Dove炎上広告からみるDEI広告と表現の課題
広告炎上チェッカーとして、広告コンサルティングを行っている中村ホールデン梨華です。私は日本とイギリスで60案以上の炎上広告を市民の声を聴いて作りなおした経験があります。
イギリスで作り直した炎上広告の1つが、Dove(ダヴ)の広告でした。イギリス市民と話し合って、共感を集められるような広告コンセプトに作り直しました。
私は、海外のメディア知見に加え、今まで広告に取り入れられにくかった”一般市民の声”を聴くことが専門なので、その視点から今回のDoveの「#カワイイに正解なんてない」キャンペーン炎上広告について解説したいと思います。
令和になった今でも、広告の炎上が次々と起こります。その多くはジェンダー文脈やルッキズム文脈で批判を集めています。今回は、よかれと思って打った広告が想定外の批判を受けてしまったケースについて、広告制作プロセスで気をつけるべき点を海外視点、市民視点、及びビジネス視点に着目しながら解説したいと思います。
本記事がAmeba TVで紹介されました!
ABEMAヒルズの特集番組「ルッキズム否定広告のはずが...逆効果?」
1.元の広告と炎上理由の解説
Doveが2024年10月に渋谷駅で展開した「#カワイイに正解なんてない」キャンペーン
炎上理由まとめ
✅既存の美容界隈の美の基準を知らしめた
✅ルッキズムの助長に加担
✅掲載場所で影響力大
✅実社会が反映されていない気がする
✅企業の製品とのつながりのなさ
✅センシティブな話題を難なく語ってしまう
✅女性を消費する主体とする
✅「ズレてる」というメッセージと矛盾する表現
炎上理由解説
✅既存の美容界隈の美の基準を知らしめた
すでに存在する美の基準(ルッキズムに毒された言葉たち)を丁寧に説明付きで示すのは、広告の影響力を考えると加害性は拭えない。
✅ルッキズムの助長に加担
結果、この広告で初めてこの世に存在する美の基準を知った消費者は、自分の顔にコンプレックスを持ち始める可能性もある。「中顔面6.5cm」「遠心顔/求心顔」「出目」などの美容整形界隈やメイク界隈で使われる言葉が使われ、定義を改めて拡散してしまう構図に。打ち消し線で美の基準にあらがう表現であることの印象は強くなかったようです。
✅掲載場所で影響力大
渋谷駅は多くの人が通り場所で、その影響力は短期掲示とはいえ大きい。
✅実社会が反映されていない気がする
モデル女性が既存の美の基準で選ばれていて、結局ルッキズムの再生産に。実社会を広告で示すことがなぜ大切かはこちらの記事
✅企業の製品とのつながりのなさ
企業のイメージの向上UPのための広告とはいえ、消費者の頭の中でDoveで連想されるのはクリームや洗顔料。
そのDoveが美の基準について語る時に、骨格や顔のパーツの位置など製品では変えられない部分について言及するのは加害的だという意見がありました。
製品と広告表現のつながりが感じられない広告はビジネス効果も低いと調査会社ではよく言われます。
✅センシティブな話題を難なく語ってしまう
外見至上主義(Lookism)社会で生きる日本の女性たちにとって、テレビや広告に写ってるのは若い美女ばかりだから、”可愛いに正解なんてない”と言われたところで、共感にも慰めにもならない。というのが当事者女性の本音であるとすれば、この広告はターゲットの気持ちを逆なでするだけ。
https://twitter.com/___ephemerality/status/1843253177380163962
✅女性を消費する主体とする
Doveの販売する洗剤やボディクリームは男性消費者も使うものなのに、広告となるといつも女性向けに投げかけられることに対しても、疑問を持つ消費者が増えてきたようです。
男性よりも女性を消費する主体とする傾向は確実にあり、最近では女性の服の原価が低いのに、質が悪いことが問題定義されています。
✅「ズレてる」というメッセージと矛盾する表現
顔に対してあたかも正解があるかのような「ズレてる」という言葉は、文脈があるとはいえ、人を傷つけてしまったようです。
広告主の目的
Doveブランドを販売するユニリーバのプレスリリースで確認しました。
ターゲット
SNSの影響を受けやすい10代の女性とその親世代
広告の意図
国際ガールズデイに、若者の集まる渋谷で“私たちに必要ないカワイイの基準”と題し、画一的な美しさの意味や危険性を記した広告で、女の子のエンパワーメント
SNSに広がる画一的な美の基準に異を唱える
美の基準に縛られる必要がないと伝える
10代女性の自己肯定感を育む
Doveの広告で配慮されているところ
広告制作において、広告主が炎上のリスクを想定していた部分も見られます。
例えば
✅文字だけで広告を表現した
女性の写真を使うのではなく、テキストベースで表現したことは「カワイイ」顔を定義してしまうことを避ける目的だったのではないかと伺えます。
