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ルナレインボー 後編


ルナレインボーのことを調べなが
ら、淡々とチャンスをまった。
美しく滝にかかるルナレインボー出現の条件は、実はオーロラよりもよっぽど難しい。それは画像の少なさが物語っているのだか、条件はこうだ。

・幅の広い大瀑布
・満天の星空がみえる晴天の夜
・眩しいくらいの満月
・月の位置(季節)滝、カメラ、月が一直線になる。
・満月が低い位置にある時間帯
・大量の水しぶきをあげる雨季の水量
・水しぶきの方向をきめる風向き

満月、というだけで月に1度、季節を考えると年に2〜3回のチャンス。さらにこのような条件が重ならなければいけない。

そして、そのチャンスを逃さない完璧な撮影技術。

虹は、昼だろうか夜だろうが自分の真後ろに光源(太陽、月)を背負い、水しぶきが自分(カメラ)の前方にある状況で見ることが出来る。
今回僕が狙うルナレインボーは、轟々と水しぶきをあげる滝を目の前にして、自分の真後ろから煌々とした満月が照らす。そんなシチュエーションでの撮影だ、だからベースになる滝のビジュアルも重要なのだ。

第一条件の大瀑布。もう狙う場所は決めていた。ビクトリアフォールズより滝幅も広く水量も豊富、僕の中では世界一美しく豪快な滝

「イグアスの滝」  ここしか無い。

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2006年のビクトリアフォールズの敗北から7年、2013年にそのチャンスは到来した。ブラジルロケが決定したのだ。

今回は冷静に、可能性を突き詰めた。
季節は雨季の直後、水量は申し分ない。機材も前回より進化している。日程も合わせられる。
現地から色々な情報が入ってくる。

アルゼンチン側にルナレインボーエコツアーなるものがあるとか、唯一イグアス国立公園内にあるホテルカタラタスに泊まれば確実に夜現場にいることができるとか、

ただ、殆ど現地の人もルナレインボーを見たことが無いという。
そして、ホテルカタラタスがとれなかった場合、どうする?

そこに一筋の光のような情報が舞い込んだ。

「この月の満月の日、1日だけゲートが一般向けに開きます」

1日、たった1日か、、
そして僕らはホテルカタラタスを予約することが出来なかった。僕らのロケが決まったのは一月前、カタラタスは一年前から予約で一杯だという。毎晩敷地内にいる事はできない。

入れるのは一般にゲートを開放する満月の夜、

たったの1日、最大にして、唯一の可能性。

でも、チャンスはあるのだ。 全力でそれにかける。



はたして、ロケ隊は出発。サルバドール、リオと撮影し、とうとうイグアスに到着した。

ぼくは小中学生時代をブラジルで過ごしていたのだが、その時に来て以来だった。

懐かしさもあるが、やっぱり凄い。世界三大瀑布を全て見てきた今でも新鮮な驚きを感じられた。大瀑布の奏でる轟音で身体が震える。そして心も、

この滝が一番美しく、底力がある。

 

イグアスの滝はブラジルとアルゼンチンに跨る世界最大の滝幅と水量を誇る滝で、世界遺産にも認定されている。大小何百もの滝があり、なによりひらけた場所で見ることができるので、大瀑布で視界をいっぱいにする事ができる。
ビクトリアフォールズとはそこが違う。
またルーズベルト大統領夫人がイグアスの滝をみて口にした「My poor Niagara...」は有名である。



昼間散々撮影しながら情報を集め、スケジュールを決めていく。満月の日まであと3日だ。

イグアスの滝は見るポイントが豊富で、こんな近くまで寄れるの?、というポイントがいくつもあり滝の迫力を本当に身近に感じる事ができる。
しかし爆音とスコールのような水しぶきで撮影はなかなか困難、そういう場所ではアシスタントとの会話も難しいし、なにせシャッターを2回もきればレンズはびしょ濡れになる。
いやしかし、楽しい。大自然の中に入り込んでいる感じがたまらない。

風向きによって、濡れずに撮影できる瞬間がたまに訪れ、その瞬間にカメラのレインジャケットを外してシャッターを切りまくった。天気にも恵まれ昼間の写真は最高のものが撮れた。昼間なら虹もバンバン出る。

さて、気になっていたアルゼンチン側のルナレインボーエコツアーだが月の向きを考えるとそこからルナレインボーが見えるとは考え辛い。

しかし、イグアスは滝をみる足場がたくさんあるので、もしかしたらなにかイイ角度でみえる場所があるのかもしれない。
どちらにしてもブラジルサイドでは満月の日以外はゲートが閉まって夜は動けないし、、、
なにせ実際に行ってみないとわからないという事になり、それなりの値段だったが国境を超えアルゼンチンに入国、ツアーに参加した。

