連載小説「STAR LIGHT DASH!!」4-6
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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」
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第4レース 第5組 キミは星だから
第4レース 第6組 Miss you―不適格な存在―
――キミを守れなかったのはあたしだ。
結果に結びつかないことから生じた彼の焦りを、自分はきちんと認識していたのに、彼のことを守ることができなかった。
フォームが崩れていること。調子を崩していること。分かっていたのに、きちんと止められなかった。
松葉杖をつき、自身への憤りを抑えきれない彼が目の前にいる。
あまりに悲しくて、『ごめん』と言ったら、彼はもっと悲しそうな顔をした。
どこで掛け違ったのだろう。どうすれば避けられたのだろう。いくら考えたって、もう戻ることなんてできない。
彼が入院している期間、春先の気候変動にやられてしまい、久々に長い風邪を引いて寝込んでいて、お見舞いに行けなかった。
俊平が退院してきたことは、和斗伝いで知った。
ようやく風邪が治って登校すると、ちょうど彼も復帰していた。
声を掛けないと。そう思いながらも、なかなかタイミングを掴めずに眺めているだけ。
顧問の先生に頼まれて備品の買い出しに行ってから、陸上部の練習に合流すると、何やら部員たちがざわついていた。
当然、俊平の姿はない。
『どうかしたの?』
圭輔に問う。
『俊平先パイ、無理して練習参加しに来たみたいで。さっき転んで……』
『え?』
『笑いながら立ち上がってたけど、たぶん、あれ、大丈夫じゃ……』
『シュンは?!』
『帰ったよ』
『……心配だから、今日はこのまま帰るね』
『え、あ、うん。わかった』
邑香の剣幕に押されて圭輔はしどろもどろになりながら頷いた。
備品だけ部室のラックに置き、足早に俊平の家を目指す。
退院したばかりなのに、なんで練習になんて出たのか。
手術してすぐ、多少のリハビリは行なったろうけれど、走れる状態では絶対になかった。
寝込んでいる間、少しだけインターネットで膝の怪我について調べていたから、直感的にそのくらいはわかる。
俊平の家に行くと、玄関の鍵は開いていたけれど、応答がなかった。
共働きだから、この時間は誰もいないはずだ。
『シュン? いる?』
玄関からもう一度声を掛ける。やはり、応答はない。けれど、誰かが暴れているのか、2階から物が落ちた音が数回した。
勝手に入るのは気が引けるけれど、このまま帰るわけにもいかなかった。
玄関先にバッグを下ろし、ローファーを脱ぐ。
部屋には入ってはいけないと、彼の母から言われていたので、邑香は彼の部屋がどこにあるのかも知らなかった。
和斗は入ってもいいのに不公平だ、といつも思っていた。
階段を上がるのに合わせ、物音がだんだん近くなってくる。
『シュン?』
2階に着いてから再度声を掛けるが、応答がないので、そのまま進む。
物音のしていた部屋の前まで行き、大きく深呼吸をしてからドアノブを握った。
『入るよ?』
息を飲み込むと、喉がキュッと音を立てた。慎重にドアノブを回し、ドアを引く。
俊平がベッドに体を預けて座り込んでいた。膝を曲げられないからその体勢でいるしかないのだろう。
『シュン、久しぶり。調子崩しちゃってお見舞いに行けなかった。ごめんね。練習で転んだって聞いたけど、大丈夫?』
部屋の中はぐちゃぐちゃだった。教科書や陸上の雑誌を壁に投げつけたのか、床に散らばっている。他にも、ヨガマット、文房具、小物入れ用の瓶が転がっていた。プロテインのボトルに至っては、投げつけられた衝撃で蓋が開いたのか、粉末がこぼれている。
『……オレ、なんか悪いことしたかよ……』
消え入るような声で彼が吐き出した言葉が、耳に届く。
その声だけで胸の奥が締め付けられるような痛みを発した。
これまで一度だって見せたことのなかった、彼の涙。
一体、神様は何を見ているのだろう。
邑香は静かに部屋に入り、彼の目線の高さに合わせようと、しゃがみこむ。
『大丈夫だよ』
『……何が……?』
『シュンならまた頑張れるから』
『頑張った結果がこれじゃねーか』
俊平の言葉に、邑香は返す言葉が見つからなかった。
それでも、彼との約束は守りたくて、彼の隣まで膝を擦っていき、腰かける。
『ごめんね。隣で見てるって言ったのに。大事な時に傍にいなくて』
『……藤波になんて入らなければ……』
『え?』
『あの時、ユウのことが心配だからって、スカウト断らなきゃよかった……ッ!』
『……そっか』
ずっと違和感のあった、彼の進路選択。
ああ、そうか。足を引っ張ったのは自分か。
つー、と涙が頬を伝う。
自分がいなければ、彼は予定どおりの道を歩んだ。こんなに苦しむこともなかったかもしれない。
また、自分は大切な人の重荷になっただけ。
『ごめんね。そっか。ごめん』
小さい声で謝って、ずっと鼻をすする。その音で、俊平が正気に戻ったように、自身の口を塞いだ。
『え、オレ、何言った……? なんで、ユウ、ここにいるんだ?』
『大丈夫だよ。あたしは大丈夫だから』
邑香は表情を隠すために俊平の頭を優しく抱き寄せ、額に口づける。
これまでこんなこと、一度もしたことがなかったのに。
『大丈夫だから。今はゆっくり休んで。シュン』
彼が優しい人なのは、自分が一番よく知っている。
