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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」4-2

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第4レース 第1組 はじまりのストップウォッチ

第4レース 第2組 キミノオト ハ ボクノオト

『そんなこと言われても、あたし、その先輩と話したこともないです』
 人通りの少ない階段まで呼び出され、ついていくと、先輩の女子数名に囲まれた。
 刺さるような圧力を感じたものの、邑香は声を震わせることなく、そう言い返す。制服の袖をきゅっと握り締めて震えそうになる指先を隠した。
 彼女たちが慕っている先輩が邑香に片想いをしており、邑香へラブレターを送ったらしい。それを邑香がゴミ箱に捨てたのを見たため、どういうつもりか訊きに来たとのこと。……どう考えても、訊きに来たという空気ではない。
 呼び出しの手紙が怖くて特に確認せずに、その場で捨てた自分も良くなかったのは分かる。俊平に、学校で捨てるのはやめたほうがいいと忠告をされた理由がようやく分かった。あの手紙は、果たし状ではなかった。
『だとしても、もらった手紙、その場で捨てる? ありえないでしょ』
『……そういう意図のものだと、わからなかったので』
 面倒くさいな。
 内心そんな言葉が湧き上がってくる。
 同学年に特に親しくしている友人もいないので、この状況下、助けに入ってくれる人などいない。どうしたものか。
 後々、姉の耳に入って、無用な心配を掛けることになるだろう。本当に困った。
『ちょっと可愛いからってさぁ』
『特に話したこともないあなたたちに、あたしの何が分かるんですか?』
 言われた言葉にカチンと来て、邑香は凄んで問いかける。
 自分の容姿のことなんて、今関係ないだろう。話したこともないのに、容姿で好きになられたということであれば、そればかりは、自分でもどうすることもできないではないか。
 邑香は持っていた鞄からハサミを取り出した。それを見て、囲んでいた先輩たちが後ずさる。鞄を足元に置き、躊躇いを打ち消すように息を吐き出す。
『おい、お前ら、何してんだよ!!』
 どこで騒ぎを聞きつけたのか、俊平が駆けつけてきたが、それよりも先に、邑香は自分の髪を掴んでザクッと切り落とした。
『ちょ』
 俊平が戸惑うように声を発したが、切ってしまったものはもう元には戻らない。
 切り落とした髪を握りしめ、はーと深く息を吐き出す邑香。
『見た目なんてどうしようもないじゃん。これでいい? 女子っぽくはなくなったでしょ?』
 パラパラと髪の毛を床に落としながら、先輩たちを睨みつけると、その凄みに圧倒されたのか、更に後ずさってゆく。
 俊平が邑香と先輩たちの間に割って入るように体を割り込ませ、邑香を彼女たちから隠してくれた。
『喧嘩の原因はわかんねーけど、年上が年下を複数で囲むとか、ダメだろ。やめなよ』
 真面目な声でそう言う俊平。
 周囲の様子を見て、人が集まってきそうな気配を感じ取ったのか、すぐに邑香の手を取り、彼女の鞄も拾い上げて駆け出す。
 階段を駆け下り、人通りの少ない体育館への渡り廊下のところまで走った。
『なんで、髪切ったんだよ! 綺麗だったのに!!』
 ようやく止まると、そう怒られて、邑香は息切れしながらきょとんとするしかない。
『だって、容姿のこと言われたって、あたしにはどうにもできないし!』
『……髪長くたって短くたって、可愛いやつは可愛いんだから、全ッ然意味ないからッ!!』
『ぇ……?』
 急にそう言われて、トクンと心臓が跳ねる。他の人に言われても、ただ不快なだけだったのに。
『あーーーー、もったいねー。そこまで伸ばすの、どのくらいかかるんだよーーーーー』
『もう伸ばさないよ』
『なんで?!』
『長いと乾かすの大変なんだもん。お姉ちゃんがやってくれるから伸ばしてたけど、いつまでもお姉ちゃんはいてくれないし』
 髪を切り落としたことに1ミリの後悔の情も見せない邑香に、俊平が悲しそうにこちらを見る。が、もう諦めたのか、やれやれといった調子で息を吐き出した。

:::::::::::::::::::