✅丁寧な情報集め
「中顔面6.5cm」「遠心顔/求心顔」「出目」などの美容整形界隈やメイク界隈で使われる言葉とその定義を載せられたのは、しっかりと情報を集めた事実が伺えます。
2.何が足りなかったのか
広告は見えない教育であるという意識
広告は単なる商品の宣伝ではなく、見えない教育として機能します。これはUN Womenやメディアの本「足をどかしてくれませんか。メディアは女たちの声を届けているか」でジェンダーが専門の白河桃子先生が述べています。
広告が見えない教育であることを踏まえると、
Lookismにもつながる美の基準を、改めてでかでかと渋谷駅に掲示してしまうことの加害性への認識があまかった、広告が社会に与える影響に配慮できていなかったという批判が成り立ちます。
消費者保護の意識
消費者(弱い立場の人)を悪影響から守る意識が欠如していたという批判も成り立ちます。
これは今回の炎上広告だけではないのですが、
日本社会において大きく欠落している視点だと思います。
そもそも日本には広告審査機関がなく、消費者に悪影響を与えてしまうような広告の出稿を止める規制システムや機関がありません。
このような「悪影響を及ぼすであろう広告が掲示されてしまう」社会自体、ビジネス優先で、企業活動や資本主義社会から市民を守る意識がないと言えます。
今回は割愛しますが、イギリスやアメリカなどの西洋社会では消費者を保護する目的から、広告規制ガイドラインが発足し、消費者に悪影響を与える広告を禁止できるようになっています。
特に今回のような若年層に向けた広告は、彼らの価値観形成に大きな影響を与える可能性があり、弱者と企業のような強者の価値観がぶつかって起こる炎上のリスクに対応するには、広告企業は「見えない教育者」としての意識と弱者を守る観点が必要です。
参考:過去に若者を不安にさせるとして炎上した広告
本質的なDEIへの理解
ダイバーシティ&インクルージョン、「多様性、公平性、包括性(DEI)」が重要視される中、多くの企業が社会によい広告をつくることに一生懸命です。
しかし、表面的なDEI表現にとどまってしまうと、かえって逆効果になることも。
実際に、DEIをうわべで語り、当事者への共感と情報が少ないまま、つくられた広告がDEIが進んだイギリスでも話題になっています。
実際に私が取り組んだイギリスの炎上広告作り直し市民プロジェクトでも、とあるイギリスの広告代理店が市民の声を上辺だけで理解してしまい、ルッキズムを再生産してしまう広告を作ってしまいました。
うわべでない真のDEIに配慮した広告づくりのためには、広告制作チーム自体の多様性を確保し、様々な視点からの意見や感受性を取り入れることが有効です。
が、これがなかなか難しい。
なぜなら広告業界に入る人の属性は限られているからです。これによって、広告業界は閉鎖的だと指摘されています。特に大手企業・広告代理店にお勤めの方々は都内出身で比較的裕福な家庭で育った人や有名大学を卒業し、普段その属性の人としか関わらない人が多く、そうでない属性の人が何に悩んでいるかを想像しにくいです。
アメリカ大手代理店BCWやBursonでGlobal Chief Inclusion Officerを務めるキャロルワトソン氏は、「DEIが大切と職場でいうのは簡単、普段誰とランチを食べているのか、それが多様性に寄与する」Towards Change市民広告展のパネルで語りました。
参考:日本の広告業界の閉鎖性については笛美さんの「全部運命だったんかい」や、女性広告社員との対談アーカイブにあります。
(これは広告業界だけの責任ではありません。どの業界も同質性はあるものです。)
今回の広告で言えば、
✅10代消費者の心情
✅若者の検索モーメント
を想像できる人が、広告制作チームにいなかったのかな?と思われます。
✅10代消費者の心情
10代のころを思い出すと、女子たちは、着る服や見た目に細かい基準があって、少しでもそこから離れると「よくない」ので必死にファッション誌を見たり、友達の意見を聞いたりしていたと思います。また「太った」「かわいくない」には一層敏感でした。
✅若者の検索モーメント
検索ワードを打ちこみ、自分と「美の基準」を比較する、鏡で顔を見る、顔を変えるための方法を調べる…自虐的な検索が多い、そんなのが日常茶飯事だった気がします。
3.ではどう対応したらいいのか
広告制作プロセスで、やさしくあれ
炎上しない広告は徹底的に「やさしい」ということを事例とともに知っていくのがよいと思います。
炎上しない広告は「徹底的に見る人にやさしい」。
ジョークがあっても、
比較表現があっても、
男女の対比表現があっても、
炎上しない広告は、複数の属性の人に対して、めちゃめちゃ配慮しています。
具体的にはこんな広告です。
企業コミュニケーションのやさしさ三段活用
企業コミュニケーションやさしさ三段活用です。
