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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」6-4

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第6レース 第3組 揺れる水面

第6レース 第4組 Basking in the sun

『顔見に来てやったぞ』
『生徒会だってあるんだから、そんなまめに来なくていいよ。すぐ退院だし』
 3月の入院中、俊平の病室に顔を出したのは、両親と和斗、志筑ファミリーだけだった。
 学校から病院はそんなに近くない。それなのに、夕方顔を出してくれる和斗。俊平は嬉しかったが、顔に出すのは気恥ずかしくて悪態をついた。
『ゆーかちゃん、今風邪引いててさ。来られないみたいだから代理だよ』
 邑香が来られないことをさりげなくフォローして、持ってきたスナック菓子をベッド脇に置き、椅子に腰かける。
 怪我をした日、自分自身に突きつけられた現実に耐えきれず、付き添ってくれた邑香に当たってしまった。
 そのことはずっと気にしていて、謝らないとと思っていたのに、RINEの連絡も来ないし、見舞いにも来てくれないので、どうしたらいいのかずっと迷っていた。あの日、俊平が邑香を怒鳴りつけたことなど、和斗は知らないだろうに、いつだって彼のフォローはさりげない。
『いつ退院だっけ?』
『来週』
『そんなすぐで大丈夫なのか?』
『右足に体重かけない訓練と、松葉杖の使い方に慣れるまで、って話で。ネットで調べたら、早いところは手術してすぐ退院の場合もあるって』
『それはベッド数の問題じゃないのか? もっときちんと療養させてもらったほうがいいんじゃないか?』
『……金掛かるし』
『そりゃそうだろうけど、お前の足のほうが大事だろ』
 俊平以上に真剣な眼差しで和斗が話してくれるが、病院からの予算提示で両親が選べたのがこのプランしかなかったのだ。
 退屈に負けそうになることがわかりきっていたので、俊平はもっと早く退院するプランがよかったのだが、和斗にそれを言っても仕方ない。
 退院してさっさと元の生活に戻りたかった。インターハイ予選には間に合わないと言われたにも関わらず、どうにかすれば間に合うとあの時は信じて疑わなかった。自分の膝の現状がそんなに不味い自覚を持っていなかったのだ。
 ダメなら次頑張ればいい。次立て直せばいい。
 自身の前のめりでポジティブな思考が、最悪のシナリオを思考から打ち消そうとする。
 怪我をしたあの日から、情緒不安定な中、高校在学中でまだ頑張れる道を信じていた。信じなければ、堪えられなかったからだ。
『言っても仕方ないことだよな。ごめん』
『いや……サンキュ』
『ん?』
『……ずっと不安で』
 そこまで言って、それ以上の言葉は上手く言語化できず、俊平は黙り込む。
 和斗は気にする風でもなく、その様子を見つめたまま、黙って傍にいてくれた。

:::::::::::::::::::

