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いつか見た風景 22

「ウワサを信じちゃいけないよ!」


 人の記憶ほど神秘とロマンと誤解に満ち満ちて、あらゆる愛や憎しみを増幅させるものはない。なぜならあなたの抱く小さな感情も、それから大いなる好奇心や想像力も、一つ一つのほんの小さな記憶の組み合わせによって出来上がっているのだから。

                 スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス


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 久しぶりに、ホントに久しぶりに孫がウチに遊びに来るんだよ。正直なところ顔も名前も、年だって覚えちゃいないが、きっときっと小さくて可愛いに決まっているさ。何しろ私の孫だからね。昔は私によく懐いていたって、私と一緒に将棋をしたりカラオケで歌ったり踊ったりって、私の息子を名乗る怪しい男がそう言っていたから私とはまずまず相性はいいはずだ。ところで昔ってのが気になるけど、一体いつ頃の話なんだろうか。随分と昔の気もするが、ほんのちょっと前のような気もするんだよ。まあいいさ、孫が来たら全ては判明するだろうから。何だかミステリーみたいで心が躍り出しそうだな。

 そうだ、孫に会ったら何を話そうか。世間話なんて野暮はつまらないだろうからね。取り敢えずジュースとかお菓子とか用意しておかないとダメなんじゃないかな。気の利いたオモチャでもプレゼントできたらきっと喜ぶだろうけど。いやいや困ったな、どんなオモチャがいいのかさっぱり分からないな。当たり前の普通の奴でもいいんじゃないかな、久しぶりの孫なんだから。当たり前の普通ってのはこの場合は何だ? そうだそんなことより、もっと大事なことがあったな。何しろあと何回孫に会えるか分からないからな。あとどれくらい、こんなあやふやな私の記憶でも維持出来るか分からないからな。


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 閃いたんだよ。孫へのプレゼントをさ。私が今思ってる大事なことを伝えようってさ。面と向かって伝えるのは難しいし大変だからさ、ちょこっとお絵描きして、子供でも分かるような、まあ絵本のようなプレゼントって訳さ。どこまで伝わるか分からないけど、気持ちは伝わるんじゃないかな、可愛い孫への私の気持ちがさ。タイトルはズバリ「ウワサを信じちゃいけないよ」ってね。私のウワサも色々聞いているはずだからさ、そう言うウワサに惑わされずにスクスク成長して欲しいじゃないか。


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 私にしてみりゃ私の息子を名乗るただの怪しい男だけど、君には大事なお父さんだろうからさ。でもね、だからって気を使う必要なんか全然ないからね。お父さんてのはさ、全く疲れを知らない生き物なんだよ。甘えたい時に顔色なんか気にしてたらダメだよ! それから君にはこういう記憶はあるかな? お父さんの運転するクルマでどこかにお出かけした帰り、助手席でうっかり寝てしまった君が少し強めのブレーキの衝撃でビックリして目が覚めるんだ。で、何があったのかって聞こうとしてさ、お父さんの顔を見ると、お父さんの顔が何だか知らない人の顔のようなんだよ。そういう記憶は、ない? 私はあるよ。ついこの前もあったんだよ。病院に検査に行った帰りにさ、アレ? コイツは本当に私の息子なのかなって。


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 コレはつまりさ、良いとこ取りなんてのは、思った程上手くはいかないもんだよってね、そう言う事なんだ。大人はね、直ぐに「何でも良いことは積極的に取り入れなさい」なんて無責任に言ったりするけど、簡単に信じちゃうと後で大変な事になったりするからね。だから子供の頃から何でも都合よく思った通りになんかならないよって、少しは肝に命じておいた方がいいと思ってさ。私も今さ、便秘の解消や記憶力の回復に良いからって、とにかく色々良いとこ取りさせられてるんだけど、どうなんだろうね、大した効果があるとは思えないんだよ。それどころか逆効果ってこともあるんじゃないかなって、密かに思ったりもしてるんだよ。


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 ちょっとシリアスな話になるけど、一度真面目に考えて欲しいんだ。君の周りには既に宇宙人が人間に擬態したとしか思えない連中がいるはずだからさ。そういう連中とどう付き合っていくか、どう距離を置いていくかってね。まあ、この話は奥が深いからさ、会った時にじっくり話してあげるよ。


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 ドッペルゲンガーとか平行宇宙の話も君にはまだ早いと思うけど、でもこれだけは伝えておかないと。いるんだよ、ホントにさ、自分と同じ奴らがさ。ある日そっと近づいて来てさ、こう言うのさ。「さあ、この世の不条理を共に分かち合う時が来ましたね」ってね。だから心の準備だけはしておいた方がいいんだよ。こういう話をすると、そんなのはSF小説とかマンガの中の架空の話しだよって馬鹿にする大人が多いけど、果たして本当にそうなのかな? でね、どういう心の準備が必要かってことはさ、ちょっとした秘密事項だからさ。コレも2人っきりの時に、ゆっくとさ、時間をかけて、アレだから、ね。


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 言葉通りだよ。いくら頑張っても報われない事ってあるからさ、でもね、だからって落ち込む必要はないんだよ。今のその現状の中にも、よくよく周りを見渡してみると楽しい事の一つや二つは見つかるからさ。だからソレを大事にして欲しいんだよ。人から見たら変てこりんで可笑しな事でもね。きっとその変てこりんで可笑しな事を一緒になって面白がってくれる人がいるからさ。そう言う人は大事にしなきゃ、そうそう私にも一人いるんだけど、金曜日のヘルパーさん。君にも今度紹介したいなぁ。

 えっ、何、どういうこと? 金曜日のヘルパーさん、こないの今週? どうしてよ、えっ、何で、シフトの関係だからって、聞いてないよ私は、いやいやそれはおかしいって、勝手にそんなこと、私の気持ちはどうすんのよ。えっ、代わりに来るのが男のヘルパーさん? ヤバイなそりゃ!


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 何より大事なのはコレ!ヤバイ時はやっぱ逃げるんだよ。太古からの受け継がれているはずの生存の遺伝子に逆らっちゃダメってね。そうだそうだ、コレも色つけて絵本に加えとくかな。えっ何? ウソでしょ、孫が来るのはまだ先って、来週? そうだったかな、こっちはちゃんと話したって、そうだっけ? 何だか気が抜けちゃったよ。ダブルパンチじゃないか全く。今週の私の運勢はどうなってるのよ。はぁ、そうかぁ、そうなのかぁ、来週かぁ…。それまで私は大丈夫なんだろうな? 今のこの感じ、ちゃんとキープ出来てればいいんだけど。


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