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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」4-7

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第4レース 第6組 Miss you―不適格な存在―

第4レース 第7組 こぼれ落ちた雫

 俊平は湯船に浸かってぼーっと浴室の天井を見上げていた。
 過ぎるのは夕方の邑香とのやり取り。
 拒絶はされていない。でも、困った顔をされる。どうすればいいのか、やっぱり分からない。
 ずるずると姿勢を崩し、お湯に顔を半分浸けた状態で息を吐き出す。ボコボコと音を立て、水面に泡ができては消える。
「しゅんぺー! 陸上の中継始まったよー!」
 脱衣場のドアを開け、母がそれだけ叫ぶと、すぐに茶の間に戻っていったのを足音から察する。
 録画予約はしておいたので、別に問題なかったのだけれど、毎度のことだからか、母はもう習慣になってしまっているらしい。
 自分が陸上一筋でそのことしか考えていなかったのだから、それは当たり前のことなのかもしれない。
 あの時、別に両親は反対しなかった。推薦を受けるのであれば、下宿先を探してもいいと、むしろ協力的だった。それでも、俊平はその選択肢を選ばなかった。選べなかったのは、自分の甘さだったと思う。
 お湯を手で掬い、顔にバチャバチャと浴びせる。
 邑香のことが心配だった。下宿するほど遠い土地に行ったら、何かあっても駆けつけてあげることができない。
 迷いの原因は、自分の中にはあるとも思っていなかった、そういう感傷的で異様に人間らしい感情だった。
 藤波高校の陸上部顧問の逢沢先生は、間違いなく腕のいい先生だった。
 俊平が1年の時に全国大会に出場できたのは、彼の指導の賜物だ。
 まさか、あのタイミングで転任になるなど、誰が想像したろう。けれど、よく考えれば、想定できたリスクだった。それを検討に入れなかったのは自分だ。だから、悪いのも自分だ。
 自分で選んだことに文句は言いたくなかった。それは言い訳でしかないから。マイナスには絶対にしたくなくて、自分なりにトレーニングメニューを考え、できる限りの努力を積み重ねたつもりだった。けれど、結果は思うようについてこず、最終的に自分の膝は過負荷に耐えきれず、壊れた。
 どこかで立ち止まれたはずだ。
 今振り返ってみると、どうしてもそう考えてしまう。でも、立ち止まれなかった。焦りの靄が、すべてを見えなくしていたからだ。
 だから、もう間違えたくない。
「……何が正しいかなんて、分かるのは今じゃないよな……」
 絞り出すように吐き出して、俊平は腕に力を入れ、勢いよく水音を立てて立ち上がった。
 脱衣場に上がり、バスタオルで体を拭いて、Tシャツとハーフパンツ姿に着替える。
 スマートフォンを見たら、ちかちかとLEDライトが点滅していた。
 文化祭メンバーかとロックを外し、アプリを開く。

コハナさん【邑香の熱下がりました。ありがとうね。
      ところで、明日の夕方空いてる?】

 数カ月ぶりの彼女からの連絡。間違いなく邑香絡みだろう。俊平は彼女が得意ではなかった。
『付き合うことになったなら、半端なことしたら許さないからね』
 邑香の告白を受けた秋祭りの帰り、送り届けた先で瑚花に言われた言葉だ。
 笑顔だというのに、圧が強い。思い返せば、彼女はいつもこうだった。
 邑香は全く気付いていないみたいだったけれど、基本的に俊平に対して敵意むき出しだ。
 浴衣の着付けや髪の毛のアレンジをして送り出したのは瑚花だろうに。
 付き合うなんてよくわからない。
 これまでだって大切な友達として接してきた。それ以上とはなんだろう。
 答えが出ないまま、ぎこちなく続いた恋人関係。
 だけど、彼女は誰よりも自分の傍で、自分の視点で考えようとしてくれていた。
 その距離も、その温度も心地よかった。
 不意に情けない弱音が漏れ出すくらいには、彼女が自分にとって、一番心を許せる、近い距離の人になっていた。
 だからこそ、判然としない記憶の中、うっすらと見え隠れする自分がした”かもしれない”ことを、自分で許すことができない。

しゅんぺ【病院行くので その後でよければ】
コハナさん【それじゃ、19時に駅前広場で。もう少し早いほうがいい?】
しゅんぺ【大丈夫です】
コハナさん【じゃ、よろしく。】

:::::::::::::::::::

