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他人の人生ではなく自分の人生を生きられる考え方

人の目を気にしてしまうのは、自分で自分を受け入れてあげることができていないからです。

人間にはどうしても他人から褒められたり、認められたりして「承認欲求」を満たそうとする側面があります。

アドラー心理学では誰かに認められようとして他人の人生を生きていると、自分の人生が他人の人生になってしまうとして「過度な承認欲求の否定」として、過剰な承認欲求を持つことを否定しました。

アドラー心理学を解説した名著「嫌われる勇気」を読んだことがある人も多いと思いますが、ここで注目して頂きたいのが「過度な」というキーワードです。

つまり、人間と承認欲求とは切り離すことができないものなのです。

承認欲求を持つこと自体は当たり前なこと、過度に持ち過ぎたり、他人からの称賛を求めすぎることは控えて、自分の本心からやりたいことをやって自分の人生を生きましょうということです。

なぜ、人は他人からの評価を気にしているのか?

あなたにも他人の目を気にしたり、他人から認められたいという気持ちがあると思います。

しかし、あなたが本当に自分をちゃんと評価してほしい、認めてほしいと思っている人は誰でしょうか?

答えは簡単です。

それは「自分」です。

人間は誰よりも何よりも、自分に一番認められたいと願っているのです。

他人からの評価を気にしているのは、他人からの評価を通して自分を認めたいからです。

要するに、人は自分で自分を認めることができないでいると、他人のフィルターを通して、自分を認めるかどうかを決めようとするのです。

どんな小さな事でも、自分で自分を褒める習慣をつけるようにすれば、自然と他人の目は気にならなくなりますし、自己肯定感を高めることもできるのです。

たとえばですが、他人からの評価がそのまま自己評価に繋がるわけではないたとえ話をします。

あなたが働いている場所に田中さんと佐藤さんという上司がいるとします。

どちらに褒められたり、認められても嬉しいはずなのに自分次第でこのように捉え方が変わってくるのです。

「田中さんから褒められた」→「自分には価値がある!」

「佐藤さんから認められた!」→「いや、でも自分はそんなことないし…」

もちろん、田中さんと佐藤さんがどのような人物なのか、自分がその二人を心の中でどう思っているのかによっても捉え方は変わることでしょう。

しかしながら、まったく同じようにこの二人が尊敬できる上司だったとしたならば、後は自分の捉え方次第です。

他人からの評価が、必ずしもその言葉の通りに自己評価に繋がるという訳ではないということがお分かり頂けましたでしょうか?

つまり、あなたは他人からの評価を気にしているのではなく、他人からの評価を通して自分を認めたいと願っているのです。

何が言いたいのかといいますと、他人からどう思われようと、あなたの心に何かしらの影響を与えることはあっても、あなたの価値には変化もなければ、自信をなくす理由にもならないのです。

自分で自分を褒めて、認めてあげるようにしていればいいのです。

アドラー心理学の課題の分離という考え方で解説すると、自分の価値は自分で決める自分の課題、他人が決める他人の課題ではないということです。

当たり前なことですが、ミスを連発しても、他人を傷つけていてもそれでいいと自分を認めようとすることは単なる甘えです。

自分のうまくいったことを褒めたり、認めることが大切であるということですので誤解なきよう。

結論、他人からの評価を通して自分の価値は決まらないので、他人からの評価に一喜一憂するのはやめましょう。

誰に好かれようと嫌われようと、一喜一憂する必要はありません。

そもそも、みんなから好かれることも、みんなから嫌われることも不可能です。

嫌な人や場所からは離れて、自分の好きな人たちと関わっていればいい。

自分を押し殺してまで、付き合う価値のある人はいない。

何であなたが他人の好む生き方をしないといけないのです?

自分の人生を生きよう。

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