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適応障害で休職した38歳の私と、ジョン・コルトレーン(4)A Love Supreme


  妻の口から出てきた言葉は、
  思いもよらないものだった。


「それで、あなたが
 あなたらしくいられるのなら、いいと思う。」


 …私は泣きそうになった。

 家族に迷惑をかけ、
 家計に打撃を与えることになるかもしれない
 夫の我儘を、妻は許してくれるというのだ。

 何よりも妻が私の考えを理解し、
 同意してくれたこと、それが本当に嬉しくて、

 そのあと、やっぱり泣いた。

 この事柄だけではなく、
 今までの結婚生活において、
 妻にはいくら感謝しても、し足りない。

 今までもこれからも、
 私は妻と結婚したことが人生最大の幸せだと、
 心から思う。


 早速、オークションに入札した。

 落札した時は夜の23時近くだった。
 緊張で手に汗が吹き出てきた。
 しかしそれよりも、喜びと安堵が大きかった。

 そして、これからのことを思うと、
 ワクワクする気持ちが膨らんできた。

 こんなこと、
 今まで数えるほどしか感じたことなかった。

 少なくとも、仕事では感じたことはなかった。

 プライベートでも、
 妻や子どもに関わることを除いて、
 私自身に起こったイベントの中では…
 …DJをほとんどしなくなってから、
 ここ10年は感じたことがなかった、
 ワクワク感だった。


 妻に落札したことを告げた。

 私の顔は真顔だったと思う。

 落札した事とともに、
 とてもワクワクしていることも併せて伝えた。
 妻は笑顔で「ほんとうによかったね」
 返してくれた。


「さて、レコードが届いたらどうしようか。
 もちろん聴いて、そのときの家族のことや、
 自分が感じたことを書こうと思うんだけど…。」

「あなたの言葉そのままで、
 書いていったらいいんじゃない」

 妻が言った。
 ほんとうに素敵な人だ。やはり私は幸せ者だ。

 不安ではないドキドキがあったのだけれど、
 とりあえずいつもの抗不安薬と、
 睡眠薬を飲んで眠りについた。


 出品された方と簡単なやり取りを交わし、
 自宅にレコードが届いた。

 数にして、約100枚。

 そのとき家には私しかいなかったが、
 特別な日にプレゼントをもらって
 開ける時の子どものように、
 私の表情は輝いていた
に違いない。

 急いで、でも慎重に、段ボールを開ける。

 きれいに揃ったレコードたちが、
 私の目に飛び込んできた。

 1501、1502…
 指でレコードをめくりながら数える。

 確かに、そこにはブルーノートの
 1500番台が全て揃っていた


 長年、丁寧に保管されていたのだろう。
 レコードはみんな、綺麗だった。

 また、中にはまだシュリンクのままの
(ビニールの封が切られていない)
 レコードが数十枚もあった。

 なんということだろう。
 私が数十年前にリリースされた、
 このレコードを初めて開けて、
 針を落とすことができるなんて!!


 また私は泣いた。ひとりで泣いた。

 そして、またどこかに向かって
 「ありがとう!!」
 と、今度は叫んだ。


 風が、ジョン・コルトレーンのメロディを

 「運んできて」から、

 ここまで、わずか数週間の出来事だった。


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