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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」4-4

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第4レース 第3組 キミを映す鏡

第4レース 第4組 剥がれてゆく翼(ダストテイル)

 高校入学後、すぐに陸上部に入部した。
 外部活の負荷に耐えられるか不安があって、中学の頃はできなかったことのひとつ。
 かかりつけの先生からも、少しずつ負荷を強くしていっても大丈夫だろうとお墨付きをもらえた。
『邑香はシュンくんのおかげで随分変わったね』
 入部の話を一番に相談したら、姉がそう言って笑った。
 本当に変われたのだろうか。それは自分ではよく分からない。
『椎名邑香です。陸上は未経験です。マネージャーとして、みなさんの活動のお手伝いをしていければと思っています。よろしくお願いします』
 新入部員挨拶の場で、邑香が挨拶をすると、上級生たちはコソコソと何か言葉を交わしていた。
 値踏みするような視線。やっぱりこの視線は嫌いだ。
『岸尾圭輔です。去年たまたま谷川先パイが大会で走ってるのを見て、憧れてここに来ました。元はテニス部だったので、色々不慣れなところもあると思いますが、よろしくお願いしますっ!』
 そんな空気も気にせずに、隣に立っていた、男子としては小柄な少年が爽やかな笑顔でそう言った。
 ――見る目あるじゃん。
 どこから目線だと言わんばかりの心の声が過ぎる。
 挨拶が終わり、それぞれの練習場所に上級生たちが向かう。
 新入部員は校外を走ってくるように言われ、邑香以外が校外に出て行った。
『あの、あたしは何をすればいいですか?』
 どうやら、陸上部にはマネージャーがいないようだった。手持無沙汰になる前に、近場の上級生に声を掛ける。
 急に声を掛けられて、ドギマギした顔になる上級生。
『え、あの』
『椎名、部室の備品の説明するから、こっち来て』
 ストレッチをしていた俊平が、その様子に気付いて駆け寄ってきた。
 苗字呼び。そういう距離感のほうがいいのか。
『わかりました』
『高橋、ごめんな』
『……いや、別に』
 俊平に”高橋”と呼ばれた先輩は、”別に俺が案内してもよかったのに”という言葉を飲み込んだものの、顔に出ている状態で言った。
 春先だというのに、白いTシャツに短パン姿で、軽やかに俊平は歩いてゆく。長袖だと分からなかったが、更に筋肉がついて肩や腕ががっしりしていた。
『そういえば、顧問の先生は? すごい先生だって言うから、どうせなら色々教わりたいんだけど』
 部室の傍まで来て、人気が無いのを確認してから、邑香はいつもどおりタメ口で話をする。
『……先月で異動になったよ』
『え?』
『公立校だからまぁ仕方ないよな』
 俊平の声には感情が乗っていなかった。
『ここが部室』
 男子陸上部の部室の前まで来てそう言い、ガラリと銀メッキの引き戸を開ける。
 色々と整頓されていない室内が視界に広がる。
『あいつら、片付けろって言ったのに……』
 舌打ち混じりにそう言い、拾えるものを棚に一時的に置きながら、備品の入っているラックに邑香を案内してくれる俊平。
『備品は学校の予算で出てるから、極力まめに数を確認してほしいんだ。不足や欠品がもしあったらすぐ言って』
『わかった』
『備品管理用のノートはここにあるから』
 ラックに紐で吊るしたノートを開いて見せてくれる。
『わかった』
『ここは男子用の部室だから、ユウは私物とかは置かないで。着替えは学校の更衣室を使うか、女子の部室を使わせてもらえるように、あとで調整しとくよ』
『わかった』
『ここまで大丈夫?』
『うん』
 邑香はこくりと頷き、俊平を見上げる。俊平は不服そうに唇を尖らせる。
『オレはダメって言ったからな』
『やってみたかったんだもの』
 首を手のひらでさすり、ため息をひとつ。そんなに嫌だったのか。
『嫌なわけじゃないんだけど、心配なんだよ』
 邑香の考えたことが透けて見えたのか、俊平が静かにそう言う。
 数秒の間を置いてから、部室に置かれているものの説明を再開してくれた。

:::::::::::::::::::

