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『遺書』 64 最後の審判
[前回からの続き]
祖父の遺産の分割。家庭裁判所から改めて、調停案が届いた。
父親が相続せず、そのぶん全てを私が相続する内容になっていた。
ようやく、認められた。
――母の死が。
祖父の法定相続人だった母。その相続人を手にかけた夫が相続するのは、おかしい。
お金の問題ではない。
母が認められないことに、私は耐えられなかった。
母はせっせと自宅で働いて、この夫が会社で稼いでいけるようにしてきた。それでも、お金のかたちで蓄財していけるのは男のほうばかり。帳簿上は、母の財産がなかった。その母の唯一の財産が、実父からの遺産割合。
ヤツにはお金がある。妻のおかげで資産形成をさせてもらえたのだ。それなのに、その妻を殺しておいて、さらに遺産も奪おうなんて、ふざけている。
そして私は、母の形見わけすら、ヤツから拒絶されている。
私には、母から生前にもらったプレゼントくらいしか、手元にない。
被相続人の祖父と“血がつながっている”のは私。婿である私の父親は、彼と血がつながっていない。そのことにも、モヤモヤしていた。
この調停案(改)が出るまでに、裁判所の部屋のなかでやりとりがあったのかもしれないと思う。私は行けないから分からないけれど。もしかすると、書面だけでやりとりしていたかもしれないから。
“申立人”である、私の母の親類たちにとっても、私といくらか同感だったのだろう。ただ、どちらにせよ彼らの相続割合が増えるわけではないから、どうでもよかったのかもしれなかった。
あの男がどうしたのか、私にはわからない。遺産分割協議に本気で参加する
気がなく、おざなりにしていたのかもしれない。
ヤツは守銭奴ではあるけれど、他人には言えないお金を隠し持っている。それに比べれば、今回問題になっていた遺産の額なんて、大したものではなかった。相続税もかからないようなくらいのもので、たかが知れている。遺産のほとんどは、自宅不動産。
実際、当事者全員が、この男が殺したという事実に少なからず気がついている。そこでこの男が「遺産をよこせ」と言ったとしても(実際に言ったかもしれないけれど)、向こうの親類たちは怒っただろうし、裁判官や調停委員はあきれただろうと思う。
私も、お金の問題ではなくって、筋を通したかったのだ。
母の死が認められるかどうか。母が存在していたことが認められるかどうか。
実際には、私は裁判所には行けないから(ヤツも行っていなかったかもしれない)、調停は成立せず不調に終わるしかない。
それで、裁判所から家事審判がおりる。
審判が、出た。この調停案(改)と同じ内容。
祖父の遺産の相続割合はこうして、確定した。
向こうはひとことも言ってはいないけれど、私にはわかっていた。
祖母は高齢。そろそろ、いつ亡くなってもおかしくない。生きているうちに、ハッキリさせて片づけておきたかったのだ。
それにしても。言葉にしなくとも、わかるものなんだと思う。
いくら経っても、実際の遺産分割は進まなかった。
遺産を、祖母が自宅にしているから。そんなことも、予想のついていたこと。
私の生活は苦しいけれど、苛酷だけれど、わずかばかりの遺産も手に入ることはない。
しばらく歳月が過ぎた。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こった。
そんなある日、あの遺産分割調停の申立人代理人と同じ弁護士から、封書が届く。
封筒を見て、さとった。
――遺言執行者。
“新型コロナ”で、亡くなった。
[次回に続く]