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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」4-8

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第4レース 第7組 こぼれ落ちた雫

第4レース 第8組 星屑チケット

『藤高の子? 大丈夫?』
 今年の1学期の始業式の日、具合が悪くなって道端でうずくまっていると、傍に停まった車からそう声を掛けられた。
 顔を上げようとしてまたくらりと視界がぐらつく。
『わー、無理しなくていい。そのまましゃがんでて。えっと……どうしようかな』
『舞、学校まで乗せてこうか?』
 運転席からそんな声。どちらも女性だ。
『いいの?』
『どうせ、学校までは行くんだから、そのほうがいいでしょ』
『さんきゅー』
 助手席の女性が下りてきて、邑香の背中をさすってくれる。
『あたしは怪しい者ではないので。今日着任の新米教師です。名前は車道舞。立ちくらみ? 吐きそう? 少しだけ動ける?』
 素早く名乗り、そのまま矢継ぎ早に質問してくる。
 早過ぎて回答できない。こちらは具合が悪いのに。
 動ける意思表示として、その人の服の裾を掴む。
『あ、大丈夫だね。じゃ、車乗ろ』
 オートでドアが開く音がして、言われるままに邑香は後部座席に乗り込み、そのまま横になった。
 顔に浮き出ていた汗を、乗せてくれた女性がタオルハンカチで拭ってくれる。甘いコロンの香りがした。
『舞は猫を拾うのが趣味なの?』
『……何それ』
 失笑しつつ、彼女は後部座席のドアを閉じ、助手席に乗り込んだようだった。
『2年生みたい。学校着いたらすぐ保健室連れて行って、保健室から担任の先生に連絡かなぁ』
『リボンの色?』
『うん、そう』
『今日から着任なのに、勉強熱心なことで』
『やるからにはちゃんとやらなきゃでしょ』
『それならまずさっさと引っ越しを完了させなさいよ』
『うっ、それは、まぁ、弁解のしようもありません』

