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[エッセイ]  過去の味は苦くても、未来は美味しく作れるはず


新しいコーヒーの味を教えてもらったんだよ

それはまるで、この先の人生の楽しみを教えてもらったような気がしてね


未来に書込みたい事は自分で決められる
過去を書き換えたのなら自分を縛るものは減って行く

新しく覚えたコーヒーの味を、未来行きのバスケットに入れたんだ



野の花たちが風に揺れる階段

産毛みたいな柔らかい草たちがふわふわとなびいて
無口な木々は何も言わずに静かに佇んでどこか穏やかだ

階段を登った先は時間が止まったような湖畔に
思わず心の中で歓声をあげる

東山魁夷の絵画を思い出すような
それはそれは、のどかで静かすぎる美しい湖畔


ゆっくりと水辺に向かって歩き出すと、草むらの中に座っている人たち

手では何かを回しているようで
ガラガラと音がする
そう言えば、心なしか良い香りもふんわりと漂って来ていた

挨拶ついでに「コーヒーですか?」と尋ねると
気の良さそうな若者たちは「そうです」と優しく答えてくれて
バーナーの上に乗せられたケトルを見せてくれた

その人たちは、挽きたてのコーヒをその場で入れて湖畔の空気と共に味わっていたのだ

ーああ…あんて素敵なんだろう


それを見た私は子供が新しい玩具を与えられた時の様な心の脈動が一気に湧き上がり

ひとしきり素敵ですねと言い切った後で
ー私も真似します!と思わず口にしたのだ



帰りの山道は、まるで別の空間にいるかのようにいつもの美しい山の景色さえ目に入らないほど、出会った湧き立つような出来事に心奪われていた

ーミルサーは今度買うとして…
うちにドリッパーがあったな…あれを使おうか

それから、一式をバスケットに入れて上にかけるクロスを刺繍をして作りたいな
色は何色?

パウンドケーキを作ってバスケットに入れておやつにして
お気に入りの本と、刺繍道具と編み道具にスケッチブックも持って行かなくちゃ

蚊、すごいだろうな…
でも、一日中ああして過ごして
湖畔でどこよりも美味しい淹れたてのコーヒーをゆっくりと飲めたなら
きっとそれ以上の贅沢な時間なんてないような気もする

こうして新しく加わった小さな未来計画を早速練り始めたのだ



今から数十年前
息をしていることさえも苦しく
訳のわからない痛みの数々に人生も頭も混乱していた時のこと

まるで、それまで人生で仕立て上げてきた糸一本一本がぐちゃぐちゃになって絡まりきって
あまりの絡まりの酷さにどうしようもなくなり
どこでどう間違えたのかも分からない人生と言うやつに、もう一度本気で向き合い直そうとそう決めたのだ

それからの旅路は長く果てしなく
人生前半の全ての絡みを解くのは1、2年で完了するほど容易じゃなかった

だから、きっと絡んだ糸をただ解くだけだったなら嫌になっていたかもしれない
何せあれから10年近くも人生の絡まった糸を解き続けて来たのだから


人生は、自分自身の意図とは別の何かを積み込んできた過去と
まだまだ空白の未来がある

未来に書き込むものは自分で決められるし
過去は見つめ直し書き換えたのなら未来の糧になる

私は10年ほどの自分の人生と向き合う時間の中で
過去行きの矢印と未来行きの矢印
二つの道を辿り人生を見つめ直して来た



未来行きの矢印とは
偶然出会ったコーヒーの新しい味を教えてくれた人たちから譲り受けたささやかな喜びのようなもの

例えば、ひとりでどこまで行けるだろう?と行ったこともない場所に足を運び
ひとりで何が出来るだろう?と新しい何かに挑戦したり

そんな風に、過去を書き換えながら
当たり前の日常に新しい風を取り込むものを自分の人生に足して行ったのだ


子育てで身動きが取れない時は、空き時間で編み物や刺繍を覚える機会にし

子供がヤンチャ盛りになった時は、色々な場所へ出掛けたり
近所に虫取りに出かけ、虫の生態や名前を子供と共に覚え

車を走らせて少し無茶なんかもして、見たことのない景色も探して回った


私にとって、子供は未来作りの良き先生で、息子の見ている世界は新しい発見に満ちていたし
ささやかな日常でも、目を凝らせば素敵なことは驚くほどに見つかると知り
そんな小さな発見一つ一つがたまらなく嬉しく
自分と言う可能性の枠を広げられたような気がしていたのだ

それからは自分はどこまで行けるのか?
そして、試行錯誤すれば何処かへ向かえると言うことも知り

2つの矢印を行き来しているうちに道はだんだんと未来行きの一本道になっていることに気づき始める



時間はかかったし
まだまだ、うまくいかないことだらけだけど
こうして長年かけて自分の人生を見直してきてよかったとそう思うのは
自分自身の軽さや世界の捉え方の違いを比べれば明らかで

こうしてコーヒの美味しい味を教わった時に素直に取り入れようとそう思えるのは
そんな些細なことが人生でどんな役割を演じるのかをよく知って来たからだ


同じコーヒーでも、味は違う

値段とかそう言うものではなく
全ては心で味わうものだから

心で美味しく味わい尽くせる人生にしてあげなくちゃと今はそう思い
美味しい未来を探し続ける



akaiki×shiroimi








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