1. 価値観や信念の多様性が存在することを知る誠意をもつ
2. 扱う要素が社会でどう評価されているかを理解する(各属性がどうとらえるか把握)
3. 批判に対して企業として説明責任を果たす
これについては企業向けセミナーでよく話すので、ぜひご連絡ください。
ブランドの一貫性
そもそも企業がLookismに取り組む意味
企業が社会問題に取り組むことは、単なるCSR活動ではなく、その取り組みは真摯で一貫性のあるものでなければ共感は得にくい、と言われます。
今回は、クリームを主な商材とするDoveが、美容整形&メイク界隈の言葉を使ったことに、企業としての一貫性が感じられず、炎上しました。
販売する商品に合わせて肌を取り扱い、ボディポジティブの考えに由来するメッセージだったらよかったのかもしれません。
打算的に調査しない
最近、消費者への意識調査をして広告制作に当たったのに炎上するという例がよく見られます。
参考:調査結果をもとに広告制作にあたったが、女性から批判を受けた広告(柔軟剤メーカー)
「DEIに配慮して、消費者の声をちゃんと聞いてます!」と示すことを目的に、消費者意識調査を広告制作プロセスに組み込み、それをプレスリリースに掲載するキャンペーン手法はよいのですが、広告制作プロセスで、調査の結果を都合よく使ってしまう、消費者の声をそのまま使ってしまう節があると思います。
調査をしても、その声を解析度高く理解し、消費者インサイトに落として広告制作に使うことは難しいからです。どうしても「こういう調査結果をもとに、ソーシャルな広告作りたい」が先行してしまい、調査結果を、広告最終案の理想に都合のよいように解釈し、消費者の本当の気持ちを理解できなくなってしまいます。
参考:「炎上しない企業情報発信 ジェンダーはビジネスの新教養である」著者の治部れんげ先生の投稿
また、パワーバランスの強い日本ではどうしても、企業が消費者を見下す、軽視する傾向が見られる点にも言及したいです。
私が実際に聞いた言葉では「専業主婦は頭が悪いから」「消費者は何も考えていないから」「間違ってフェミニズムだと思われたら困る」「メイク自然系訴求なら売れるっしょ」などです。
4.海外のDEI表現に習う
海外のDoveも今回の日本での炎上広告と似たような「反Lookism」のキャンペーンを今年2024年に展開していますが、消費者に好意的に受けとれられているようです。
参考:The Code | A Dove Film | Dove Self-Esteem Project 5ヶ月で440万回視聴
そこでは、女性が外見評価のワードをPCで入力するシーンがあるのですが、検索ワードは「美しい女性」など大まかで、今回の日本のDove広告のように「中顔面や6.5cm」といった、具体的な美の基準を広告にそのまま載せることはしていません。
そういうところにも、日本と海外で、消費者保護の視点の有無が現れたように感じます。
今回炎上したDoveですが、海外での同じようなキャンペーン広告は、共感を呼んでいます。詳細について、共感される社会派広告の解説とその制作プロセスについてまとめています。
まとめ
Doveの「#カワイイに正解なんてない」キャンペーンは、良い意図から生まれたものの、その表現方法に課題がありました。今後はこの記事で述べた,
よりマーケティング上流のブランドとしての意識、企業ポリシーに注意を払うことで、企業は消費者への配慮と社会的責任を果たしつつ、共感を得る効果的な広告が作れると思います。
DEIはトレンドではなく、社会問題への対応、企業の利益向上のための選択です。
消費者に受け入れられる広告をつくるために
広告炎上や批判可能性を把握すること、メッセージを適切に伝える、適切に市民のリアルな声を聴くには、
社会背景や、ターゲットの傾向、感情など様々な要因を理解する必要があります。
広告評価や海外での広告展、市民参加型炎上広告のつくり直しプロジェクトを行った経験を活かし、企業向け支援を行っております。
もし自社広告、発信内容に不安がある方はお役に立てますので、ご連絡ください。
おまけ:ミームとしてもてはやされる広告
企業としては、この炎上広告がミーム化(SNS上でネタとして広がる要素)していることにも注目をするべきです。Doveの広告がミーム化したのは、多くの人々の関心を引き、批判を呼んだ事の現れです。批判はネタに代わって広がりやすいので、広告制作の時に、「どんな人が」「どう批判し」「どう広がっていくか」まで想定できるとリスク管理が徹底できます。
私が留学していたイギリスヨーク大学ではミームがどのように広がるかについての社会学研究が世界一ですが、その商業使用や若者文化の醸成、元の広告への影響についての研究もなされていました。
またこれについてもまとめます。
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