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13歳、懲役6年。-第5話-

〜希望の朝〜

 初めての寮規則違反は決まって皆、夜間他室訪問だった。
 それぞれ事前に計画し、自分の部屋の布団の中に服や鞄を入れ、あらかじめダミーを作っておく。作っては外に出てドアの小窓から覗いて確認して、不自然ではないか微調整する。形が定ったら、スリッパは室内に置きっぱなしにしておき、寒くないように毛布と、ゲームやお菓子を持って友達、あるいは先輩の部屋へ向かう。

 しかし全員がゲームを持っているという訳ではない。同じ部屋にはいるがゲームを持っておらず輪に入れない者もいる。
 そういう者は布団をかぶり、懐中電灯を口に咥えて照らしながら漫画を読んでいた。懐中電灯を伝ってヨダレが漫画に垂れて持ち主の先輩にしばかれるシーンは見飽きてしまった。

 そうやって寮生は規則を破る練習をし、各寮監に対する対策を練ってきた。わたしたち寮生にとって夜間他室訪問は教科書の1ページ目、つまり「ゲート」でしかなかった。

 ある日、学年が一つ上の川満さんという先輩いた。
 いつも寮監に「お前の目は腐っとる。」や「なんやその目は?言いたいことあるんか?」とキレられていた。その川満さんが罰則の朝掃除をさせられた時のことである。


 朝掃除は午前7時開始。寮の玄関の掃き掃除から始まり、玄関扉磨き、靴箱掃除などいろいろな箇所を掃除しなければならなかった。しかし川満さんはその朝7時の寮周り清掃の罰則に遅刻してしまい、その懲罰はそのまま進化して朝6時に寮周りの清掃へと変わった。
 朝5時50分に起床し5時55分までに一階へ降り7時30分まで掃除を開始する。
 まるで、お寺のお坊さん、新聞配達員、豆腐屋、いやそんなものではなく、更生施設や刑務所の朝のようだった。

 川満さんはいつも通り午前6時前から掃除をしていた。毎日清掃箇所が同じなので、少しずつ中学寮の周辺から範囲を広げて掃除していた。
 ある日、川満さんは高校寮の前の花壇に「何か」を見つけた。その日は少し遠かったっこともあり、わざわざ確かめるまではしなかった。しかしその次の日も、また次の日もその「何か」は花壇の上にいた。少しずつ掃除範囲を高校寮の方へ広げ、その「何か」を確かめに行った。

 ーその「何か」は「人」だった。当時高校寮で一番ヤンチャだった、尾崎先輩という先輩が花壇の上で正座しながら寝ていたのだ。尾崎先輩とは当時の中学の寮でも有名だった。カッコよくて運動神経が人間のそれのレベルから遥かに逸脱していて、おそらく全寮監に真正面から言い合っていた唯一の先輩だった。いわゆるヤンキー的な要素はなく、ただ単純に頭のネジというネジが飛びまくっているだけの先輩だ。

 その先輩が朝6時前から、高校寮の前の花壇の上で正座させられているということ、またその状態が慣れすぎてしまっているのか、スヤスヤとその正座のまま寝ているということが、衝撃だった、と後に川満さんは語っていた。

5時に花壇で正座をしながら寝る先輩

 また正座は一人だけじゃない時もあった。
 別の日は二つ学年が上のわたしの兄が正座をして、その横に大量のたこ焼きのゴミが正座していた。(置かれていた。)一種の晒し首のようなものだろう。その光景を見た者はすぐに、誰が、なぜそこで正座させられているのかがわかったそう。

 高校寮の、中学の比にならないくらい壮絶な光景を川満さんはいつも中学寮で話してくれた。
 わたしたち下級生にとって高校の寮の話は希望だった。その話を聞く下級生はいつも食い入るように聞き、怖がっていたと同時に、楽しみで仕方なかった。

 そして、いつの間にか中学寮、高校寮周辺には、チリくずの一つも見当たらなくなるほど綺麗になっており、川満さん自体も自然と朝5時50分目が覚めてしまう体なっていた。めでたし、めでたし?

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