連載小説「STAR LIGHT DASH!!」4-5
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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」
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第4レース 第4組 剥がれてゆく翼(ダストテイル)
第4レース 第5組 キミは星だから
『退屈じゃない?』
中学1年の冬。俊平の練習風景を眺めていたら、そう聞かれたことがあった。
寒い中、所属していない部活の居残り練習を見守っている女子生徒なんて、今考えてみても、普通ではないように思う。
しかし、彼も問うなら問うで、もっと早くに問えばいいものを、半年以上それが当たり前で過ごしていたのだから、変わっている。
『また、タイム計る時もあるのかなって』
『手伝ってくれるのは嬉しいけど、飽きないのかなって思って』
『不思議なことに飽きないんだよね。なんでだろ』
『椎名って、やっぱ、変わってるな』
邑香の回答に俊平はひひひと笑いながらそう言い、ストップウォッチを手渡してくる。
『じゃ、そんな変わり者の椎名に、これを預けておこう』
『これ、備品じゃないの?』
『オレの私物だから大丈夫!』
得意げな顔でそう言う。邑香の手にも軽く触れてしまったためか、少し照れくさそうに笑う。
『谷川くんはなんでそんなに走るのが好きなの?』
預けられたストップウォッチが嬉しくて、何度も握り直しながら尋ねる。
俊平はそんな質問をされると思っていなかったのか、数秒静かになったが、照れながらもいつもの陽気のような笑顔で話し始めた。
『子どもの頃、オリンピックで世界新記録更新して優勝した人がかっこよくてさぁ』
『へぇ……』
『流れ星みたいだったんだよ』
無邪気な笑顔でそう言う彼に、邑香は初めて会った時の彼の走りを思い起こす。
あの時自分もそう思った。彼の走りは、流れ星みたいだった。
自分の前を走り抜けた風は、邑香の心の中にまで旋風を起こして、キラキラと光輝いた。
飽きないわけだ。星空だって、飽きないのだから。
『あと、うち、大昔は転勤族だったんだけどさ』
『え、何の話?』
突然話が変わったので、戸惑う邑香。俊平は気にしないように笑う。
『走るのが好きな理由』
『さっきのだけじゃないんだ?』
『さっきのはオリンピックで金メダル獲ろうって思った理由だなって思って』
『なるほど。で? 走るのが好きな理由は?』
『オレの走ってる姿がかっこいいって言ってくれた子がいたんだよね。小さい頃すぎて、名前も覚えてないんだけど』
『へぇ……結構不純な動機だなぁ』
『うっ。で、でも、走ってると、その子に言われたことが過ぎるんだよね。だから、がんばろって。飽きないのはそれでかも』
『ふーん』
あまりにも嬉しそうに話してくれるので、こちらもつられて笑顔になる。
『じゃ、有名になって、その子にも見てもらえるといいねぇ』
『お? おう、そうだなぁ』
邑香が特に笑うこともなく返したのが嬉しかったのか、俊平も嬉しそうに笑ってくれた。
:::::::::::::::::::
『谷川先輩いますか』
2年の教室を覗き込み、彼を見つけられなかったので、廊下側の席に座っている生徒に尋ねる。
振り返った男子生徒が驚いて数秒固まった。邑香は特に気にせずに、再度尋ねる。
『谷川先輩ってこのクラスですよね?』
『あれ? ゆーかちゃん、どしたの?』
和斗の声が後ろでしたので、振り返る。深紫色の上品な、藤波高校の学ランがよく似合っている。
『あ、カズくん。カズくんでもいいや。英語の辞書貸してほしいんだけど。忘れちゃって』
『次数学だからまぁいいけど』
ちょいちょいと手招きをし、和斗は廊下を歩いてゆく。なので、それについていく邑香。
すれ違う生徒たちがひそひそと言葉を交わしているように感じるが、気のせいだろうか。
『そこで待ってて』
和斗が教室に入っていき、邑香は廊下の窓枠に手を掛けて、校舎裏を見下ろす。教員たちの車が停まっていた。1年の教室とは景色が違った。
しかし、どうにも視線を感じる。あまりいい心地はしない。
『おまたせ』
和斗の優しい声が隣でした。邑香が何を見てるのか気になったのか、彼も窓の外を見ていた。
視線を向けると笑顔で電子辞書を差し出してくる和斗。
『ゆーかちゃんの使ってるのと、メーカー違うかもしれないけど』
『だいじょうぶ。ありがと』
『……しかしまぁ、椎名先輩じゃダメだったの?』
