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哀しいことや怖いことも豊かさになる

あなたの豊かさってなあに?

という質問に

ひとことで答えると

私の心の奥のほうから
あったかい気持ちが湧き上がって
「 わたし幸せ 」 だなぁ〜と
心が感じること。


この「わたし幸せ」は、どんな時に感じるのかしら?

 愛する人と寄り添うとき

 綺麗なものを見ているとき

 美味しいものを食べているとき

 良い本を読んているとき

 友達と心で会話しているとき

たくさんありますよね。

これらの「わたし幸せ」は、

「点」 と 「線」

のどちらに分けられるかというと、「」です。

「点」は、その時、その瞬間、ということです。
「線」は、ずっと、つながっている、ということです。

この幸せの「」が、今、ここにあれば、「わたし幸せ」です。
しかし、
この幸せの「」が、今、ここになかったら、どうでしょう。
今、「わたし幸せ」を感じないかもしれません。

なら、

「わたし幸せ」が、「」だったら
いつも、いつも幸せということですね。

では、「」って、どのような状態なのか

私のふたつの経験を通して、お話したいと思います。

〜哀しみから幸せに〜


昔、愛している人が
私のもとから去っていきました
その人は、愛する夫。

私たちには、3歳の息子がいました。
ある日、「夫がとても困ったことになった」と、私にこう言いました。

「好きな女性ができた。どうしていいかわからない
 どうすることもできない。」
と言います。

愛していた分だけ、
その言葉は、あまりにも残酷で、哀しすぎて、不幸すぎて
人生はおしまいだと、思いました。

ありえないこの事実に
自分を不幸にする想いだけが湧いてきて
マイナスのスパイラルに飲み込まれていきました。

夫は、彼女のところにいってしまった。
夫の心を変えることはできません。
哀しくて、哀しくて、息子を抱っこしながら泣きました。


あるとき、ふと、こんなことに気づきました。

この子は、今、幸せそうじゃない。
私と同じように幸せじゃない。
だから、私が幸せになって
この子を幸せにしてあげないといけない。

そのために、自分の心を変えないと。

そう!今の私は、自分で不幸を作り出していると
気付いてきました。

そうして、私の思考が、マイナスのスパイラルから
私を引き出してくれました。

幸せは人からもらうものではなく
自分の心が創り出すものだ

と思うようになりました。


〜 恐怖から幸せに〜


次男を未婚で産んで、一人で育てました。
この子が2歳のとき
難治性の白血病で、半分の人は死に至ると
医師から宣告されました。

あり得ない話です。
私よりも大切な命が亡くなるかもしれないなんて!!
この残酷なまでの事実に
怖くて、怖くて、心をどこに置いていいか
分かりませんでした。

透明のビニールカーテンの向こうは無菌室。
息子がたくさんの管に繋がれて、
痛い、痛い、と泣いていました。
強烈な抗がん剤の副作用で、全身がただれていました。
痛みを和らげるモルヒネを最大まで投与しても
痛くて横にもなれません。。。

なぜこの子がこんな目に遭わなければならないのか?
代わってあげられないのか?
骨盤移植がうまくいかなくて、この中で、この子が
死んじゃったらどうしよう。
誰か助けて!!と、
ずっと、ずっと、心の中で叫んでいました。

私は、泣いてはいけない、頑張って笑ってみせました。
しかし、私が恐怖で怯えていたことを
息子はわかっていた。
表情は、いつも辛そうでだったから。

そんな私を救ってくれたひとつは
大病を患っている子供とその家族でした。
死が近づいていることがわかっている子や親に
笑いや幸せそうな瞬間があるんです。
絶望的な場面であるはずなのに、そうではなかった。
信じられない光景でした。

致命的な癌を患っている女の子のお母さんが、
私たちに、気遣ってくれました。
フルタイムでお仕事しながら、
毎日病院に来るのは大変でしょう? と。
こんな小さいことに気を遣える余裕は
どこからくるのだろうと思いました。

そうして

女の子は、数ヶ月後に、お母さんの腕の中で
静かに息を引き取りました。

葬儀に参列しました。
幸せそうで、穏やかな表情をしています。
顔にそっと手をあてました。
硬くて、冷たいけど、なぜか温もりがある。
たった2年という、とても短い命だったけど、
お母さんは、たくさんの愛を育めたと言います。


哀しいことだけど、不幸ではない。
むしろ幸せなのかもしれません。

そうか・・・だんだん、気づいてきました。
息子は、今というこの瞬間を生きている!!
今、生きていることは素晴らしい!!!
この瞬間を大切にしよう!
明日どうなるか分からないのに

不要な心配することは不幸なこと

だと思ったのです。

そうして、この貴重な経験は、
望んでも得られるものではないと、
思えるようになりました。

息子の状況は何も変わっていないのに

考え方を変えることで 「わたし幸せ」

と、思えるようになりました。

今、息子は18歳になりました。
この先、体の中に残されたリスクがどうなるか分かりませんが
もしも、哀しいことになったとしても
「わたし幸せ」でいられると思います。

「わたし幸せ」が、「」であるということは、
どんなことがあっても
揺るぎない「わたし幸せ」の思考が土台に
あるのではないかと思います。

そこに「わたし幸せ」の「」が
日々の中に散りばめられていたら
もっと素敵なことですね。


最後に・・・

私だけ、幸せでいることが
私のありたい姿ではありません。

私だけでなく、
まわりのみんなも幸せであってほしい。

「幸せでいることが難しい」人の力になりたい。

私は、人からよく相談を受けます。
お話が終わったあと、こんな言葉を聞くと
本当に嬉しいものです。

・すごく元気になった!相談してよかった!
・心の整理ができました。
・やりたいことが明確になりました。
・安心して仕事に戻れそう。
・悩みだと思っていたけどそうじゃなかった。

幸せは、私たち、みんなの人生の最大のテーマ。

なぜなら、
私たちは、みんな幸せになるために生まれてきましたから。




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