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あの夜があったから、これからも
そういう貴重な夜を、そういう忘れたくない瞬間を、どれだけ持っているかで、人は、強くなれたりする。
何事にも代え難い夜や、かけてもらった言葉や、包まれているような視線や、ほほえみかけられたその顔や、感じた体温の暖かさや、あの時見た景色を。
その一瞬や、絶対に忘れたくないと思えた夜を、いくつ持っているだろう。
それは、絶対にその後の自分を助けてくれるし、もしかすると最後の砦になるかもしれない。
わたしは、忘れたくないその瞬間に、シャッターを切るみたいに瞬きする。
写真に残すみたいに、瞼を閉じて瞬きをする時、“カシャ” と頭の中には音が聞こえるような気がする。
瞬きで切り取ったその瞬間は、
チェキみたいにすぐ現像されて出てきて、
それはもういつでも思い出せる。
そして、わたしの宝物箱の中に入れて、すぐ取り出せるようにしておくのだ。
それはどれくらいの関係値の人が言った言葉だとか、特別な記念になる夜だったとか、
そういう事はわたしの中であまり重要ではなくて、
例えば、客先でのふとした言葉だったり、付き合っていない男の子と過ごしたあの夜だったり、大好きな彼との日々の瞬間だったりする。
わたしに向けられた言葉、注がれたあの視線、ということだけが重要で、その時の自分には、とても必要な瞬間だったというだけ。
わたしの、宝物として切り取った瞬間は、少し前のある時で止まっていたのだけれど、最近新しく増えた。
たぶん、これから先もこの夜を思い出して、安心したり自信をもったり、大丈夫だよと自分を落ち着かせたり、するんだろうな、と思う夜の出来事があった。
週末、彼とお出かけをしてわたしの家で眠りにつくとき。腕の中でひっつきながら、今日も楽しかったな幸せだったなあ、と考えていた。
気付くと、ぽろぽろ涙が出ていた。
生理初期のPMSだったこともあって、心のバランスがとりづらくなっていた。ちょっとしたことで涙が出たり、大きく気持ちが揺れ動くのはいつものことだった。
でも、人前で、こんなふうになったのはほとんど初めてで、わたしが目を見開いたままぽろぽろ涙を流しているのを見て、彼が驚いて動揺しているのがわかった。
「どうしたの、泣いてるの?」と
彼が横になりながら、顔をのぞいた。
「悲しいことがあったわけじゃなくて、幸せで、でもそれが心配で、泣いてる」
と、よく分からない説明を私はした。
心のバランスが取りづらい時期だから、
とにかく悲しいわけではない、と言うことを必死に伝えた。
たしかに幸せを感じていて、でも安心したあとで、「こんな幸せがこの先もずっと続くことなんてあるの?」と考えて、怖くなった。
いま幸せで嬉しいな、という気持ちと、不安とが混ざって、悲しいのか嬉しいのか、安心しているのか不安なのか。
分からなくなっていたら、涙が出ていたのだ。
むかしのトラウマとか、過度に期待しないようにすれば傷つかないとか、そう言うことをよく言っているけれど、本当のわたしは、相手にとても期待したい。
この人なら絶対大丈夫だと思いたいし、トラウマなんて言わなくていいくらいに、今幸せでなにも不安な事はない!と大きな声で言いたい。
本当は、幸せにすごく貪欲で、今の人を真っ直ぐに信じたくて、そしてこれからの未来を過度に期待してしまうくらい、好きになっている。
だから、今の幸せが恐ろしく怖くなる瞬間があって、それがたまたま涙になって出てきただけの話だった。
わたしは必死に笑って、笑いながら涙を流していて、「おかしいなあ」と言いながら、しばらく彼の腕の中でひっついて泣いていた。
その間、彼はちょっと困りながら、
でも、しつこく「どうしたの?」とか「何で泣いてるの?」とかは、聞いてこなかった。
それがとても良かった。
ひっついて、ぎゅっとしてもらったとき、
パジャマ越しに、彼の腰あたりから伝わってくるものがあった。でもわたしは生理だし、泣いているし、何に、どこに、興奮したのかは分からなかったけれど、こんな時でも男の子の身体はとても正直で、なんだかそれも愛おしかった。
そして、わたしがひとしきり泣いて落ち着いて、鼻をかんだあとで、もう寝る!と言ったら、彼はベッドに寝転がりながら「うん」と言って、わたしは電気を消して布団に入った。
わたしが布団に入った瞬間、彼が急に動かなくなったので、
「もう、ねたの?」と聞いたら返事がなく
「〇〇くん、おやすみ」と言ったけれど、
彼は、私が 寝る!と言った3秒後くらいには、もう眠っていたのだった。かわいかった。
ぜんぶ素直で、表に出る人は安心できるなあ、と思ったりした。
彼が寝たあと、
「こんな幸せ続くわけなくない?って不安になって泣いちゃっただけ。困らせてごめん。もう情緒回復!」とLINEを送っておいた。(直接言うのは恥ずかしかったので)
朝起きたら、
「続くよ」と返事が来ていた。
わたしは、この夜のことを忘れないでおこう、と思った。
こんな訳の分からない情緒になった自分を見せて、よく分からないことで泣いていても、引いたりめんどくさがったりしなかった彼の、表情や声や、温もりや、可愛さを、忘れないでおこう、と思った。「続くよ」と返してくれた、この言葉を、宝物箱に入れる。
こういう夜は、こういう瞬間は、いくつ持っていてもいい。
これからも色んなことがあった時、
取り出して眺めたり、繋ぎ止めてくれたり、こちら側に引き戻してくれたりするような、そんな夜や、そんな日々を、また経験することで、強く、しなやかになってゆく。
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