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保育士だった6年はまるで義務教育の卒業のようだった


3月30日、保育士を卒業しました。

大学を卒業して、幼稚園教諭として社会人をスタートし
幼稚園、子ども園、保育園
私の中でこの6年は
まるで義務教育のような6年だった。

リアルな義務教育を受けていたころの記憶は
ほぼなし。本当に忘れるのが得意。
たぶんこの6年のことも忘れてしまうだろうけど
総じて面白楽しかったから残しておく。



1年目、初めの幼稚園はどしょっぱなから
よくわからない洗礼を受けた。
俗にいう新人のルールなのか?おん??

右も左も前も後ろもわからないわたしは
とにかく「ナニコレ?」の違和感を感じながらも
とりあえずここで頑張らなければ!と必死で動いた。
愛想振りまいて、なんとなく周りを察しながら
「良い新人」いや、「できる新人」を演じた。

自分で自分に高いハードルを課したもんだから
途中で苦しくなってくる。
周りの目もより厳しくなり
余計に当りがきつくなり
とうとう名前も返事もされなくなった。
ちーーーーーーーーん。

年度途中で退職しました。

できないことは、できないと言っていい。
わからないことはわからないと言っていい。


退職後すぐに大学のお友だちの紹介で
再就職が決まった。
春から保育士として2年目のスタートを切った。

また新人(二度目の)洗礼を受ける。笑
今度はちょっと違った。
新卒じゃない、異端な者だったからか
先輩ギャル保育士からの攻撃に遭った。

しかしまあそれがちんちくりんな攻撃だったから
素直に疑問を返したら
逆鱗に触れたらしい。
無意識に痛いところを突いてしまったんだろう。笑

素直すぎても、火に油。
従わず、逆らわず。

しかし、そのあとすぐにギャルは退職されて
晴れて保育園には和やかな空気が流れ始めた。
(どんだけ影響力があったんだ・・・恐るべし。)

合わないものは離れていく

3・4年目は新人さんとクラス主任と3人でクラスを運営した。
2度の新人洗礼を受けた経歴のわたしは
1年目の先生たちに
どうか楽しくいてほしいなあ~
(⇒痛い目になるべく合わないでくれ~の意)
という思いで一緒に過ごしていたけど・・・

やはり洗礼はあった。笑
それで、一人の子は途中退職をしてしまった。
当時めちゃくちゃ心が痛かった。

今、思えば
性格や考え方、スタイルのちがいを
まとめよう、擦り合わせようとするから
お互いに無理してしまって
ストレスを感じたり
この子とは合わない!なんて
人そのものまでをも嫌ってしまう
ことになってしまったのではないかと思う。

それ、いる???

お互いに苦しいし辛い。
そんなのやだやだー!

まとめるんじゃない。合わせるんじゃない。
お互いに自分を見つめて、磨いていく。

みんなちがってみんないい。
良く言われるけど、これめちゃくちゃ大事。
(×大切とは違う。 ⇒大きな事だという意味)

一人ひとりのスタイルを確立し続ける。変わり続ける。
十人十色。レンジャー。全方位型保育。循環。共生。


そして5年目。
幼児クラスの担任になった。
1年目以来、久しぶりの一人担任だったが
全く緊張も不安もなかった。
なぜか根拠のない自信があった。
「今年はめちゃくちゃ楽しくなる!」

幸い、副担任の先生もいてくれたので
わたし:イメージする担当 副担:形にする担当
のような感じで
頼りながら、お願いしながら
自分が楽しい!と思うことを
どんどんやりまくった。

わたしは子どもたちとおんなじだった。
わたしも子どもでオトナだし
子どもたちもオトナで子ども。

子どもたちと一緒に笑うことはもちろん
泣いたことが記憶に深い。

怒るよりも泣くことのが多かった。
必死に思いを伝えていた。
そんなわたしを見て、涙をする子も多かった。

怒れてしまうのは悲しいから。

笑い合って泣き合って
とにかく全開でいた。

そして
頼る、任せるを無意識に行っていたからか
息切れすることなく
ほぼノー残業で健康的に1年を終えた。

こりゃあ、全力でやり切った!!!と思った。

そして、次のステップに行こうと決めた。



6年目、新規保育園に異動した。
1年目ってどんな感じなんだろう?
どんな風に創り上げていくんだろう?

新しく始めるってワクワクだ~!!!
と期待を胸に異動をした。

5年目と同じく、幼児一人担任。
またまた副担任の先生がいてくれたので
心強かったが・・・

今までと何かが違った。
新しい園、新しい人、新しい物・・・

前の園では既存の流れに乗ればよかった
園のカラーもやり方ももう出来上がっている。
その中で自分のやりたいことをやっていた。


今思えば、まっさらなところで
わたしはあわあわしていた。笑

子どもたちにわたしはなにができる?
むしろなにしたらいい?
どんなことをやる?

いつの間にか答え探しの日々になっていた。

こうじゃない。ああじゃない。
これも違う。あれも違う。

まっさらなところで
なにかを創ろうと、なにかを得ようと
一人で必死にもがいていた。

まるで水なんてないのに
あると思って
ぶくぶく溺れている感じ。

あらあら。

何かを創り上げることは立ち止まってできるものではない。
一人でできるものではない。


はたと気づいた。
目の前にいて、楽しむ子どもたちを見た。
ずっと動き続けているみんながいた。

ひゃ~~~~~~~~
わたしも楽しんでいこ~~~~!!!!!


宇宙???
個と個がぶつかり合って形になる。
反応、作用。形成。


そんなこんなで
今まで考えていたこと追い求めていたものを
くしゃっと丸めて、ポイッとした。

経験?こだわり?プライド?
ぽいぽいぽいぽ
ぽいぽいぽぴーーーーーーー

そしたら面と向かって子どもたちと
向き合うことができた。
たくさんおしゃべりもした。

遊びにはついてけない時があったので
「ごめん、先生、生まれたての赤ちゃんにはなれない。」
と断ったりもした。笑

我慢しないし無理もしない。
わたしはわたしのできることやったよ。
やりたいことをみんなとやってみたりもした。

ありゃ~上手くいかんかったかなあ
と思うことも
みんなはとっっっても楽しかった!
と毎度言っていた。

最高やんけ!!!


退職する日が近づくと
びっくりするくらい
子どもたちが寂しいと泣いてくれた。
ある日には、他クラスがお昼寝してる時に
泣きのコンツェルトが響き渡り
あくせくもしたけど
本当に本当に驚きと
そして嬉しさを感じた。

なにもなくていい、なにもないからなんでもできる。


わたしの6年間の義務教育は幕を閉じた。
濃いいいいい6年間だった。

冒頭でも言ったけど
総じて面白楽しい日々だった。


簡潔に言うならば

【なにもなくなった】

が一番しっくりくる。


ほろほろと
落ちて取れて流れていった。


そういえば
夏ごろに
「無になりたい」って
理由なく言っていたのが
ちゃんとはじまっていて
実は順調だった。


嬉しい。

6年間ありがとうございました☺




動き変わり続ける毎日を
楽しみに

創り生まれ続ける毎日を
楽しみに



いってきまーす!

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今日もありがとうございました!

明日も良き一日をお過ごしくださいね🌏💕


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