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自然の美,愛と自己肯定 -風能奈々「このために生まれた」(6/8-6/29)

 よく晴れた、6月某日。


 風能奈々「このために生まれた」2024.6.8 [Sat.] - 6.29 [Sat.]

【風能奈々、および作品に関して
ー愛しい存在との時間が生んだ作品の遷移】
「すぎゆく時間と愛するものの死と、生きている不思議と死んでいる不思議。この世界を透明な目で見続けること。そしてもちろん絵を描いていくこと。このために生まれました。」
風能奈々

同上

アクリル絵の具から生まれる細密な世界

 遠目からは、何かきらめいている画面、としか見えないけれど、

 近寄れば、その緻密さに息をのむ。

風能は自らの生活での体験や感覚、感情を、新たな物語世界に昇華させるように緻密に大胆に作品に展開します。

繊細な筆致で高い密度のマチエールを絡み合わせた画面は、まるで磁器や彫金を思わせるかのような光沢と、刺繍や織物のような重層感があり、それがアクリル絵具のみで生み出されていることに驚きを覚えるでしょう。

活動初期は、少女や動物、おまじないの道具などをモチーフに、幼い頃愛した想像や物語、家族との思い出を「ひとりの世界に潜り、閉じこもる」ための内向的な表現として描いてきました。

それが前回の2019年の個展では、「鍵」を題材に世界が開かれる描写に至った、大きな心境の変化を表わすようになりました。

そして今回、今までのモノトーンの色調でモチーフをゆっくり深く重ねるやり方から変容を遂げます。

黄、青、緑などの色を大胆に試し、ひとつの絵を呼び水に次の絵のイメージが湧くなど、感覚にダイレクトに夢中に絵を描く喜びに立ち返ったのです。
それは、新しい家族ができ、子供が誕生し、猫が亡くなり、愛する存在との日々とその過ぎた時間さえもいとおしい、ささいな日常の美しさが風能に新たな視野と大きな変化をもたらしたといえるでしょう。

「息子が太陽は透明の色をしている、って言ってて、先入観も既成概念もない状態でみる世界というのを感じられて嬉しい。自分まで広がっていく感じがする」

「死んだ猫にも0歳の息子にももう会えない。日々のくだらないことと美しいことと馬鹿馬鹿しいこと。このために生まれた。」(風能奈々Xより)

同上

 解説にあるように、絵を前にすると、まるで金属のプレートを掘ったかのような、あるいは彫刻であるかのような、はたまた織物なのではないか、といった印象をうける。

 読んでもなかなか信じられない。作品たちがアクリル絵の具のみで生み出されているという事実に驚愕する。


「川根本町で見た星」

 本展の紹介のなかに、作家自身が作品について触れた箇所があった。

「川根本町で見た星」

【本展、出展作に関して
ー日常のきらめき、自然、みずみずしい言葉から生まれた新たな物語世界ー】

「川根本町で見た星」は、去年の夏から秋にかけて友人家族が帰省した、美しい星空で有名な静岡県川根本町で過ごした時間、景色、想いが描かれています。

一緒に遊んで、夜には流れ星に歓声をあげる奇跡のような楽しい日々。山々は折り重なり、茶畑はこんもりと可愛らしく、心に染み込んだ特別な夏の記憶が作品となりました。

同上


星たちがきらめく

 「星」たちのモチーフは、展示作品たちのなかでも、きらきらと光を放つように見えた。


「きれいなドアを見つける」

 作家が、同じように言及していた作品は、

「きれいなドアを見つける」

「きれいなドアを見つける」は、そんな夏、友人の娘たちが折り紙の占いを作って書いた言葉であり、なんて美しいのかと感動したことに端を発します。

このシリーズは、組作品の構成が独特ですが、それはかつて風能が毎日描いていたドローイングのノート1ページ分や見開きページと同じサイズとなっています。その馴染んだサイズのおかげでいくらでも描けるという開放感、まるで本のページをめくり、きれいなドアを開けるような心躍る展開が見えるようです。

モチーフは庭の草木から、日記のようなとりとめのない日々の美しさがもとになっており、散文のようなものだといいます。

同上

 とりとめのない日々の美しさ。まさにその世界が、壁いっぱいに広がる。

 1作品ごとは小品で、全体で1日を示すような、ある日ある世界の一瞬を、小さく切り取ったもののようにも感じられた。近寄って熱心に、じっと鑑賞している人が多かった。


「このために生まれた」

 「このために生まれた」が本展のタイトルで、さきの引用をもう一度引けば、

それは、新しい家族ができ、子供が誕生し、猫が亡くなり、愛する存在との日々とその過ぎた時間さえもいとおしい、ささいな日常の美しさが風能に新たな視野と大きな変化をもたらしたといえるでしょう。

「息子が太陽は透明の色をしている、って言ってて、先入観も既成概念もない状態でみる世界というのを感じられて嬉しい。自分まで広がっていく感じがする」

「死んだ猫にも0歳の息子にももう会えない。日々のくだらないことと美しいことと馬鹿馬鹿しいこと。このために生まれた。」(風能奈々Xより)

同上

 という作家の人生そのものであり、大きな自己肯定が伝わってくる。

 いとおしい日々。愛と自己肯定。

 美しい世界のなかに作家はいて、その筆を通じて、きらきらした世界が観る者のなかにも零れ落ちてくる。



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