糸田あびか

イギリス在住20年。日→英で転職したプログラマーの日本人夫と、娘、息子と暮らしています…

糸田あびか

イギリス在住20年。日→英で転職したプログラマーの日本人夫と、娘、息子と暮らしています。 書くのも楽しいけど、皆さんのnoteを読むのはもっと楽しい! 時差で変な時間に出没しますゴメンナサイ。イラストは、キモカワ系フリー素材さんからお借りしてます。

マガジン

  • ご紹介いただきまして

    恐れ多きもご紹介いただきました。

最近の記事

記事に書くのは「事実」か「否」か

唐突ですが、みなさんのエッセイや日記は、 事実をそのままに書きますか? 私のはおおむね事実ですが、 書きやすく、時系列を入れ替えたり、 少しだけ内容を変えることがありまして。 例えば、前回の記事「老い老い、なんつって」。 本当は、少しだけ事実と違う。 実際は「欠けた」ではなく「折れた」。 前歯が折れた、が事実である。 実は、noteを始める2年前、 疫病禍で娘の夢が潰えたり、母が亡くなったころから、ひどい歯切りをするようになった。 朝起きると、枕に血。そして、そ

    • 老い老い(おいおい)。なんつって

      大根スティックで、歯が欠けた。 大根てアンタ。 もしかして、これが「老い」というヤツか。 老い老い(おいおい)勘弁、なんつって。 年齢のみならず、不摂生もあるにしても、年々体力気力が落ちているのに、こんなことがあると、更にガックリきて気分が沈む。 そもそも、 何というか、こう「明日へ」というか、「生」と言うか、この頃そういった情熱が湧かない。 身なりも、かなりいい加減になった。 娘が片方なくした「緑の水玉靴下」を右足に、 息子が片方なくした「赤の星模様靴下」を左足

      • 玄関をあけるとベーブルースが立っていた

        2年前の疫病禍イギリス、 ロックダウンの規制は厳しかった。 食料品以外の、店や施設、学校、職場など全てが閉まり住民は外出禁止。 散歩にでる人もなく、車も走っていない。 郵便やゴミ収集も止まっていた。 外に出るのは、毎晩8時に玄関先までの、 医療関係者に感謝の拍手をする時だけ。 世界が滅亡したかと錯覚するくらいに、町は静まり返っていた。 そんな緊迫した日々のある日。 鳴るはずのない家のドアベルが鳴った。 恐々そっとドアを開けると、 野球の神様、ベーブ・ルースが

        • イースター連休終わりの「なんじゃそら」

          前回のあんな『つぶやき』にまでも、 スキやコメントいただきまして、 みなさんの優しさに胸がいっぱい。 鬼平犯科帳の人情話にシビレていた、我が祖母の気持ちが、今まさに良くわかる。人の温かさに感謝に次ぐ感謝であります。 久しぶりの旅行は楽しかったです。 しかし帰宅すると、見たくない現実がそこに。 『暖房が使えない』 春とはいえ、イギリスの朝晩はまだ寒い。 服を6枚着て靴下を2枚履き、 今、これを書いている。 どうしてこうなったかと言えば… それは、連休初日に、息子

        記事に書くのは「事実」か「否」か

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        • ご紹介いただきまして
          11本

        記事

          何でもないフリをしてmacbookを開く。 書けない。 最初の一文字がどうしても。 心地良いはずのボサノバが、耳元で一音一音切るように叫ぶ。 ガロン 私みたく汗をかいたモヒートの氷が溶けていた。 なんつてー😆そんなかっこいいコトでなく、子の春休みでしばし留守にします!

          何でもないフリをしてmacbookを開く。 書けない。 最初の一文字がどうしても。 心地良いはずのボサノバが、耳元で一音一音切るように叫ぶ。 ガロン 私みたく汗をかいたモヒートの氷が溶けていた。 なんつてー😆そんなかっこいいコトでなく、子の春休みでしばし留守にします!

          ここは地獄の3丁目

          今、私は「地獄の3丁目」にいる。 なーんて、意味深に言ってみたけれど、 本当は『地獄の3丁目』と、夫が名付けたスターバックスでコーヒーを飲んでいるだけでありまして。 しかしながら、ここに座ってみると、 わが夫ながら、言い得て妙だと思うわけで。 なぜなら店内は、ほぼ男性のひとり客で、 本やPCを広げる人、スマホをみつめる人、 三者三様、年齢層も違うけれど、 共通項は『妻/彼女の買い物待ち』。 証拠に、紙袋をたくさん持った女性が、ひとり、またひとりと彼らを迎えにきては

          ここは地獄の3丁目

          続続・言うべきか、言わざるべきか

          前回、前々回からの、 日本人同士の気まずい『お間違い』、 1人目が、櫻井よしこ似マダム、 そして、デビ夫人似マダムを挟んで、 今回やっと、私がどうしても指摘したかった、2つ目の『お間違い』でございます。 それは私が数年前に、近所のカレッジで英語(EFL)クラスを受講していた時のことでありまして。 そこで同じクラスになったのが、 私が勝手に『君島十和子』と呼んでいた、 日本人マダム。 「君島十和子」似の、控えめで品位ある大人の女性であった。 巻き髪、お化粧、ハ

          続続・言うべきか、言わざるべきか

          続・言うべきか、言わざるべきか

          前回の続きです。 多数コメントをいただきまして、あびか感謝感激でございます。で、そのお返事を書きながら、思ったのですが。 なぜイギリス人による名前間違いは、 名前が長くなるのか。 ◯「アビカ・イトダ」 ✕「アビィ・カーンヌ・イッツダイン」 これまでの傾向を鑑みても、何かを足すのは、英名に寄せるためであるのは明らか。 ここで、思う。 これ、もし外国人が日本で、 「こんばんは。フレデリック・フランソワ・ショパンです」 と名のり、それに対して、 「ふれ‥あ、はいは