今の言葉が本心じゃないこと。きちんと分かっている。
分かっているのに。どうしよう。上手くお芝居をできる気がしない。
――キミを刺した棘は、他でもないあたし。
春休み明け。彼は陸上部を辞めた。
『なんで……? 別に辞めなくても』
『今の状態で陸部にいるのは無理だわ。リハビリに集中したい』
取り付く島もなくそう言い、邑香に退部届を預けると、彼は松葉杖をついて行ってしまった。
彼がそんなことを言うとは思わなかった。違和感が拭えずに、邑香はただ下唇を噛み締める。
どうしたらいいだろう。
しばらく、自分は視界にいないほうがいいのだろうか。
その時渡された退部届は、邑香が預かったままだ。
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浅い眠りから覚めて目を開けたら、自分の部屋の天井が視界に広がった。
街中で具合が悪くなって、先輩に介抱されて、その後、俊平が家まで送ってくれたのだった。
頭の下には冷却枕が置かれていて、後頭部が多少ひんやりしていた。
「あ、起きた?」
看病してくれていたのか、ベッド横には瑚花が座っていた。
課題でもやっているのか、腿にノートPCを乗せている。
「熱くないの?」
「そんなでもないよ。腿の上が一番打ちやすいんだよね」
お茶目な調子でそう言うと、ノートPCを閉じて、床に置いた。
邑香の額からぬるくなったタオルを外し、水桶に浸け直して絞る。再度置かれたタオルはひんやり気持ちよかった。
「調子はどう? さっきよりはいい?」
「うん」
「ご飯は食べられそう? お粥にする?」
「あんまり食欲ない」
「……ゼリーとかなら食べられる?」
「たぶん」
「じゃ、持ってくるね。何味がいい? 桃? リンゴ? ブドウ?」
「ブドウ」
「了解」
「お姉ちゃん」
立ち上がろうとする姉の服の裾を指でつまんで止める。
「ん?」
「迷惑ばっかりかけて、ごめんなさい」
絞り出すような声が、室内にふわりと浮き上がって、泡のように消えた。
瑚花がその言葉にきょとんとする。そして、膝をついて座ると、邑香の頭を撫でてくれた。
「ごめんより、ありがとうだよ、こういう時は」
「いつもありがとう」
「本当に弱ってるね。明日は部活あっても休ませるね」
真面目な声で姉が言い、邑香の手を両手で包み込んだ。
「あたしは迷惑だなんて思ってないよ?」
「でも、あたしがいなかったら、県外の高校行くつもりだったじゃん」
「……選択肢としてあっただけで、別に高校なんてどこでもよかったよ。大学は行きたいところ行ったでしょ?」
「でも」
邑香の両方のほっぺを右手で思い切り摘まんで黙らせようとする瑚花。
「それ以上続けるなら怒るぞー」
笑顔だけれど凄んでいるのが分かって、邑香は静かになる。
「大事な妹のことを優先して何が悪いのさ」
当たり前のように言って、ふーと息を吐き出す。
「お姉ちゃんは神様にお願いしたんだから。妹を幸せにしてくれなかったら許さないって」
「それ、お願いじゃない……」
「脅しか。あはは、でも、ほんと、邑香が幸せになってくれないと、お姉ちゃん困るんだよね」
笑いながら言い、今度こそゼリーを取りに部屋を出て行ってしまった。
はぁとほかほかした息を吐き出す。エアコンの効いた部屋だけれど、熱があるからか自分の体だけ異様に火照っている。体調が悪いと嫌なことばかり考える。さっきまで見ていた夢が良くなかった。
ゼリーとスプーンを持って瑚花が戻ってきた。
「お姉ちゃんは桃にしまぁす」
にへーっと笑い、ゼリーとスプーンをベッドに置く。
邑香はゆっくり起き上がり、瑚花が重ねてくれたクッションに背中を預けた。
「人生なんてよっぽどのことがなければやり直しがきくけど、もしかしたら死んじゃうかもしれない妹との時間はその時しかなかったから」
物騒なことをさらりと言ってのけ、邑香の分のゼリーを開けてくれた。
ゼリーのカップとスプーンを手渡してくれたので受け取る。
「大袈裟だよ」
さすがに言い様に失笑してしまった。
「少なくとも、ちっちゃい頃は本当にどうなるかわからなかったんだから。よかったよ。失笑できるくらい症状が軽くなって」
ゼリーを口に含むと、芳醇なブドウの香りが口内に広がった。お中元にもらったお高いゼリーだ。美味しいに決まっていた。
「シュンくんもいるから大丈夫だと思って進学したのに」
じと目でこちらを見てくる瑚花。
「何があったの」
「お姉ちゃんが上京準備でバタバタしてる時に、シュンが怪我をして……」
これまであったことをゼリーを頬張りながら姉は真面目な顔で聞いてくれる。
邑香は分かる範囲で話して、推測の範囲の話はしないようにした。特に”あの日のこと”はほとんど話せなかった。
話し終えて、出てくる涙を右手の親指で拭う。
「志筑くんがシュンくんのことを心配してたのは知ってたけど、そこまでシュンくんが追い詰められてたとは思わなかったな……」
話し終えて口直しにゼリーを口に含んだ。少し体温が下がった心地がする。
「……でも、なんで辞めちゃったんだろうね?」
不思議そうな姉の声。
「シュンくん、そんな無責任な子じゃないでしょ?」
「それが、あたしもわからなくて。それで、声が掛けにくくなっちゃって」
「今に至る」
「です」
「なんだろうなぁ。さっきの感じだと、普通に接すれば元に戻りそうな気がするけど」
瑚花が部屋の本棚に目をやる。
「少なくとも、邑香が諦めてるとは思ってないしね」
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