アントン・チェーホフ 「箱に入った男」 書評
岩波文庫 から出ている、チェーホフ 著「ともしび・谷間」の中にある「箱に入った男」を読みました。
冷え込みが深くなってくると、ロシア文学独特の憂愁がなんだか身に沁みてきますね。
これは短編の三部作の一つ目の作品です。
1.箱に入った男
2.すぐり
3.恋について
と続いていきます。
どれも20ページほどの短い作品です。
あらすじ
ある夜、獣医のイワン・イワーヌイチと中学校教師のブールキンが狩猟に行き暮れて、ある村長の納屋で一夜を明かすことになった。
夜が深まっても二人は眠らなかった。
ブールキンは、二ヶ月前に亡くなった同僚のギリシア語教師のベーリコフについて語り出す。
ベーリコフは、天気の良い時でもオーヴァーシューズを履き、傘を持ち、綿入れ外套の襟を立てて着たりなど、外界から自分を遮断させる極度に内向的な人物であった。
それは、彼にとって絶えず不安に陥れてくる現実から身を守るすべであった。
また、規律や制限、禁止をこよなく愛し、許可だとか規律の逸脱などを極度に嫌った。
いわゆる自分自身も思想も箱に閉じ込めってしまった男なのである。
ベーリコフは同僚や街の人たちの間で、催し物など、社会的交流が行なわれようとするたびに、監視の目を光らせることを自らの使命としていた。
その影響なのか、街の人は何をするにも気兼ねするようになり、ベーリコフは恐れられた存在となっていった。
そんなベーリコフに、なんと結婚話が持ち上がる。
新しく赴任してきた地理歴史の教師(コワレンコ)の姉であるワーレニカは、30過ぎの陽気で華やかな女性で、校長先生の「名の日の祝い(注)」の集まりで、ベーリコフと意気投合する。
(注)ロシア正教徒は誕生日の代りに自分と同名の聖者の命日を〈名の日〉として祝う習慣があり、これを〈名の日の祝imeniny〉と呼んでいる
これを面白がった周りの人間は二人を結婚させようとさまざまなことを画策し、二人もまんざらでもない様子であった。
しかし、ベーリコフは結婚の話が現実的となると、結婚につきまとう義務や責任や、将来の不安が膨らんでしまい、あと一歩が踏み込めず、ずるずると時間だけが過ぎていった。
ある時、ベーリコフは学校の遠足の引率中に、突然ワーレニカ兄妹が、楽しそうに自転車で走り去っていく様子を目にして、驚愕する。
ベーリコフにとっては、いい年をした男女が自転車を乗り回すなど、自分の考える規範からして、考えられないことであったのだ。
ベーリコフは、後日、コワレンコの家を訪れ、そういった行動は慎むようにと苦言を呈すと、コワレンコは
「自転車に乗って何が悪い、僕の私生活に口出しをするな」
と反発し、ベーリコフを家の外へ突き飛ばした。
ベーリコフは階段を転げ落ちると、ちょうど帰宅したワーレニカがその様子を目にし、大声で笑い出した。
その事件をきっかけにベーリコフはさらに塞ぎ込んでしまい、ひと月後には絶望のうちに死んでしまった。
ベーリコフの監視の目によって禁止や制限を強いられていた学校や街は、前の活気を取り戻すと思いきや、陰気さはまったく変わらず元の木阿弥であった。
ブールキンは、ベーリコフの話を以下のように締めくくる。
ーーーーーあらすじ終わりーーーーー
感想
この小説では、一見、進歩している現代にも、規律や禁止を愛し、殻に閉じこもりたがる人間は非常に数多くいるのだと、ベーリコフという少し極端なケースを用いて説明している。
私もどちらかというとベーリコフ側の人間である。
オーヴァーシューズは履かないが。
私たち人間は進歩、進化の道を一心に歩んでおり、それは絶対的な正義として崇められている。医療、科学、工業、音楽、スポーツなどなど。
進歩は加速しており、もはや止めることはできない。
進歩に貢献するものこそが、社会に必要であり、足を引っ張る人間の価値はかなり低いと見られている。
私は、製造業の会社に勤めているため、特にそれを感じる。
毎日聞く、改善、改善、改善、改善、改善、、、
毎日この言葉に悩み、もはやなんのために改善をしているのかわからなくなる時がある。
本当は、変化を好まず、自分でものごとを考えず、誰かが作ったよくわからないルールに従って、なんとなく平穏な日々を送りたい人は、結構多いのではないだろうか?
こんな激動の世の中だからこそ、箱に閉じこもってぬくぬくと暮らしていくのである。
ただ、残酷なことにも、人生はどこかで箱から抜け出しチャレンジしなければいけない時がある。
ベーリコフにとってはそれは結婚であったが、果たすことができなかった。
また、箱に閉じこもっていても、社会の変化は止まることがないので、いざその箱が破壊された時は、絶望的に脆い。
なにせ不安から逃げ惑い続けているので、耐性もない。
ベーリコフは階段を転げ落ち、赤っ恥をかいて、絶望のうちに死んでしまった。
ベーリコフにとっては、階段から転げ落ちるだけでも大事件なのに、好きな女にその姿を見られたなど、絶望死するには十分過ぎたのである。
ますます進歩し、複雑化していく社会は「箱」に入った人間とそうでない人間とで、さらなる二極化が進むのではないだろうかと考えてしまう。
何せこの不安だらけの世の中である、箱の中に閉じこもりたくなるのも頷ける。
チェーホフは箱に入った人間を、ユーモラスに風刺したかったのだろうけど、私には箱に入ったベーリコフに愛着を感じてしまった。
残る二篇も読み進めたいと思う。
とても良い作品だった。
ーーーーー感想終わりーーーーー
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