          続・言うべきか、言わざるべきか

          言うべきか、言わざるべきか

          この世界情勢を受けて、ガス電気が値上がりするというので、ガス屋さんに電話して見積りをとることにした。 あれこれ話し、最後に資料を送るからと名前を聞かれる。 「アビカ・イトダ」 これ、大概一回では聞き取られない。 何とかわかりやすいように、 「イトーダ」と ちょっとアクセントをつけて言ったり、 「 I(アイ)、T(ティー)、O(オー)…」 とスペルで言ったりするが、 アルファベットでさえも、 私「T(ティー)」 相「P(ピー)?」 私「NoNoNo, T(ティー

          言うべきか、言わざるべきか

          戦争がわからない私が思うこと

          『ウクライナに祈りを捧げる会』があった。 60名ほどいただろうか。 ウクライナの国旗を体に纏う人も見られた。 家族を国に残してイギリスで働いている人々も多いと聞く。キャンドルを各々灯し、家族の無事を祈っておられた。 最後は、ウクライナ国歌の斉唱だった。 「ウクライナ国家は滅びず。その栄光も、その自由さえも!…」から始まる国歌。 これまで幾多の侵攻をうけ、独立を悲願としてきたこの民族の歴史の中で『自由』の持つ意味合いはきっと重い。 全員が泣きながら歌っていた。 告知

          戦争がわからない私が思うこと

          逆ギレ編: 思い込んだら試練の道を

          イギリス観光地の女子トイレは、 高確率で長蛇の列である なので、娘が幼児のころは公共トイレの個室へ一緒に入っていた。娘がコトを済ませ、 「次はお母さんの番ね」 「はーい」 「動かないで、待っててよ」 「はーい」 と、私がズボンを降ろし、 便座に腰を降ろした頃合いで、 「お父ーーーさーーーん」 カギを開けて娘は出ていく。 しょせんは幼児の口約束である。 お、オラに力を貸してくれ… と、尿道括約筋をフルで使っても、 もうどうにも止まらない。 尿は急には止まらない

          逆ギレ編: 思い込んだら試練の道を

          わたしの中で北島三郎が歌うとき

          『我慢できなくなってからするのが、 本当の我慢』 と、歌っていたのは北島三郎だったか。 長年お世話になっている年上の友人が 仕事で一日家をあけるので、 彼女のご主人のお世話を仰せつかった。 ご主人は御年80歳の英国人紳士。 軽度のアルツハイマーを患われており、 長時間ひとりにするのは心配とのことだった。 名門大学の元教授で博識な方なので、私も話していて、とても楽しい。 そしてお世話と言ってもフィッシュ&チップスでも買ってきて、昼食を一緒に食べるだけで良いと仰るので、

          わたしの中で北島三郎が歌うとき

          スキと言ってくれたアナタ

          「書くこと」を避けてきた子供時代。 年賀状は、みかん汁で炙り出し。 友達との交換日記も絵だけ。 夏休み日記帳は、最終日に友達の日記から天気だけを書き写し、 「晴れは良い」「雨も良い」 と天気だけで日記を書き、 ネタが尽きようとも、 「晴れ。ぽかぽかぽかぽかぽかいい気持ち」 と、絵本風の擬音や、 「曇り。あなたのみている曇りは私の晴れ」 と、意味がありそうで全くない天候ポエムなどで乗りきった。 「読書」も、「感想」も、「文」も嫌い。 そんな子供だった私が、not

          スキと言ってくれたアナタ

          子の日本語で、人の出世をジャマしたかもしれない話

          やはり言語というものは、 日常に溶け込んでこそ体をなしていくものだとつくづく思う。 うちの娘は生後9ヶ月で日本を離れて、 息子はイギリス生まれ。 日本で生活をしたことがない。 だから、いくら日本語を机上で教えても、 人に接しないとわからない事もある。 例えば、『敬称』。 日本語の場合、呼び捨ては失礼。 お友達には「ちゃん」、 大人には「さん」をつけなさい。 でもお手紙は「様」やな。 「母さんと母ちゃんの違いは?」 んー、mumとmummyくらいの差かな。 でも他

          子の日本語で、人の出世をジャマしたかもしれない話

          ホームシックになったらば、想像力を鍛えればいいじゃない?

          ここ数日、自分の仕事終りに、 友人の日本食ケータリング業の手伝いを 深夜までして、帰宅したらバタリと寝、 大好きなnoteも開けずに寂しい日々でございました。 しかも、大量のお出汁の香りを嗅いだら、日本食が恋しくなり.. 日本であれやこれやが食べたい!と、 今、私は気が狂わんばかり。 そこで思ったのです。 4年も日本に帰国していないホームシックな私を助けてくれるもの。 コロナにも、邪魔されないもの。 それは、想像力。 想像力ではなかろうか、と。 義母が水族館で「

          ホームシックになったらば、想像力を鍛えればいいじゃない?

          節分に聞いたハハの留守電

          節分は季節を分ける日。 明日から春が始まるという日。 その節目にやろうと決めていたことがある。 それは『亡母の留守電をきく』ということ。 母が緊急入院してすぐに、あっさりと逝ってしまったのが2年前。駆けつけたかったけれど、コロナで帰国はできなかった。 (母の姿を最後に見た日のこと) この2年間で、 入院、臨終、葬儀、納骨に法要、 実家の取壊しと、つどつどで 『帰国する・しない』の決断をしてきた。 2年経った今も帰国していないのだから、 結果、全ての場面で『帰国しない

          節分に聞いたハハの留守電