「俊平さん。今日、元気ないですね?」
 リハビリトレーニング後に、病院の庭で顔を合わせた奈緒子に、すぐさまそう言われた。
 そんなに顔に出ているのだろうか。
「え、オレ、なんか今日変?」
「あ、いえ。単に私が俊平さんのこと見すぎなだけかな……」
「ん?」
「なんでもないです。そういえば、お盆はどこか行かれるんですか?」
 朗らかな笑顔で問いかけてくる奈緒子。相変わらず目がキラキラしている。
「……あ、来週ってお盆か」
「ですです。私は、月代さんのライブに招待されたので見てきます♪」
「ライブハウス?」
「スペース貸してくれるカフェを借りてやるアコースティックライブで。そのくらいならお母さんも心配しないかと思って」
「へー」
「月代さん、すごいんですよ~。音楽と名の付くものだったらジャンルを選ばないみたいで。とても器用で、とっても繊細で」
 肩を弾ませながら拓海を絶賛し、はぁと憧れて止まないように吐息を漏らす。
「いい出会いになったみたいでよかったね。はじめは大人たちの好き勝手に巻き込まれた感じが凄かったけど」
「あはは、そうでしたね。……でも、今はバタバタしてくれたほうが逆に落ち着くので」
「……何かあったら言いなよ?」
「その言葉、そのままお返ししまーす!」
 心配になって言った言葉を笑顔で跳ね返してくる奈緒子。
 奈緒子と言葉を交わしている間に、スマートフォンが震えたので、ポケットから取り出す。
 セットしていたリマインダーだ。もう18時30分だった。
「あ、そろそろ行かなきゃだ」
「今日はご用事があるんですね?」
「駅まで送ってあげられないけど、大丈夫?」
「今日はこの後母が迎えに来てくれるので大丈夫です」
「そうなんだね。気を付けて帰ってね」
「はい!」
 見送ってくれる奈緒子に手を振って病院の舗装路を歩く。
 直接自分のことを呼び出してくるくらいだし、今回は単刀直入にいろいろ言われそうな気がする。
 普段のペースで病院から駅前までの道を歩き、10分前には駅前広場に着いた。
 早く着いてしまったと思ったのに、駅前広場のベンチに腰かけて本を読んでいる瑚花が視界に入る。
 暑い中歩いてきたために吹き出る汗をタオルで拭いてから、彼女に歩み寄った。
「早いっすね」
「本屋行くって言って抜けてきたから」
「ユウ、調子どうですか?」
「今日はへーきそうだったけど、部活は休ませたよ」
「そっすか」
「座ったら?」
 置いていた本屋の袋とバッグを引き寄せて、瑚花は優しく言ってくる。言葉は優しいのだけれど、目は優しくなかった。
 肩に掛けていたショルダーバッグを外し、瑚花の隣に腰掛ける。
「シュンくん、あたしが一昨年言ったこと覚えてる?」
「……秋祭りの」
「うん」
「覚えてます」
「それはよかった」
 俊平の回答に満足げに頷いたが、その後、はぁとため息がオマケでついた。
「じゃ、なんでこんなことになってるのかな?」
「あ、その、それは、お詫びのしようもなく」
 声は変わらず優しいのに、俊平の背筋にゾクリと本能的な恐怖が走った。
「シュンくん、邑香に手出してないよね?」
 さっくりと核心を突いてくる瑚花。俊平は何も言えずに押し黙る。背中を伝う冷や汗が尋常じゃない。
「出したのか……」
「あの……自暴自棄になってた時期で、記憶がはっきりしなくて」
「なーるほど」
 俊平の言葉に納得して頷くが、自分の行動を肯定しているわけではないことは分かりきっているので、俊平は右手で顔を覆う。
「ごめんなさい」
「んー、まぁ、”仮に”そうだったとして、あの子が拒否しなかったことをあたしが怒っても仕方ないから、それはいいんだけど」
 俊平がびくついているのがわかったようで、瑚花は感情のトーンを落としてそう言い、下唇を噛んだ。
「邑香とちゃんと話せないのは、そういう部分での行き違いかな?」
「……また、傷つけちゃいそうで」
「……そっか」
 俊平の言葉にすっきりしたように、ぽつりと呟き、瑚花は夕空を見上げる。
「あの子があたしにたくさん隠し事するようになったのも、全部シュンくんのせいだねぇ」
「え」
「3月のことは話してくれたんだけど、だいぶ嘘つかれたなぁって、昨日、あたし凹んでたんだよね。きっと、この辺はぼやかしてるし、ここはあたしに話せないことなんだろうなぁとか。だから、あの子が、何に傷ついてるのかも、あたしはわからないんだよね」
「ユウが、何をどこまで話したかはわかんないすけど……傷つけたのは間違いなくオレなので」
「うん、それはそう」
「うっ」
 ざっくりである。
「陸上部を辞めたのはなんで?」
「ごめんなさい。言いたくありません」
「原因は邑香?」
「じゃないです」
「そっか」
 俊平の返しに安堵したのか、そこだけは瑚花もほわっと笑顔で頷いた。
「邑香も一緒に辞めちゃえば、こんなに溝は深まらなかったのかもね」
「あいつのやりたいことの邪魔をオレがしたら、それこそ、オレはオレを許せないので、辞めないでくれてよかったと思ってます」
「んー、なんだろうなぁ」
 瑚花は奥歯にものが挟まったような微妙な表情で俊平の言葉を受け、俊平の鼻を人差し指で弾いた。
「そういうところが嫌いなんだよなぁ」
「うわー、はっきり言ったー」
「なんだかんだ、あたしより邑香のことわかってんのがほんと腹立つ!」
 弾かれた鼻をさすり、そのまま頭をポリポリと掻く。
「そう言われてもなぁ」
「どうにか以前どおりに戻れない?」
「戻れるかもしれないけど、なぁなぁで戻っていいのかなって思うんですよね」
「……あたしが」
「それはダメです」
「んー」
「そういうのがたぶん良くないので」
「カズくんもたまに邑香に余計なこと言ってたみたいだしね」
「え?」
「”仲直りしたら?”って」
「ああ、オレにも言ってきますね」
「そもそもが、それのせいみたいだよ? 邑香がシュンくんに声掛けづらくなったの」
「まじすか」
「どっちかが折れないと、ずっとこのままだなぁ……なんでツーカーだったのに、こじれたらこれなのよ」
「こじれたから難しいってあるじゃないすか」
「そうだねぇ……でも、ひとまずシュンくんはさ、自信持って」
「自信」
「あたしの最愛の妹をいとも容易く奪ってったんだから、自信持って」
「トゲがあるなぁ」
 瑚花の言葉に苦笑してみせると、彼女も可笑しそうに白い歯を見せて笑った。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)