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#形而上学
自分の内側の葛藤と抵抗がわき起こってくるということは学びがはじまったということ
コースを学んでいく上で知っておくべきこと私たちは、幸せになりたい、幸せでありたい、と思って生きています。
それはこの世界にいる誰もが抱いている共通した想いであるといえます。
もちろん、コース学習者たちも当然ながらそうなりたい、そうありたいと思ってコースを学んでいるわけです。
ところが、コース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)が教えていることを理解するようになると、この世界には自分を幸せにし
「つながる」ということについて
一なるものとしてつながっている一体性「つながる」とは、すべてのものとつながるということです。
それは、全体とつながるということであり、そうでないならば、それは「つながる」とはけっして言いません。
もし全体とつながるのでないならば、それはただ分離を強化しているにすぎないということです。
その一例が、この世界(形態)の中でみんなとつながろうとする試みです。
形態におけるつながりは、全体とつなが
コースの理論を第1レベルと第2レベルの二つのレベルに分けて捉えること
形而上学上の理解の混乱を起こさないためにコース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)は一元論、いわゆるノンデュアリティ(非二元)のスピリチュアリティ(霊性の道)であることは周知のとおりです。
私自身もさまざまな一元論、非二元のスピリチュアリティを探究してきたわけですが、私がコースを学んでとくに素晴らしいと感じたところは、その教えを「第1レベル」と「第2レベル」の二つのレベルに分けて捉えていくという
「破壊するための赦し」ではなく、「真の赦し」の実践ができるようになるために
とりわけ無価値な形の否定この世界は幻想である。
この世界は実在しない。
それがコース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)の教えの中心概念であり、私たちコース学習者は赦しの実践を通してこの世界をそのように知覚することができるようになるために学びと実践(訓練)をしているといえます。
ただし、その実践は、自分が知覚しているもの、感じているもの、経験しているものをただやみくもに否定していくことではな
これまで学んできた非二元や悟りの知識をいったん脇におくつもりで
コースは他の非二元のスピリチュアリティと共通するところとそうでないところがあるなぜコース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)を学んでいるのか?
というなら、コースの教えを学んで、その実践を通してこの世界の夢から目覚めていきたいと思っているからこそ、私たちはコースを学んでいるわけです。
だとしたなら、その教え(形而上学)を徹底的に理解していくことは当然のことだといえましょう。
でもときに、コー