 思い切りのいい断髪式を行って以降、邑香に対するあることないことの話が、随分増えたらしい。
 何をしでかすか分からないためか、変に絡まれることはあれ以降なくなった。
 清々はしたものの、こうしてまた、周囲との関係性構築のルートを自分から破壊したことになる。どうしたものだろうか。
 そんなある日の放課後、俊平が眼鏡の似合う細面の少年を連れてやってきた。
『細原和斗。オレの友達』
 俊平はいつもの朗らかな空気で和斗の肩に腕を回し、二へへと笑ってみせた。
 少々暑苦しそうに和斗が顔だけ離すが、拒むほどではなく、ニコリとこちらに向けて笑った。
『はじめまして。まさか、しゅんぺーに女子の友達ができるなんて。びっくりだな』
 物腰柔らかい話し方だった。優しく目を細めてこちらを見てくる。
 邑香は和斗を見上げたまま、少しだけ考える。ほんの少し、値踏みされている感覚。でも、俊平の友達なら、きっと大丈夫だ。
『はじめまして』
 素っ気なく和斗に会釈を返す。
『今日、カズも部活ないんだ。一緒に帰ってもへーき?』
 和斗から離れ、俊平が邑香の顔色を窺うように覗き込んでくる。
『……別に、いいけど』
 この状況でいやだと言うほど、空気を読まない人間ではない。
 校門を通り過ぎ、少し歩いたところで、和斗が思い出したように口を開いた。
『椎名さん、ちょっと前まで髪長くなかったっけ?』
『カズ……!』
『え? なに?』
 本当に何も知らないようで、俊平からのツッコミを不思議そうに受け止める和斗。
『髪の綺麗な女の子がいるなぁって、うっすら思ってたから』
『鬱陶しかったので』
 難癖をつけてくる人たちが。
『そうなんだね。切るなら夏にしたらよかったのに。これから寒いよ?』
『……それは、ちょっと後悔してます。男子ってなんでそんなに短くてへーきなの?』
『なんでって……昔からだしなぁ?』
『そうだね』
 その問い自体が愚問だったらしく、俊平と和斗は互いに視線をかわしてから、同じタイミングで頷いた。
 2人が並んでいると、自分が邪魔なように感じる。なんで、一緒に帰ろうなんて誘ってくれたんだろう。
『椎名さんって、椎名先輩の妹さん?』
 また思い出したように和斗が問いかけてくる。
『そう、だけど』
『昨年、生徒会で少しの間一緒だったんだ』
『……そう』
『めちゃくちゃできる人だったから、頼りにしてたんだけどねー。継続してくれなかったから、今年、ちょっと色々大変なんだよね』
 自分が入学するのに合わせて、彼女が生徒会を辞退したからだった。
 ちゃきちゃき仕切ったりすることが向いている人だから、わざわざやりたいことを辞めなくてもよかったのに。
『……行きたい高校があるから、勉強に集中したいって』
『椎名先輩なら県内の高校ならどこでも大丈夫だろうね』
『……そう、ですね』
 姉は体格こそ恵まれなかったが、頭も良く、気が回り、人にも慕われる人だった。
 満足に学校に通えなかった邑香に、学校行事の話をたくさんしてくれた。とても尊敬している。
『姉も、あたしも、”椎名さんのとこの”で括られたくなかったんですよね』
 少し間を置いて、邑香はゆっくりと言葉を絞り出して、目にかかった前髪をかき上げる。
 和斗がその言葉に驚いたように目を丸くしたが、俊平が間髪入れずに笑った。
『わかるー。お前誰だよって思うもんね。急に声掛けられてもさ』
『……え? おれだけついていけてないジョーク?』
『ジョークっつーか、あるあるだよ。道端とかで声掛けられね? オヤジの知り合いとかに』
『ああ……あるけど、あんまり気にしたことなかったな。昔からそういうものだったし』
 俊平の補足で合点が行ったのか、納得したように頷きつつも、2人に共感はできないらしく、不思議そうに首をかしげる和斗。
『要するに椎名は誰の妹っていう表現が嫌ってことだろ?』
『……なるほど。失礼しました』
 更に補足する俊平に、和斗が申し訳程度に頭を下げた。

:::::::::::::::::::

 心地のいい、優しい音がする。
 外気は暑いのに、それが気にならないくらい、馴染んだ温度を抱き締めて、気持ちよく眠っていたようだ。
 優しく髪を撫でられた後、細い指先が鼻を摘まんできた。
 そこで邑香の意識が徐々に目覚め始める。
「……ん」
 もぞもぞと体を動かして、ぼんやりと目蓋を上げると、視界には姉の顔があった。
 ああ、そういえば、昨日帰ってきたのだった。
 優しい笑顔でこちらを見上げて口を開く瑚花。
「邑香ー、おはよー。家だよー」
「おねえちゃん」
「シュンくんがここまで送ってくれたよ。お礼言って、お家入ろうねぇ」
 そう言われて、自分の状況を思い出し、邑香は慌てて俊平から体を離そうとした。
 普段の自分の視界より20センチも高いので、少々怖く感じる。
「ちょ……。待て。しゃがむから、ちょっとおとなしくして」
 何やら苦し気な声とともに、ゆっくりしゃがんで邑香を下ろしてくれる。
 足がつく高さになって、そっと彼の背中から体を離し、逞しい背中にそっと右手を添えた状態で、精一杯の言葉を吐き出す。
「……ありがと……」
「ひとまず、熱もあるみたいだし、早く寝たほうがいいよ」
 彼の優しい声。だけど、どういう表情で視線を返せばいいか分からず、邑香は地面を見つめたまま。
 代わりに姉が言葉を返してくれている。
「じゃ、今日はここで」
 朗らかな声でそう言うと、彼は2人に手を振り、踵を返して行ってしまう。
 何か言わないと。そんな気持ちはあるのに、言葉が出てこない。
 ただ、その背中を見送るだけ。
 彼も一度こちらの様子を窺うように、ちらりと視線を寄越した。バチリと視線が合う。
 逸らしてはダメだ。逸らしたら、本当に取り返しがつかなくなる。ぎゅっと下唇を噛み締めた。
 彼の背中が商店街の人波に紛れてから、姉が静かにため息を吐いた。
「……もしかして、なんかあった?」
 あったと言えばあったし、ないと思えばなくなることだと思う。
 ボタンの掛け違い。
 彼が自分にもたらしてくれたいろんなことに比べたら、春先にあったことなんて、些末なことなのに。
 あんなにぎこちない顔をされてしまうと、こちらも上手く動けない。
 いつだって、空気のように当たり前に彼は自分を受け入れてくれた。
 その優しい温度があるから、自分は自分でいられた。今のこの距離感で、”今まで通り”をしていいのか、全然分からない。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)