「俊平さん、こんにちはっ!」
 リハビリの順番待ちで、病院の庭のベンチに腰かけて夏空を見上げていると、奈緒子がちょうど通りがかって、元気いっぱいの笑顔とともに、歩み寄ってきた。俊平の隣に腰かけ、杖を脇に置く。
「ちわ」
「今日は早いんですね!」
「あー、うん。勉強してたんだけど、集中力切れちゃって早めに出てきたんだよ。そしたら、お盆明けだからかめっちゃ混んでて」
「え、そうなんですか?」
「お盆中に不具合出た人とかも来てんのかもねぇ。一昨日は大丈夫だったんだけどな」
「リハビリの再開、一昨日からだったんですね」
「え、あ、そうそう。あんまり間空けたくなくてさ」
「さすが、俊平さん。熱心ですねぇ♪」
 躊躇いなく明るい声で感心の情を示し、奈緒子はキラキラと大きな目を輝かせた。
 この子が隣に来ると、なぜだかほっとする。
「あ。昨日、まさか夏祭り来てると思ってなかったので、ビックリしました!」
「あー、そうだよね。ナオコちゃんは近所なんだよね?」
「そうです~。小学校から一緒だったけど、タイミング合わなくて一度も夏祭り行けてなかったので、今回ようやく3人で行けたんですよ~」
「そうだったんだね。そういえば、昨日、人とぶつかったって言ってたけど、大丈夫だった?」
「大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
 ビシッと敬礼の真似事をして答えてくれるので、俊平はははっと笑いを漏らす。
「何か、変でした?」
「んーん。ナオコちゃんから元気貰っただけ」
 きょとんと目を丸くし、小首をかしげる奈緒子。少し迷うように視線を落とした後、俊平の肩に右手を乗せてきた。小柄な割に大きな手だった。
「私の元気を分けてあげます☆」
 お茶目な言い方。無垢な笑顔と共に、よしよしと俊平の肩をさすってくれる。
 予想外の奈緒子の行動に俊平はどうリアクションを取っていいかわからず、数秒笑顔のまま固まる。
 奈緒子は至って真面目なようで、優しいよしよしはずっと続いた。
「……オレ、元気ないように見える?」
「お盆前も、元気なかったですよね」
 大きな目を細めてそう言い、ようやく、奈緒子の手が止まった。そっと手が離れ、温かく感じていた肩に少しだけ寂しさを覚える。
 笑顔でさすってくれていたのに、終わった後照れくさくなったのか、奈緒子は耳を赤くして、誤魔化すように笑った。笑うのと一緒に、ツインテールがゆらゆらと揺れる。
「俊平さん、無理しないでくださいね」
 小首をかしげ、ほわりと優しい声で彼女は言う。
 無理はしていないつもりだ。ただ、自分が不明瞭でよくわからなくなっているだけ。怪我をしてから、ずっと付き纏っている不安定な感覚。どうしたら飼い慣らせるのか、全然わからない。
「あ、そうだ!」
「ん?」
「明日、月代さんのライブがあるんですっ!」
「そうなの?」
 昨日、ニコニコ笑顔で日本酒(大人から聞いた話では酔いやすい飲み物らしい)を飲んでいた拓海の顔が過ぎる。
 拓海も奈緒子同様、俊平のことを心配して声を掛けてくれた。そんなに無理しているように見えるのだろうか。
 でも、一番信頼していた幼馴染と、昨日喧嘩別れみたいになったことを気に病んでいる俊平には、気に掛けてくれる人の存在はとても身に沁みた。
「来てもいいよって誘われてるんですけど、その、ライブハウス、1人で行くのは怖くって」
 この足ですし、と付け加えて、足をぷらーんとさせる奈緒子。退院したのが4月だと聞いたが、奈緒子はまだ不安なのか杖が手放せないらしい。
 拓海がいるのであれば、大丈夫だとは思うものの、杖がないと身動きの取れない奈緒子1人で行かせるのは確かに心配だ。
「気晴らしに、行きません?」
 はにかんだ表情でそう言い、奈緒子は白い歯を見せて笑った。

:::::::::::::::::::

