見出し画像

服のことを考えられるのは平和だから。今服のことを考えるのは、平和だからではなく、平和を作る決意を込めて、なのだと思う。

<<ファッションのことを考えられるのは平和であるから>>
「大変というか、慣れました」
 コロナの前線でずっと戦っておられる医療関係の顧客様。緊急事態宣言下では誰もいない電車に乗って、早朝から深夜まで病院に通勤されていた。一旦落ち着いたかに見られた陽性者数が、日に日に増してこれまでの最多を更新しているようになって、近況を伺った時に聞いた言葉。
 
 どんな気持ちで仰っていたのかと思う。大変に違いないけど、慣れるしかない。こうして今も支えてくださっている。
 
 コロナで亡くなる方は、最後に家族とも会えずに骨になってお帰しするしかない。お知らせが最期のお別れになるとは戦時中と言えるのじゃないかとさえ思う。そのように会話は続いていきました。
 軽々しく書けることではないし、本当の当事者様やその現場に立ち会っておられる医療関係の方の気持ちは想像に余りある。慣れる、という言葉の裏にある想像も付かないほどの想いと、それでも使命を全うされようとしてくださっている責任感。
 何気ない会話の延長で交わした中で出てきた「慣れました」「戦時中」の言葉を飲み込むのに、感情的に発した言葉ではなくしっかりと仰ったこともあり、私は何度も同じことを聞いてしまった。今も、その言葉を繰り返し思い出し、考えている。
    
   
   
 8月になるといまだに思い出す。小学生の頃、宿題の読書感想文で戦争に関する本を読み「祖父は海軍で上官になることを目指していましたが、戦争が終わってその目標が無くなってしまった。」と言うような内容を書いた。その年の学年代表に選ばれたように記憶している。私の気持ちは、戦争とは価値観や人の運命を変えるもの、と祖父の”キャリア”を書いたと覚えている。
    
これまで信じていたもの、信じ込もうとした道が、真逆になる。
全ての人にではなく一部の人に強烈に価値の崩壊が起こる。
  
  
 小学生の時に想像していた祖父や家族の気持ちとはまた違うことが、コロナにあって格差が顕になった今浮かんできた。本当はどうだったんだろうか、おじいちゃんは。祖父の13回忌は既に済んでいるが、実家の祖父の寝室には 当時の橋本龍太郎総理大臣からの感謝状が飾られたままだ。どういう気持ちだったろう、本当のところは。ただ、変わらないのはずっと私にとってのかけがえ無い大切なおじいちゃんです。 
  
  
  
   
 嬉しいから笑うのではなく、笑うから幸せになる。      
 今服のことを考えるのは、平和だからではなく、平和を作る決意を込めて、なのだと思う
。だからこれからも誇りを持って、平和を作っていこうとする方に出会える自分になる。
 笑っていよう、まずは目の前の大切な人のために。誰しもの心にある想いだと思うし、毎日服を着ているから。


TWITTER:  https://twitter.com/atsukonishihata
INSTAGRAM: https://www.instagram.com/a.nishihata

よろしければぜひサポートをお願いいたします。読者の方ともう一歩深いコミュニケーションを深めたり、濃くご覧くださっている方に向けて何をお伝えできるかより考えていくきっかけとして役立たせて頂きます。