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古代のグッドデザイン

工業デザイナーである私は、昨今のプロダクトだけでなく、あらゆる時代に存在した工芸品にも関心があり博物館や工芸館などにも足繁く通っています。

そのような工芸品はモダンデザインには無い魅力を持つのはもちろんのことですが、作られた製法や時代背景などについて想像する楽しみもあります。そして過去の人々が時代の制約の中で素材をどのように扱ってきたかについて考察する事は現代にデザインする私たちにもヒントを与えてくれます。

正倉院の白瑠璃碗

ここで取りあげたいのが奈良の正倉院の宝物として有名な白瑠璃碗(はくるりのわん)です。

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出典:宮内庁ホームページ(https://shosoin.kunaicho.go.jp/treasures/?id=0000011989&index=0

白瑠璃碗を歴史の教科書などで見た覚えのある方も多いかと思います。カットの施された均整の取れた非常に美しい形のガラスの器です。実はこれは日本で作られたものではなく、古代のササン朝ペルシャ(現イラン・イラクとその周辺 )で製造されたものなのです。それがシルクロードを巡って日本にたどり着き正倉院で保管されました。

ここであえて製造といったのは、実はこのガラスの器は古代のヒット商品とも言えるもので、ユーラシア大陸の各地に数千もの碗が発見されており、厳しい品質管理の元、工業的に生産されていたと言われているからです[1]。

ただそれらの多くは地中に埋まっていたためガラスが変質してもはや透明ではないものが大多数で、正倉院に保管されていた器は最も保存状態が良いものと言われています。

このガラスの器はなぜ古代世界で大量に流通したのでしょうか。

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ササン朝ペルシャの初代王アルダシール1世の宮殿跡 中森撮影

1.シンプルな機械加工を前提とした形状

この器の製造方法はごく簡単にまとめると次のようになります[1]。

1.型にガラスを吹き付けてボウル形状のガラスを作る
2.球状の砥石をつけたグラインダーで円形のカットを施していく

型によって常に同じベースとなるボウル形状ができ、円形カットもグラインダーを器の決まった場所に当てていくだけです(下絵)。円形カットを施された面同士が隣り合うことで六角形になり、シンプルな加工を繰り返す事で複雑な表情を作り出すことができます。

もちろん精度を出すことは簡単なことではありませんが、職人の技量に大きく左右されない非常に合理的な方法で装飾を施しています。こうして質の高いものを効率的に生産できたのだと考えれます。

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2.素材の魅力を引き出す

2019年に東京国立博物館で行われた展示「正倉院の世界―皇室がまもり伝えた美―」で実際に白瑠璃碗を見ることができました。そこで初めて気づいたのは、カットが施されていない部分は表面がそこまで平滑ではなくガラスがくすんで見えたことでした(下写真)。

逆にカットを施した部分は透明度が高く、凹のレンズ効果もあってカット面の中に無数のカット面が映り込み、反射と透過というガラスの魅力が際立っていました。

今でこそガラスは平滑で透明なものというのは当たり前ですが、当時の技術ではカットして研磨することで初めて得られた透明性だったのかもしれません。(もちろん使用するにつれ表面に傷がついて、カット部分だけ大切に磨かれてきたという可能性もあります)

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出典:宮内庁ホームページ(https://shosoin.kunaicho.go.jp/treasures/?id=0000011989&index=0)(元画像をトリム加工)

3.流通に耐えうる堅牢性

このガラス碗は主に海路ではなくシルクロード伝いに陸路で各地へと運ばれて行きました[2]。当時の道を想像すると凹凸だらけで衝撃を吸収できるタイヤなども無かったので運搬物へのダメージは相当大きいものだったと考えられます。そのため揺れても簡単に割れないようにこの器に十分な厚みを持たせたと言われています[2]。

古代のグッドデザイン

このタイプの器が実際にどのように使われたのかという記録ほとんど無く、当時の暮らしを想像しながら用途について述べていくのは手に余ります。

そのため上の3点はあくまでも製造、素材、構造といった物質的な面での考察になりましたが、シンプルな形状をしているので入れるものを特に限定しない汎用的な容器・食器として裕福な人々の家のインテリアを彩っていたのではないでしょうか。
用途・使い方を限定しすぎないというのもデザインが普及した一因だと考えられます。

場所や時代を超えて素材や技術が出会う

前回の記事でも紹介しましたが、私たちがデザインした「OOPARTS-001」は、現代的な素材であるアルミとCNC切削技術が今回紹介した白瑠璃碗のような古代の製法と出会うことで生まれたものです。

さらに言うと白瑠璃碗に見られるようなガラスをカットする技術は、それよりはるか以前から存在していた石製の容器を加工する技法に由来すると言われています[3]。

すなわち当時の新しい素材である透明なガラスと以前から存在していた石を加工する技術が出会ってこのようなガラスの器が作られたのです!このように場所や時代を超えて素材や技術が出会うことで新しいデザインが生まれてきたと言えるでしょう。

このような形で今後も古代のグッドデザインを紹介していきたいと思います。

AATISMO 中森

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エーゲ海の島々で作られたさらに時代を遡った石製の容器 Heraklion Archaeological Museum


参考文献:
[1] 由水常雄『正倉院ガラスは何を語るか 白琉璃碗に古代世界が見える』
[2] 谷一尚『ものが語る歴史2 ガラスの考古学』
[3] 深井晋司『ペルシアのガラス』




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