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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」4-3

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第4レース 第2組 キミノオト ハ ボクノオト

第4レース 第3組 キミを映す鏡

『え? スカウト断ったの?』
 中学3年秋、俊平たちは進路決定の時期だった。
 1人残される邑香は、2人の進路の話を寂しい気持ちで聞いていたのだが、俊平が意外なことを言ったので、驚いて声に出してしまった。
 いつもの3人での帰り道で、俊平が藤波高校に進むと話してくれたのだった。
 2人の間ではもう話が終わっていたのか、和斗は特にリアクションもなく、駄菓子をくわえて夕空を見上げているだけ。
 ――結局、いつも自分はのけ者だ。
 俊平の決断を理解できず、邑香は少し考えてから、様子を窺う眼差しで見上げて問いかける。
 県内一の陸上の強豪校。彼が断る理由なんてないはずだった。
『どうして?』
『……家から遠いから、朝から晩まで練習するってなったら、下宿先とか考えないといけないし』
 邑香の視線をはぐらかすように目を泳がせた後、俊平は悩まし気にそう答えた。
 ご両親の同意が得られなかったということだろうか。そんな人たちには見えなかった。
『でも』
『それに、藤波の陸上部にはいい顧問の先生がいるんだ』
 追究しようと口を開くが、それよりも早く俊平がいつもの、初夏の陽気のように明るい笑顔を浮かべる。
『そうなの?』
『指導が上手で、これまで担当してきた学校では、全国区の選手も何人か出してるって。オレも、何度か県内選手育成の合宿で、その先生の世話になっててさ。あの人に教えてもらうと、ぐっとタイムが上がったり、体のキレが良くなったりしてて。相性良いと思うから』
 いつもの朗らかな調子。その表情には弱い。追究できなくなる。唇を尖らせつつも、そっかと返すしかなかった。
 そんな2人を心配げに眺めていた和斗が、にこちゃんと笑みを浮かべて、俊平を右拳で小突く。
『まず、しゅんぺーはきちんと合格できるかどうかが問題だろ』
『どういう意味だよ』
『必要最小限だけ詰め込んでテストに臨んでたんだから。藤波、一応県内では進学校なんだぞ』
『……そこは、まぁ、細原先生頼むわ』
『お前ねぇ』
 和斗の呆れた顔。俊平のおどけた言い方が可笑しくて、邑香はふふっと吹き出した。
『俊平くん、あたしが見てあげよっか?』
『こ、後輩に教えてもらうほどでは、ない!』
『どうだかー』
『ゆーかちゃん、勉強できるもんなー』
『うちには最強の家庭教師がいますから』
『……それだ!』
『そ、それ?』
『瑚花さんにお願いすれば、百人力じゃん!』
 急に俊平に両肩を掴まれて、邑香はびっくりするが、彼は特に照れることもなく、いつもどおりの人懐っこい笑顔でそう言う。
 ――そういうの、嫌いだってキミはわかってくれていると思っていたのに。
 口には出せないまま、邑香はただ眉をひそめる。
『痛かったか? わりぃ』
 了見違いの気遣いで、こちらを心配するようにしどろもどろの謝罪をしてくる俊平。
『……あたしはお姉ちゃん引換券じゃない……』
 か細い声で呟くが、俊平の耳には勿論届かない。届かないように言ったのだから当然だ。
 聴き取れずに首をかしげている俊平に対して、ため息混じりに邑香は不満げに返す。
『聞くだけ聞いてみる』
 俊平はそのことは気にせずに、邑香の手を握り締めてくる。
『さんきゅー、助かる!!』
 いつだって屈託のない所作と表情に振り回されているのはこちらの心ばかりだ。
 大きくてあったかい彼の手に握られたまま、照れくさくて視線は上げられなかった。
『その代わり、教えてもらうからには受かってよね』
『分かってる!』
 和斗がそんな2人の様子を微笑ましそうに見守っていた。

:::::::::::::::::::

『ありゃりゃ、それで引き受けてきちゃったの?』
 家に帰ると、配達で両親が出てしまったのか、姉が店番をしていた。
 拗ねた調子を隠すこともなく、邑香は俊平からの頼みごとを姉に伝えた。呆れたように瑚花が笑う。
『そんなに嫌なら、やだって言ってきたらよかったのに』
『……でも、俊平くん、困ってるみたいだったし』
『でも、邑香は嫌なんでしょ?』
 邑香ははらりと落ちた横髪を耳に掛け、うーんと唸る。
『別に、お姉ちゃんを頼りにされたことは嫌じゃないよ』
『じゃあ、何が気に食わないのかね』
『……よく、分からない』
 姉に真っ直ぐ言うのは憚られて邑香は口を閉ざす。
『ふむ。じゃ、お姉ちゃんが嫌だから断っておいてね』
『え』
『それも嫌なの?』
『うー』
 瑚花の問いに、”それはそれで彼が困るなぁ”という感情が湧き出してきて、邑香は言語化できずに唸る。
『邑香はもう少し自分の気持ちを言葉にするトレーニングが必要だねぇ』
 やれやれといった調子でため息を吐きつつも、特に苛立ちもせずに、瑚花は笑う。
『まぁ、あの子のおかげで、邑香の笑顔も増えたし、仕方ないか』
『じゃあ?』
『いいよ。ただし、週2回。場所は市立図書館。和斗くんと邑香も同席すること』
『……家とかのほうがお互い楽じゃない?』
『変な噂立っても困るでしょ』
 そういえば、以前、俊平の家に遊びに行く話になったと伝えた時も、姉は同じように言って、その約束を邑香に断らせていた。
『変な噂って』
『2人は仲のいい友達のつもりでも、周りはそう見てくれないこともあるから、気をつけなきゃだめだよ』
 姉の言っている言葉の意味がやっぱりよく分からなかった。