 待ち合わせの時間に駅前に行くと、ちょうど改札から奈緒子が出てきたところだった。
 通院の時はだいぶカジュアルな服装にしていたようで、奈緒子の私服は先週の拓海の演奏会で見かけた時と同様、少し大人びていた。
 似合ってるねと誉めようかと思ったが、それよりも先に奈緒子が口を開いたので言うのはやめた。
「奈緒子はワルなので、今日のことはお母さんには言っておりません」
 神妙な面持ちでそう言う奈緒子が可愛らしくて、俊平はふはっと笑い声を漏らす。
「了解。では、おてんば姫の護衛頑張りまーす」
「え、ひ、姫?」
「うん。そのくらいのつもりで今日はついてくね」
 奈緒子を見下ろし、なんともなしに笑いながら言うと、彼女が照れたように唇を尖らせた。
「……俊平さんって、たまに、あれですよね」
「んん?」
「大丈夫ですよ。私は耐性があるので大丈夫です」
「……? そう」
 奈緒子の言わんとすることがよくわからず、首をかしげてみせる。観念したような表情で彼女は目を閉じた。
 駅前の時計を確認してから、彼女を見る。
「ライブ、何時から?」
「16時かららしいんですが、複数バンド合同って話だったので……月代さんたちの出番は17時からって聞いてます」
「へぇ……じゃ、まだ時間あるね。会場だけ確認して、どこかで涼んでよっか?」
「あ、は、はい……なんだかデートみたい……」
 可愛らしい顔をはにかませて、奈緒子がもじもじする。
「ん?」
「なんでもないです!!」
「わ、ビックリした」
 聞き取れず、確認のつもりで耳を近づけたところに、奈緒子が突然大きな声を出したので、俊平はビクリと肩を弾ませて、耳を押さえる。
「あ、す、すみません」
「いや、大丈夫」
 笑顔で応え、首を横に振る。
 奈緒子にチケットを見せてもらい、不慣れな手つきで、スマートフォンのマップを出し、検索をかける。
 駅から10分ほど歩いた先にあるようだ。そんなに遠くなくてよかった。
「周りに、カフェもあるみたいだね」
「あっ、このお店、気になってたところです!」
「そう? じゃ、空いてたらここにする?」
「いいんですか?」
「オレは涼めればどこでも大丈夫だから」
「ありがとうございますっ!」
 ルンルンモードの奈緒子が可愛くて、俊平も自然と笑顔になった。
 方向を指差し、先に歩き始めると、奈緒子も少し遅れてついてくる。少し速いかと歩調を緩めるが、合わせるように奈緒子の歩調も遅くなった。
「ナオコちゃん、話しづらいし、隣おいでよ」
「あー、その、ぇっと」
 首だけ振り返って様子を窺うと、居心地悪そうに奈緒子はもじもじしていた。彼女らしくなくて首をかしげる。
「なんか、気恥ずかしくて」
「いつも、一緒に帰ってるのに?」
「それとこれとは、なんか、違うと言いますか」
 伝わらないもどかしさを顔いっぱいで訴えるように、奈緒子は忙しく表情を動かした。
「でも、ほら、護衛がしづらいからさ、隣来てよ」
 軽くステップを踏んで奈緒子の隣に並ぶと、彼女がこちらを見上げてくる。恥ずかしそうに、杖を持っていない左手で髪の毛を顔に寄せる。
「はー、暑い」
「うん。あっついねぇ」
 そういう意味じゃないと言いたげなジト目も、俊平は特に気にせず、またスマートフォンに視線を落とした。
「次の角を左に曲がったら、あとは大通りを真っ直ぐだね」
「あ、は、はい……大通り……」
「ん?」
「なんでもないです!」
 フルフルと横に振られる首に合わせて、髪の毛がブンブンと揺れた。
 その様子が可愛らしくて、俊平はつい微笑む。
「なんか、和むね」
「え?」
「……ちょっと、色々あって、落ち込んでたから」
 奈緒子の天真爛漫な様子に、素直にそう吐き出す。

『お前いつも大事なこと言わないよな。言葉にするの下手くそなのはわかるけどさ』
 一昨日和斗から言われた言葉をずっと引きずっていた。
 お盆の間、邑香から別れを切り出されたことを吹っ切ろうと、受験勉強に集中し、練習メニューを増やして、自分の体をいじめた。
 そうでもしないと、余計なことを考えてしまうからだった。けれど、野上先生に見透かされて、しばらく、トレーニングメニューも多くできない。
 退屈な時間は、無駄なことを考える時間を増やす。そうすると、どんどん自分が不安定になる。
 分かってくれていると、信じたかった相手に切り捨てられるのは、やっぱりつらい。
 でも、もしかしたら、2人はずっとこんな気持ちだったんじゃないだろうか。
 そう考えれば考えるほど、思考は泥沼になる。

「よかった♪」
 思考の迷路に入りそうになる俊平を、奈緒子の明るい声が掬い上げた。
「いいですよ。こんな私でよければ、いくらでも♪」
 奈緒子は朗らかな笑顔で小首をかしげてみせる。
「元気がなくたっていいんですよ。無理しなくていいので! 今日はそのために誘ったんですから!」
 失った分だけ、何かを入れて補うしかない。
 けれど、ぽっかり空いた心の隙間は塞がるものなのだろうか。

第6レース 第5組 Minute Waltz


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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)