小さな電車に乗せられ滝にアプローチしていく、満月前日だ、晴れれば条件は悪くない。月の様子を気にしてずっと空を見上げながら電車に乗っていた。ドキドキする。

ビクトリアフォールズでの事が頭をよぎる、連敗か、リベンジか、いまは月が煌々と明るく上がってきている

電車は滝に流れ落ちる河の上流に到着。ここから河の上にかかる橋桁を延々とあるいて滝にアプローチする。真っ暗のなかで細い橋桁の上を歩いていくのは結構怖い、天気は晴れと曇りを繰り返している。

黙々と歩き、悪魔の喉笛と呼ばれるイグアス最大の名所にたどり着いた。爆音が響き渡る、目の前で真っ黒な滝壺に怒涛の流れが吸い込まてていく。本当に近い、みていると吸い込まれそうで腰がひけてくる、悪魔の喉笛とはよく名付けたものだ。

「やっぱすげえ! そして怖えー!」

しかし。これ、どうなんだ、結局ここにたどり着いたという事は?。
そもそも撮影を考えている場所の対岸、つまり、

「おいおい、やっぱり目の前に月があるじゃん、、」

ここでは一生かかってもルナレインボーは撮れない。ガイドも今日は他に案内する場所はないと言っている。
もしかしたら、という淡い期待は雲に隠れた月と一緒に消えていった。

しかし、イグアスに来て初めてちゃんと月と滝の位置関係を視認できた。もう迷いはない。撮影場所はブラジル側、滝の正面だ。


 ルナレインボーにアタックする当日、昼間撮影予定ポイントに出向き綿密な作戦を練る。立ち位置、レンズ、カメラの設定、セカンドチームの動き。

夜を思うと一瞬動悸がはやくなる。しかしもっとワクワクするのかと思ったが、気がつくと完全にプロフェッショナルモードに入っている。
でもこれが一番落ち着くのかもしれない、目的を達成する為にやることがあって、坦々とやれる事をする。それが鉄則。
だから勝手に頭が切り替わったのか、、
チョロチョロとでてくるハナグマの愛嬌ある顔にちょっと心が和らぐ、
チームのみんなもいい顔をしている。

さあ、腹はきまった。あとは現場でどう臨機応変に動けるかだ、なにせ場所以外のちゃんとした撮影データが何もないのだから。



夜が来た。

20時のゲートオープンにあわせて何台ものバスがイグアスの滝に出発する。1秒でもはやく現地に着きたくて一番最初に出るバスに並んだ、天気はいい、星が見えている。快晴だ。
落ち着け、落ち着け、いやこういう時は

「悠々として急げ」だ。

開高さん、力を貸してください!

祈りと不安を乗せてバスは闇の中を進んで行く。とうとうこの日がきた。

バスは撮影ポイントの少し手前の停留所で止まった
滝は木々の向こうで爆音を鳴らしている。

「月は!」


低い位置から眩しいくらいの月光を僕に浴びせてくる。

条件はこれ以上ないほど揃っている。しかし一度も見たことのないそれは想像すら難しい、バスをおりながらカメラを握りしめる。
木々のすきまから、何かが光っているのが見えた、ダッシュで木々を抜け滝の前に出る、意を決して滝に視線を注いだ。


暗闇の中、月光に照らされたイグアスの滝に、大きな二本の虹がかかっていた。


言葉を失った。
一瞬音も聞こえなくなった気がした。求め続けたものが目の前に広がっていた。

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刹那、昨日のシミュレーションが蘇る。月が登り切って虹が見えなくなるまでおよそ20分。

「おれは、こいつを頂きにきたんだ。これは俺のルナレインボーだ。自分の役割を果たせ。」

もう死んでもいいと思える瞬間を何度味わえるだろうか、この時間は間違いなくそうだった。
ビクトリアフォールズに生半可にチャレンジして返り討ちに会い、リベンジを誓ってやっとここにたどり着いたのだ。
これまで様々な地での風景を撮影し、様々な撮影方法を会得してきた。星、月、滝、オーロラ、砂漠、その集大成ともいえる被写体、幻の絶景「ルナレインボー」

「最高だ!」

今までのフォトグラファー人生の全てをかけて挑んだ。



撮影は成功した。
月に照らされて青く輝くイグアスの滝、空には星が瞬いている。そこに、大きなダブルレインボーがかかっている写真を撮影する事ができた。感無量、とはこの事だ。

今世界に存在するルナレインボーの写真でもっとも美しいものは、僕の写真だと胸を張って言える。

画像1

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求め続ける魂は報われたのである。

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