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 一昨日のお礼としてメッセージを送れば、やり取りのきっかけにはちょうどいいのではないだろうか。けれど、彼はスマートフォンの操作があまり得意ではないし、それならいっそ電話のほうがいいだろうか。でも、電話は敷居が高い。
「……かちゃん」
 敷居が高いとは何だろう。少なくとも春先まではそうしてやってきたのに。結局、彼がいつも気を配ってくれていたから成立していただけの関係でしかなかった。それを思い知らされる。だから、あまり考えたくないのだ。
「おーい、ゆうかちゃーん」
 隣で声がして、邑香はびくっと肩を跳ねさせた。視線を向けると、Tシャツの袖を折った状態で着ている圭輔が立っていた。
 まだ練習中だった。気を付けないと。
「まだ具合悪い?」
 心配そうに尋ねられたので、それに対しては首を横に振る。
 3年が引退して、部の部長になったのは圭輔だった。部内では俊平の次にいい成績を残しているし、練習態度も真面目だ。選ばれたのは当然だろう。
 邑香は被っていた帽子を脱ぎ、薄手の長袖Tシャツの袖で汗を拭う。
「今日も暑いね」
「うん。だから、あんまり無理しないでね」
「……あたしは立ってるだけだし」
「そんなことないよ」
 邑香の持っているタブレットを覗き込み、ニッコリ笑う圭輔。
 タブレットでお盆の間の部員たちの練習メニュー案を作成しているところだった。
 向こうで松川が部員たちのタイム取りをしているのが見える。
「素人の勉強にみんなを付き合わせてごめんね」
「素人はみんなそうだし」
 邑香の言葉をおかしそうに受けてそう返してくれる。
 今の顧問は籍を置いているだけでほとんど練習のことには口を出してこない。もう少し、大人がしっかり見てくれていたら、彼だってあんなことにはならなかったのに。
「で、何か用?」
「あ、えっと、夏休み終わる前に追い出しレースをやりたいって話、前にしたじゃない?」
「うん」
「その、俊平先パイからまだオッケーもらえてなくてさ」
「……うん」
「ぼくはやっぱり先パイには出てほしいんだよね」
「シュンはまだレースできる状態じゃないから無理させないであげてほしい」
「走れなくてもいいから参加してほしいって言ったら、やっぱり、先パイ怒るのかな」
 邑香の言葉に圭輔は物憂げに目を細める。
「あんなに練習熱心だったのに、怪我した後から全然来なくなっちゃったし」
「彼の中で整理がつくまでは放っておいてあげてほしい」
 極力柔らかい声で言い添える。
 圭輔は俊平を慕っている。あのまま終わりになることと上手く折り合いをつけられないのは仕方のないことだった。自分だって納得できていないのだから。
「邑香ー!」
 突然、体育館のほうから自分を呼ぶ声がしてびっくりしてそちらに視線を向ける。舞先生が体育館の入口からこちらに向かって手を振っていた。
「……あれって3年の先生?」
「舞先生。ちょっと行ってくる」
 タブレットを圭輔に預け、帽子を被り直してから駆け足で舞先生のところに向かう。急がなくてもよかったのかもしれないが、大声で呼ばれるのは恥ずかしいので、早々に打ち切らせたかった。舞先生のところまで行くと、持っていた団扇で扇いでくれた。
「おつかれ」
「何? 部活中なんだけど」
「邑香は敬語を知らないのかな?」
「別にいいじゃん。舞先生なんだから」
「ふー。まぁ、他にそうじゃなければいいんですけど」
「で? 何?」
「OBからアイスもらったんだけど、今日の中部活組じゃ消化しきれない量だったから、陸上部にもおすそ分けしようかと」
「溶けるんじゃ」
「一応、クーラーボックスごと渡されたからまだ大丈夫。ボックスがちょっと大きいから男子呼んできてもらっていい?」
 舞先生とやり取りしていると、中部活の男子生徒たちがこちらを見ている気配を感じて、少々気分が悪くなる。部活対応用にポロシャツとジャージ姿。長い髪を2つに括っている舞先生。いつもよりも体型が出る服装だ。
「舞先生、気にならないの?」
「ん? 何が?」
「なんでもない。ひとまず、呼んでくる」
 大人なのに警戒心が薄いのだ、彼女は。だから、気を許してしまった部分も多分にあるのだけれど、しっかりしているようで抜けているからたまに心配になる。
 駆け足で戻り、圭輔にアイスの話をすると、すぐに陸上部の練習は休憩に入った。圭輔がクーラーボックスを預かってきて、部員たちが木陰でアイスを食べ始めた。ワイワイ賑やかで、昨年の夏もこうだったらよかったな、などともう戻ることもない過去に思いを馳せてしまう。1人だけ突出して能力のある選手がいるだけで、部内の空気はあんなにも刺々しいものになってしまうものなのだろうか。
「先輩、体調大丈夫ですか?」
 ぼんやりしていると、松川が邑香の隣に腰かけた。両手にアイスを持ち、邑香に見せてくる。
「どっちが好きですか?」
 色合い的にパインとブドウだろうか。
「ブドウ」
 ぽそっと返すと、松川は嬉しそうに目を細めて、こちらにブドウ味を差し出してきた。
 受け取って袋を破り、口に含む。人工甘味料の味がした。
「松川さんって変わってるよね」
「何がですか?」
「あたしに関わろうとする女子、あんまりいなかったから」
 松川も袋を破り、ぺろりとアイスを舐めた。
「私、自分がないので」
 そこまで言いかけて、誰かが来たのを察して松川が静かになった。
「あらら、隣取られてる」
 そう言いながら、松川とは反対側に腰かける舞先生。
「え、部活は?」
「中部活組は交替のお時間です。はー、動いた動いた」
 そのまま、木陰にゴロンと寝転がってしまう。
「暑いけど、今日は風が気持ちいいねー」
「車道先生と話すの初めてかも」
 松川が隣でボソリと言った。
「センセ、この子は松川さん」
 邑香の言葉に舞先生が松川を見た。
「1年生かな? いつも背の高い子がいるなぁって思ってたよ。バスケ部とか入ればよかったのに」
「運動神経に恵まれなかったので」
「そっか。どう? 邑香は」
「頑固で可愛いと思います」
 舞先生の問いに、ニコニコ笑って答える松川。
「ああ、それはわかる」
 松川の言葉にケラケラと笑う舞先生。
 ――今のは誉められたのか?
 2人が笑い合っているのを複雑な心境で見守る。
 すぐに感じ取ったのか、舞先生がこちらを見て笑った。
「拗ねた?」
「拗ねてない」
「先生、わかるんですか?」
 松川には分からなかったらしく、首を傾げてそんな問い。
「表情貧困属性の相手は慣れてるから」
 楽しそうに笑い、ガバリと起き上がると、持っていたチケットケースのようなものをこちらに渡してきた。
「え、なに?」
「来週、知り合いがカフェで演奏会やんのよ。予定空いてたら来ない?」
 そう言われて、チケットケースを開くと、日付と時間、場所の書かれたチケットが2枚入っていた。
「……あたし、友達いないけど」
 静かに抗議するが、舞先生は悪びれることなくにこーっと笑い、肩をポンと叩いてきた。
「来たら、食事代くらいは出してあげてもいいよ」
 ああ、つまり、そういうことだ。

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第4レース 第9組 正直者のジレンマ


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