:::::::::::::::::::

『すごいねぇ、全国大会!』
 全国大会出場資格を得たのは、俊平が高校1年秋のこと。
 記録会からの帰り、通り道だからと立ち寄って報告に来てくれた。
 インターハイ予選も出場はしたものの、あと1歩のところで全国への切符は逃していたので、彼も嬉しそうだった。
『やっぱ、指導してくれる先生がいいのかなぁ。去年よりタイム伸びたんだよ』
『シュンくんが頑張ったからじゃん』
 俊平が嬉しそうに顧問の先生のことを誉めた。謙遜だろうか。邑香は迷いなく言葉を紡ぐ。
 そう言われて、照れくさそうに彼が髪の毛をわしゃわしゃと掻く。
『そりゃ、オリンピックで金メダル獲るんだから、頑張るのはトーゼンじゃん』
 なんだろう。高校に上がってから、少し大人びたというか、物言いが斜に構えた感じになった気がする。
『じゃ、そうやって当たり前に頑張れるシュンくんはすごいね』
 邑香は優しくそう言い、お店の奥にある冷凍庫から隠しておいたアイスを出してくる。
『こんなものしかないけど、お祝い』
 2本の棒が付いたアイスを真ん中で割り、片方を俊平に渡す。俊平も『サンキュ』と言ってそれを受け取る。
『邑香、店番代わるよ。ありゃ、シュンくん来てたの?』
 先程帰宅していた姉が着替え終わって店先に出てくる。それに対して、朗らかに挨拶をする俊平。
『ちわーっす』
『今日も元気だね』
『全国大会行くんだって』
『へぇ、すごいじゃーん!』
『へへっ、あざっす』
 瑚花の言葉には素直にそう応える俊平。ああ、なんだろう。胸の奥がざわざわする。
『ここのところ、練習記録会練習記録会で、邑香のことほったらかしだったんだし、ちょっと散歩でもしてきたら? この子も、ずーっと退屈そうに店番してたし』
『お姉ちゃん!』
『本当のことじゃん』
 本当のことでもわざわざ言わなくていいこともある。視線でガルルと噛みついても、姉にはそんな攻撃は全く効かない。
『……じゃ、河川敷でも散歩してくる?』
 アイスを舐めながら逡巡し、少し真面目な顔で彼はそう言うと、先に行ってしまう。
 ――そういえば、先月から一応付き合ってるんだった。
 不意に過ぎるその言葉。
 口出ししてもいい権利を得たのと同時に、何かを失った感覚がずっとしている。どうしてだろう。
 店番用のエプロンを外し、姉に預けると、アイス片手に彼の背中を追う。
 足音が聴こえたのか、俊平は立ち止まって待ってくれた。追いつくと気遣うような声。
『走るとまた具合悪くなるだろ』
『もう、そこまでじゃないよ』
『言ってくれれば待つんだからさ』
 溶け始めたアイスを舐めながら、2人は夕暮れに染まる商店街を歩く。
『なんか、邑香、最近物言いが瑚花さんに似てきたよね』
 ぽつりと彼が言う。
『そうかな』
 邑香もぽつりと返す。
『嫌ならやめるけど』
『別に、嫌とかはないよ』
 またしばらく沈黙。
 俊平のほうがアイスを先に食べ終え、棒をジャージのポケットに突っ込む。
『サンキュ、うまかった』
『隠しといたとっておきだからねぇ』
『ごめんな、半分食べちゃって』
『お祝いだって言ったじゃん。改めておめでとう』
『サンキュー。なんか、こんな必死になってんのに、結果出なかったらどうしようって焦ってたから良かった』
『シュンくんでも焦ったりするんだね』
 邑香も食べ終えたが、行き場に困ってそのままアイスの棒を持ったまま歩く。
『そりゃ焦るよ』
 俊平が静かに言った。
 その日は夕日が綺麗だった。
『そうだね。焦るよね』
 ずっと世界に取り残されていた子どもの頃を思い返して、邑香は彼の言いたいことが分かる気がして、頷く。
 俊平は彼女の返答に、ちらりとこちらを見、すぐにいつになく頼りなく笑った。
『わかってくれんのか。さんきゅ』
『……いつも分かろうとしてくれたのは、キミだからね』
『え?』
『なんでもないよ』
 目を細めて誤魔化すように笑い返す。
 俊平は困ったように目を泳がせたが、追究しても同じことを言ってはくれないのは分かりきっているからか、それ以上は何も言ってこなかった。
 川沿いの通りに出て、河川敷に下りる。
 夕日を反射して水面がキラキラ揺れている。川を滑る風が気持ちよかった。
『今はオレだけだけど』
『ぅん?』
『いいチームだから、リレーとかでも、もっと結果出したいんだよね』
『シュンくんは強欲だなぁ』
『……そうかな。オレ、ずっと1人で走ってきたから。高校ではチームになれるかもって、少し思ってんだよね』
 中学で居残り練習をしているのは彼だけだった。
 そういうものなのかと思って極力触れないようにしてきたけれど、彼には彼なりの孤独があったのかもしれない。
『あたしは陸上では隣に立てないかもしれないけど』
『ん?』
『……ちゃんとシュンくんのこと、隣で見てるからね』
 照れくさかったが、しっかり彼を見上げて告げる。
 ふわりと川から風が上がってきて、邑香の柔らかい髪を舞い上げる。
 彼が照れくさそうに受け止めて、それでも、いつもの笑顔で笑ってくれた。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)