 俊平から頼まれた部室の片づけをしていたら、それだけで終わりの時間になってしまった。
 片付けたけれど、たぶん、また同じような状況になることは想像に難くなかった。
 部員たちが部室に戻ってきたので、邑香はさっさと外に出る。戻ってきた部員の中には、俊平の姿がなかった。
 中学の頃から変わらない。
 校庭に下り、慣れた調子で俊平の姿を探す。夕暮れの校庭の片隅で1人だけ走っている俊平をすぐに見つけた。
 フォームの確認をしているのか、腿上げをしながらその場で走ったり、腕の振りを大きくしたりしていた。
『……また、キミは1人なのか』
 邑香はそっと呟き、部室棟の階段に腰を下ろす。
 彼の練習姿をずっと見守ってきたけれど、本当によくこうも飽きないなと考えさせられる。見守っている自分自身にも言えることなのかもしれないけれど。
 しばらくして、夕日が山の影に隠れて暗くなってきた。着替えた部員たちが外に出てくる。
『あれ? 椎名さん、まだいたの?』
『ちょっと、片付け終わってないところがあったので』
『別に明日でよかったのに。暗くなっちゃうし』
『……そうですね。じゃ、明日にします』
『真面目だねー』
 少し小馬鹿にされた心地がして、邑香はぴくりと眉を動かす。
『あいつ、まだやってんのか』
『無理に決まってんだから諦めりゃいいのに』
『やめろ。真面目にやってるやつのこと言うのは』
 俊平のことを言っているのが分かって、邑香が口を開きそうになった瞬間、部長だと紹介された3年生が真面目な声で叱った。
 運動部にしては髪型が独特だった。
『……椎名さん、まだ残るなら、15分くらいしたらあいつのこと止めてやってね。オーバーワークになるから』
『あ、はい』
 確か、苗字は”志筑(しづき)”だったろうか。
『逢沢先生には色々託されてるんだけど、俺の言うこと、あいつ聞かねーんだよな』
 困ったように言い、優しく笑ってくれる。
 他の部員たちが先に行ったのを見送ってから、志筑部長は静かに言った。
『俊平からは聞いてるから。あまり無理しないでね』

:::::::::::::::::::

『お家が美容室なんですか』
 入部してから1週間ほど経って、少し仕事を覚えた邑香はようやく心に余裕が出来た。
 俊平の個人練習を待っている時間、部長が声を掛けてくれて話をしていたら、部長の家の話になった。
『俊平も入部してからはうちに来てくれるようになってさ』
『……あー、それで』
『それで?』
『いえ、別に』
 部長の問いかけを首を横に振って誤魔化し、内心納得する。
 急に色気づいたのではなく、実験台にされたわけだ。
『親父、すーぐお客さんに自分の好きなヘアスタイルごり押すから。でも、アイツには似合ってるからよかったよ』
『部長も実験台に?』
『……まぁ、そうだね』
 邑香の言いようがおかしかったのか、部長は苦笑交じりで頷く。
 満足したのか、俊平がようやく部室棟のほうに戻ってきた。
『あれ? ぶちょー、残ってるなら一緒に走ろうよ』
『お前に合わせてたら身がもたん』
『……そう』
『今日は終わりにするんだよな?』
『水分補給に』
『今日は終わりにするんだよな?』
 言うと思ったのか、部長はもう一度同じ言葉を繰り返す。
 俊平は納得していないのか、Tシャツで汗を拭いながら部長を見上げている。
『シュン、お腹空いたから、そろそろ帰ろう?』
 仕方ないので、部長に助け舟を出す形で、邑香が言葉を添える。
『……別に、待ってなくてよかったのに』
 それはさすがの自分でも傷つく。
『今日は終わりにして、明日がんばろ』
 言い方を変え、俊平のボトルを差し出す。受け取った俊平も、小首をかしげた邑香には勝てないのか、コクリと頷いた。
『すげー。俊平が言うこと聞いた』
『うっせ』
『……俺たちのために頑張ってくれるのはありがたいけどさ、先生も親父も心配してるから、もう少しペース考えろよ』
 部長のその言葉には俊平は首を縦に振らなかった。
『元々、ちょうどいい量でトレーニングメニューは組まれてるんだから。お前のはオーバーワークなんだって、先生も言ってたろ』
『でも、時間ないじゃん』
『……もう少し肩の力抜こうぜ』
 頑固な俊平を捨て置けないように部長は優しく笑い、俊平の肩をポンポン叩く。
『さて、腹減ったし、俺は帰るぞ。あ、これやる』
 バッグから魚肉ソーセージとオレンジジュースを取り出して俊平に渡すと、部長は軽やかな足取りで歩いて行ってしまった。
『シュン、帰ろ』
『……わかったから』
 あまり見られたくなかったのか、俊平は少し難しい顔でそれだけ返答して、部室棟に入っていった。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)