玄関をあけるとベーブルースが立っていた
2年前の疫病禍イギリス、
ロックダウンの規制は厳しかった。
食料品以外の、店や施設、学校、職場など全てが閉まり住民は外出禁止。
散歩にでる人もなく、車も走っていない。
郵便やゴミ収集も止まっていた。
外に出るのは、毎晩8時に玄関先までの、
医療関係者に感謝の拍手をする時だけ。
世界が滅亡したかと錯覚するくらいに、町は静まり返っていた。
そんな緊迫した日々のある日。
鳴るはずのない家のドアベルが鳴った。
恐々そっとドアを開けると、
野球の神様、ベーブ・ルースが立っていた。
小学生の時に読んだ、ポプラ社 子どもの伝記シリーズ「ベーブ・ルース」の表紙から抜け出て、彼がなぜ我が家に…
しかも、ペンキで汚れた白いオーバーオールを着て…
オーバーオール?
いや違う。
彼はベーブ・ルースにそっくりな、ペンキ屋のおっさんだった。
「eiovhsvihwf」
外見はベーブ・ルース、声は天龍源一郎。
ハスキーな声で、全く聞き取れない。
「申し訳ない。もう一度言ってください」
「ifs=fvfoewfjpe」
歯も上下で2本ずつしかない。
空気がもれてか、やっぱり聞き取れない。
すると、一枚のチラシを渡された。
『ペンキ塗り、木の伐採、パティオの水圧洗浄、何でもします』
ああ、なるほど。
お仕事を探されているのか。
実は、我が家の白い外壁に、黒カビが出現して、気になっていた。
素人では届かないから、業者にお願いしたいと思っていた所だった。
しかし、
イギリスにおいて、こういった訪問業者は簡単に信用してはいけない。このおっさんも十分怪しい。なにせ、オーバーオールの横のボタンが全部取れて、パンツが盛大に見えていた。
怪しさ2000%である。
外に出て2mの距離を保ちながら、一応話しを聞いてみた。
おっさんは時折「うしゃしゃしゃ」と笑い、
その度にツバが風下の私の顔面にかかる。
袖で顔を拭い、立ち位置をズラシても、なぜだか、またうまく私の顔面にかかる。
丁度この時は疫病の全容もわからず、遺体の安置場所もないと報道されていた時だった。
あんたコレ、この人が疫病に罹っていたら…
何より、今はロックダウン中ではないか。
近所の人に通報されるかもしれない。
丁寧にお断りして家に入った。
ベーブ・ルースは、それきり来なかった。
+ + +
それから2年ほど経ち、ロックダウンも解除され、ほぼ日常に戻った今。
平和な日々を噛みしめていると、
またドアベルが鳴った。
ベーブ・ルース再来か?
2年ぶりにまさかね、ふふふ、と玄関を開けると、
イケメンの若い男性が立っていた。
「外壁にカビが生えてますね」
聞けば、ここらでビジネスをしているらしい。
あの家の塗装をしたし、その家もやった。
リピーターもいますよ、信頼第一です、と。
話していても、誠実そうで感じが良い。
そして、イケメン。
いつからできるのか聞くと、「明日にでも」という。
明日は壁の「洗浄」
明後日は「ペンキ塗り」で、計2日間とのこと。
あら、そんなすぐに。
じゃあお願いしてみようかとなった。
「では、明日の朝7時に」
笑顔でイケメンは去っていった。
職人さんには、お茶やお菓子を出す。
どうせなら感じの良い人の方が良い。
そしてイケメンなら尚更良い。
あの時、あのおっさんに頼まなくてよかった。
こんなイケメンが来たのだから、と心の底から思い、いそいそとお茶菓子を買いに行き、当日の朝、化粧などした私だった。
早朝7時、約束通りにドアベルが鳴った。
意気揚々とドアをあける。
野球の神様、ベーブ•ルースが立っていた。
「my息子jdjjjehjjaknfjej」
野球の神様似で、イケメンの父親でもあった、
ベーブ•ルースが立っていた。
まさかの親子。
そして、イケメンは来なかった…
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