『? 何が?』
『辞書貸してもらうの。視線が痛いんだけど』
和斗にしては珍しく窮屈そうに言い、ふーと息を吐き出した。
『辞書使う科目だって言われて』
『なるほど』
真面目に頷きながら声を発し、和斗は周囲を視線で制するように見回した。
『あんまり、2年の教室は来ないほうがいいかもね』
『どうして?』
『……無自覚だからなぁ』
『え?』
『今回の貸しはたこ焼きでいいよ』
『えー。だから、シュンがよかったんだよなぁ』
『早くバレちまえって感じだな』
『え? 何が?』
『なんでも。そろそろ、予鈴鳴るよ』
『あ、うん。ひとまず、助かる。ありがと』
『いいえ。困った時のカズ兄さんなんで』
エセ爽やかな笑顔(邑香にはそう見える)でそう言うと、和斗は教室へと戻っていった。
ちょうど予鈴が鳴って、周囲の生徒たちも教室に入ってゆく。
ようやく嫌な感じがなくなって、邑香は小走りで廊下を急いだ。
:::::::::::::::::::
『ごめんなさい。あたし、先輩のことよく知らないので』
呪文のように唱えて頭を下げ、さっさと校舎に戻る。
中学では遠巻きにしてもらえていたのに、高校ではそういうわけにもいかないらしい。
謎の手紙が靴箱に入っているくらいが平和でよかったのかもしれない。いちいち断るのは疲れる。
帰り道、俊平がプロテインソーセージをぱくつきながら、不思議そうにこちらを見てきた。
顔に出ていたろうか。他の人が気が付かないことも、彼はいつも見透かしてくる。
『何かあった?』
『……ちょっとね』
『オレには話せないこと?』
特に邪気のない声でそう言い、それなら仕方ないかと切り替えたのか突っ込んでもこない。
邑香は山の向こうに隠れ始めた夕日を目を細めて見つめる。
『困ってるなら言いなよ』
横目でこちらを見、ぽつりとそれだけ。
最近2人の時は割と彼は静かだ。
『んー……ちょっと告白断るのめんどくさいなって』
『告白?』
『面識のない先輩に呼び出されるのが続いてて』
『ああ、そっか』
ソーセージをすべて口に詰め込んで、ゴミをスポーツバッグのポケットに突っ込む俊平。
咀嚼しながら考え込んでいたが、ごくりと飲み下すと、こちらを見てきた。
『”付き合ってる人がいるから”って断れば終わるんじゃん? わからないけど』
『でも、シュン、あんまりバレたくないんじゃないの?』
『え。そんなつもりはなかったけど。どうしてそう思ったの?』
『入部初日、そんな感じがしたから』
『……ああ、まぁ……そうだね』
邑香の言葉に思い当たることがあったのか、俊平も反省したように考え込む。
『ユウが困ってるんだから、そっちのほうが大事だろ』
『……じゃ、お昼一緒に食べてもいい?』
『え?』
『ぼっち飯は辛いなぁ』
『しーなちゃんも少しは頑張ろうよ』
『友達の作り方が分からないんだよぉ』
『それで、オレと昼飯食ったら、それこそ、友達できないじゃん』
『……困ってるのに』
『だー。その顔禁止!』
邑香が困って唇を尖らせて見上げると、見事に被弾したらしい俊平が苦しそうに叫んだ。
『オレにやるようにしたら友達出来るでしょ?』
『シュン、わかってないなぁ』
『何が?』
『あたしのこと、ちゃんと見ててくれる人なんて、レア中のレアなんだよ』
深いため息と一緒にそう言い、スポーツバッグの紐の位置を直す。バッグのファスナーにはお揃いのキーホルダー。主張はしているものの、それはひっそりとしていて、誰も気が付かない。
『そんなことないんじゃねーの?』
『ちゃんと見ててくれたら、告白なんてしてこないんだよ』
『そういうもんか』
『そういうものだよ』
得意げに言ってみせ、昨年晩夏のことがふと頭を掠めたので、邑香はしゅんとする。他の人には分からないレベルだろうが、俊平は気取ったのか、こちらを見てくる。
『どうしたの』
『ちゃんと見てたら、告白なんてしないよね。ごめんなさい』
『え?』
邑香の言葉に驚いて声を上げる俊平。ポリポリと首を掻き、ため息を吐く。
『えー、そこでネガティブ発動するのかよー』
笑いながら言い、邑香の頭を小突いたついでにわしゃわしゃと撫でてくる。
『謝ることなんて何ひとつないよ』
撫でた手を引っ込めて、ジャージのポケットにしまうと、それだけぽつり。
邑香は少しだけ彼との距離を詰めた。彼は気にすることもなく、邑香の歩幅で歩いてくれている。
2人には言葉なんて要らなかった。
その温度が心地よかったし、その距離が好きだった。
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