13歳、懲役6年 -先生、河田の指取れました。-
〜先生、河田の指取れました。〜
河田さんという先輩は前述した一階の独房生活勢の一人だ。毎日毎日反省日誌を書き、朝の清掃をして一階の特別反省部屋で、長きにわたる生活を終えた。
ある日の夜の集いのことだった。その日は寮監エンドウの日だった。夜の集いに河田さんと、その友達田中さんが来ない。エンドウの怒りはすぐにマックスとなり、もはや事務室から出てこなくなっていた。
すると上の階からスリッパの音が聞こえる。
パン!パン!パン!
それは少しずつ大きくなっていく。既に整列して待機しているわたしたち寮生が振り返ると、田中さんが焦って事務室へと走っていた。よく見ると、何かを大切そうに持っていた。
エンドウの「今何分やと思ってんねん!」という怒号の回答は、予想外の
「先生、河田の指取れました。」だった。
☆
学習室から寮へ戻った寮生は洗濯や、洗濯物干しなどの家事を急いでこなしていた。その他は音楽をかけたり、漫画を読んだり、廊下を走り回って放送で寮監に注意されたり、集いまでの短い時間は、とにかくわたしたちにとって貴重だった。
その貴重な時間に、河田さんと、田中さんはドアの引っ張り合いをして遊んでいた。幼稚だとか、何が面白いのか、とか思うかもしれない。
しかし、それ位何もない場所だったのだ。ゲームやケータイを没収された者、持ってきていない者はそれ程することがなくなるのだ。
重い鉄のドアで引っ張り合いするだけで笑い合える仲がいないと、この監獄のような寮生活を乗り切れなかったのだ。
河田さんはドアを引いていない方の左手でしっかりとドアが閉まる白い壁を持っていた。田中さんも河田さんも徐々にヒートアップし、引く力がお互いに強くなっていく。
集いの時間が迫る。
田中さんが引く手を緩めたその時、冷たい重い鉄のドアは処刑器具のように大きな音をあげ、閉まった。
数秒の静寂が終わる。次の瞬間、ぎぃとドアが開くと、そこには自分の手を押さえる河田さんの中指の第一関節が千切れて、鉄のドアに引っ付いていたらしい。
そして唖然としていたその次の瞬間には、集いに遅刻していることに気がつく。田中さんは急いで証拠品である「千切れ中指」を大切に持って階段を駆け降りた。そしてすぐにエンドウの目の前に見せつけて出た言葉が「先生、河田の指取れました。」だったのだ。
エンドウは怒りがマックス状態から急激な感情の方向転換を余儀なくされ、さらに取れた指を目の前にし、文字通り言葉を失った。
おそらく寮生の脳内広辞苑で『言葉を失う』と検索すると、まずあのエンドウが一番上に出てくるだろう。
一息つく間も無く、スリッパの音と共に、指を押さえて血まみれの河田さんがゆっくりと登場する。そして一言
「チョーイテェ。」
と笑いながら言い放った瞬間、エンドウの脳内はショートを起こしたに違いない。
通常であれば即病院であるところだったが「とりあえず正座しとけ。」と二人を通常の集い遅刻者として扱った。
戸惑いを隠せないのは他の寮生も同じだった。この状況でも集いを通常通り行うのかと。完全に思考回路がショートした通常マニュアル施行モードのエンドウにより集いは淡々と進められていった。
そして、「体調悪いもんおるか?」と最後の締めに入ろうとしていた。わたしたちは「それどころじゃないわ!」と心の中で叫んでいた。
そして最後にエンドウが
「通院希望おるか?」
と言った瞬間、後ろに正座した河田さんの血まみれの手が高く上がった。
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