仕方ないので、話しやすいように、隣のテーブルに移動する。
 俊平よりひと回り小さく、華奢な書生の雰囲気漂う美丈夫。確かに、そういうお仕事をしています、と言われても違和感はなかった。
「名前のない曲の歌詞、好きです」
 俊平が真っ直ぐに言うと、修吾は気恥ずかしそうに眼鏡の位置を直して、頭を掻いた。
「……あれかぁ。あの時は、月代さんのお話をヒアリングするの、すごい大変だったな」
 懐かしむように目を細めて笑い、修吾がこちらを見てくる。
「音楽のことはわからないから、聴いた音の雰囲気と、彼女の表現したい世界を、大事に書きました」
「こういうのって、作詞とか誰がやったって書いたりしないんすね。動画のところとかに」
「あー、よしてもらってるから」
「え? どうして?」
「……彼女だから付き合ってるだけで、僕は作詞のお仕事をしているわけじゃないので。音楽ユニット”ぽおらるとーん”の一部でしかないから」
 修吾の言った、”音楽ユニット”という表現に俊平はようやく納得した。
 ボーカルである月代拓海以外は、特に固定する楽器もなく、演奏者もなく、その時々で表現したい音、表現したい演奏を取捨選択する。バンドではあるものの、彼女以外の固定メンバーは存在しない。
 舞先生が言っていたのはそういうことか。
「あんなに素敵な歌詞を書かれるのに、作詞家さんじゃないんですね」
 奈緒子が気になることを尋ねると、修吾は困ったようにまた頭を掻いた。
「売れない小説家です」
「あー」
 ”小説家”と言われて、2人ともまた納得する。彼の雰囲気がとてもしっくり来たからだ。
「ようやく、この前1冊書き下ろしで小説出させてもらったばっかりで」
「え、すごい。本のタイトル教えてください。読んでみたいです!」
 社交辞令でもなんでもない、奈緒子の真っ直ぐな言葉に、たじろぐように修吾が笑う。
「2人とも、若さがすごいなぁ」
 はにかみながら、鞄から手帳とペンを取り出し、サラサラと何か書いて、ビリリと破いて奈緒子に差し出す。
「あんまり刷られてないから、探すの大変だと思うけど」
「ありがとうございます!」
 嬉しそうにお礼を言って受け取り、じっと切れ端を見つめる奈緒子。
 そうこうしていたら、ギターの演奏が止んで、拍手とともに、演奏者たちが袖へと捌けていった。
 奈緒子はその切れ端を鞄のポケットの中に丁寧に入れ、鞄を閉じた。
「次だね」
 修吾が優しくそう言い、カップに口をつける。
 ステージを見ると、キーボードをセッティングする遠野と賢吾の姿があった。
 少し遅れて、拓海がステージ上に出てくる。
 ステージに立つ時の色調は彼女なりのこだわりなのかもしれない。3人とも、シックな装いでバランスがよかった。
「楽器のセットが終わるまでの間、少し繋ぎでお話をさせていただきます」
 路上ライブの時も、演奏会の時も思ったが、ステージ上の彼女は話が上手く、とても雄弁だ。
 普段のクールといおうか、俗世に興味のなさそうな空気は微塵も感じられない。
「昨日、準備を手伝ってくれていた友達が、地元の学校が甲子園に出ていると嬉しそうに言って、テレビを点けました。夏は嫌いで、スポーツにも興味がないので、あまりそういう中継を見たことがなかったんですが、高らかに鳴るブラスバンドの応援が耳に入ってきて、キラキラした青春みたいなものを感じました」
 目を細め、優雅に優しく笑う拓海。
「音楽は、常に人々の心に寄り添っています。クラシック曲にしても、高尚なイメージを持たれがちですが、作られた背景等を知ると、とても身近に感じられる楽曲も多くあります」
 拓海は後ろを見て、2人が準備できたのを確認すると、客席の奈緒子を見て、にこりと笑った。
「それではちょっと肩慣らしに、2人に遊んでもらいましょう。曲目はショパンのワルツ第6番変ニ長調。通称”子犬のワルツ”」
 そっとキーボード2人を紹介するように、腕を動かし、そっと脇に寄る拓海。
 その場に立っているのに、すっと存在感が消えてゆく。
 微塵も妥協しない佇まいの美しさに感心していると、俊平でも聴いたことのある親しみやすい曲が流れ始めた。
 ふと奈緒子を見ると、脇目も振らず、ステージ上の音楽に目を輝かせていた。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)