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島木健作『煙』読書感想 古本と生活

この小説は、古本の競りに出かけた青年が、人が持つ生活への執着心に驚きながら、働くことについて考えを深めていく話です。

主人公の青年である耕吉は、古本屋を営む叔父と生活していましたが、自分でお金を稼いでいないことに負い目を感じていました。ただ本は好きで、他の人とは一風違った本の良さが分かることに対し自信がありました。あるとき古本の競り市が開かれることを知り、耕吉が出かけていくシーンから話が始まります。

競りというのは、ある商品を出品者が出し、その商品を買いたい人が落としたい値を言い合う、いわゆる売り買いの場です。現代で言うオークションですね。

叔父は、自分の家業である古本に興味を抱いてくれたことに嬉しさを感じながらも、耕吉に「競りは自分も苦手だが、行ってきなさい」という内容を言いながら送り出すのでした。

自分より歳がかなり下の少年が、古本屋の主人の代理ではありつつも、凛とした声で競りに参加する様子に驚く耕吉でしたが、自分も競り落としたいと、並べられた本を見渡します。

人々の生活への熱気を感じ驚きはしたものの、耕吉は、負けずに良いと思った本を競り落とします。耕吉は自分で競り落とした本について調べるため、家に帰りカタログを見ると、ほぼ新品と同じような値で競り落としてしまっており、仮にまた売ったとしてもあまり利益は出ないことを耕吉は知ります。

ただその本をぱらぱらっと見ると、ページ数がとび、抜け落ちたページがありました。いったん古本市に戻った耕吉は、競りの人たちが将棋を指しているのを見つけ、男に声をかけます。太ったその男は、その本の売り手は帰ってしまったと言い、困った様子でした。

将棋をさしている別の一人が将棋盤を見ながら「しかし、見込み違いで買ったものを一枚引きちぎって傷物にして戻してくるっていうのはよくある手だ」と言います。耕吉にやましいところはありませんでしたが、落丁をみつけたときのほっとした気持ちを見透かされたように感じ、恥ずかしい思いになります。太った男はそれでも親切に「売主にはこっちから話をしておく」と言い、耕吉に買い値と同じお金を手渡します。

競りでの一件を終え家へ帰る途中、青年はこまごまとした庶民的な生活をするというのは、ありがたいことなのだ、といった思いにたどりつきます。

この小説は、生活への強い思いにあてられた青年が、若い傲慢な高ぶった理想を貫くより、生活していくつつましい喜びに気づく話だと感じました。

戦前に発表された小説ではありますが、働くことの大変さ、生活に対する態度のひたむきな美しさは、どの時代にも共通するものであると、そう感じさせてくれる小説でした。

今回はまた、短編集の小説について書いてみました。また図書館で本を借りて読みたいと思います、ありがとうございました。

#読書の秋2022 #百年文庫




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