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正しいようで正しくない、少し正しい文学論(邂逅/ミラン・クンデラ)(1928字)

「言いたい事も言えないこんな世の中」がいよいよ実現してきたというか、実はとっくに実現していて、さらに強化されつつあるというか、とにかく、今の世の中が喜ばしい状況じゃないことはわかる。


「言ってはいけない事」なんて、本当は存在しないのに。「空気を読む」名の下に、僕(ら)は日々圧し潰されている。


KY? その略称は、「空気が読めない」じゃなくて、「空気が読める」でも成立するよ。なんて、まさしく「空気が読めない」発言をしてはいけないんだ。


ああ。この世には、「読む」空気しか存在しないのだろうか? 僕はただ、「吸う」空気が欲しいだけなのに。


SNSなんて、もってのほかだ。日々なだれ込む私見、私見、私見……。それらは、僕を窒息しにかかる。(それでも懲りずに、毎日チェックしている僕もバカだけど。)


今となっては、僕の酸素は、小説や音楽の中にある。テコ入れのきくSNSと違って、一度印刷された本は、誰も手を加えることは出来ない。その事実は、僕を何よりも安心させるのだった。

わたしが「ジョゼフ・コンラッドが好きだ」と言うと、わたしの友人は「ぼくは、それほどでもないな」と言う。
(中略)
わたしたちのそれぞれは、いたって無邪気にも(無邪気な無遠慮さで)コンラッドについて正しい考えをもっていると確信しているのだ。

――第三部 ブラックリストあるいはアナトール・フランスに捧げるディヴェルティメント,p82より引用

僕は、クンデラの作品を一冊も読んだことがない。正確には、文学・芸術論集の『邂逅』しか読んだことがない。ついでに、それまで彼の名前すら知らなかった。(かの有名な『存在の耐えられない軽さ』の作者だというのに。)


なので、彼について(もしくは、彼の作品について)『正しいこと』を言うことができない。……と、言いたいところだけど。


仮に、彼の作品を読み漁ったところで、僕は『正しいこと』を言えるんだろうか?
 それに対して「イエス」と答えるには、僕はあまりにも知らないことが多すぎるんじゃないか? いや、もし僕が博識だとしても、『正しいこと』を言える保証はないんじゃないか?

みんながこの殺戮というスキャンダルに衝撃をうけていたが、だれひとりとして殺戮の繰り返しに衝撃を受けなかったのだ!
(中略)
それは、繰り返しというスキャンダルがつねに、忘却というスキャンダルによって情け深く消されてしまうからだ。

――思い出の崩壊(フアン・ゴイティソーロ『そして幕がおりるとき』),第二部 実存の探査機としての小説,p54-55より引用

知識の無さを嘲笑う。
考えの無さを嘲笑う。


SNSの中では、よく見る光景だ。


嘲笑う人達は、いつでも自分が一番正しいと考えている。
(ように見える。)


一個人の意見を、まるで世論のようにまくしたてて。本人は、まったく善意のつもりで。それは、悪意よりも厄介で。


「いともたやすく行われるえげつない行為」とは、「正義」のことを指すんじゃないだろうか。自分こそが「正義」だと思っている人間ほど、たちの悪い者はない。


なぜなら、彼らにとって、刃向かう者は全て「悪」だからだ。こいつは、「正義」である自分に刃向かっている。その事実だけで、「悪」を百叩きにしようとする。


しかし、世の中は「勧善懲悪」というわかりやすい構図で成り立っていない。「悪」が自分を「悪」だと認識しているなんて、滅多にないんだから。(そもそも、何が「悪」なのか、わかる人間がいるんだろうか?)


戦争は、「正義」vs「悪」じゃない。「正義」vs「正義」だ。だから、戦争はくり返される。平和を謳うこの国でも、常に戦争は起こっている。「正義」の名の下で、誰かを傷付ける人がいる限り。

ただ小説だけが個人を個別に取りだし、その生涯、思想、感情などを明らかにし、個人を取り替えのきかないものにする、つまり個人を万物の中心にするのである。

――小説と生殖(ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』),第二部 実存の探査機としての小説,p57より引用

自分はなぜ、小説なりエッセイなりを書いているんだろう。もっと言えば、なぜそれを公に発表しているんだろう。


正直、自分でもよくわからない。少なくとも、何かに対して「正しい」とか「間違っている」とか、主張したいわけじゃない。もしかしたら、ただ承認欲求を満たしたいだけかもしれない。


でも、これだけは言える。


必要な情報も不要な情報も、そのどちらなのかわからない情報も、溢れ返ったこの世界。僕はそんな世界に、埋もれたくない。


「言いたい事も言えないこんな世の中」だけど。
KYには風当たりの強い世の中だけど。


その中で生きるには、声を上げるしかない。


叫べ。
叫べ。


僕はきっと、そのために書いている。

6/24更新

邂逅 クンデラ文学・芸術論集/ミラン・クンデラ(2020年)

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