南雲暁彦

プロフェッショナルフォトグラファー。幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。 旅、コーヒー、音楽、自らが経験して来た様々なことを写真を幹に書いて行きます。著書「Still Life Imaging スタジオ撮影の極意」玄光社 https://akihiko-nagumo.com/

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    • LENS恋図 -クリエイターを志すあなたへ-

      クリエイターを志すあなたへ 少年時代をブラジルで過ごし世界中を撮り歩くプロフェッショナルフォトグラファーが、旅の事、音楽やコーヒーの事、どうやってフォトグラファーになったのかなど、自らが経験してきた様々な話を写真を幹に書いていきます。https://akihiko-nagumo.com/

    • 眠れない夜に、nag-monologueモノの話。

      「モノ」は大事である。世界300都市での撮影に役立ったモノ達や、普段の生活を彩る面白い「モノ」達。その魅力や付き合い方とは。

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    プロローグ-風-

    1993年に日本大学芸術学部写真学科を卒業し、何の覚悟もないまま社会に入った。 高校も大学も第一志望には入ったことがなく、就職も希望した大手広告代理店の撮影部に最終審査まで残りつつも落ちた後は、教授に勧められるままに大手印刷会社の撮影部に就職した。 高校はつまらなかったかと言うとそうでも無く。それなりに自分に合っていたと思う。部活も中途半端でやめ、勉強も真剣にはやらなかったが、色々とやりたい事に手を出しているうちに写真に出逢った。これが高校時代の最大の出来事だった。

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      • 気がつけばオリジナル

        自分の部屋に吊るしてあるYシャツを下から撮影したシリーズ。 愛機ライカM10Pとズミクロン50mmF2を購入してから部屋の頭上に降臨したこのイメージは、僕の作品の中ではオリジナリティーの高い人気作品となっている。 真似をして撮ってみましたっていうアマチュアフォトグラファーなども現れたり、思った以上の評判ぶりである。自分も初めてこのイメージを捉えたときは「あ、今写真の神様が降りて来た、、」みたいな感覚があってそのまま続けているが、展示などにもつがり自分の作品の中でここまで発展

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        • 83-CとJ.Manoの真実

          adidasの人気アイテムに刻まれた、83-Cとj.manoのストーリー 70〜80年代のアディダス のデザインが好きで、子供の頃から今に渡って当時から続くデザインのスニーカーやジャージを愛用している。スニーカーは、、もう数え切れないほどあって、でもしっかり履いている。 https://m.facebook.com/akihiko.nagumo.5/albums/794208807297614/ 何年か前に、僕が中学の時に死ぬほど気に入って着ていたジャージの復刻デザイン

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          • ライカM11発表と、思うこと。

            カメラの進化として、 ライカM11が60Mの高解像度で登場した。 解像度を上げる進化が先ず一つあるとして、これは人の「もっと見たい」という欲求と分かり易い技術の進歩がもたらす事のバランスで成り立っている。 それは写真を作る一つの要素でしかないのだけれども、これ以上これが進化のメインストリームにならないようにといつものように心配してしまう。 M11がどうこうではなくて色々なカメラで写真を撮っていてよく思うこと、それは 「見た目通り撮れないなあ、人の目って凄いなあ」

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            不自然な果実 -The other side of Lens-

            写真というのは物を自然に捉えて見せてくれているようで、実は凄く不自然な物の見え方を表示している物でもある。

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            バイクに乗る理由。22年目の愛車-HONDA CRM250AR-

             暗い道を走り抜けてふっと陽だまりに出た時、ガムシャラに走ってきた人生のご褒美みたいな感じがした。  1997年にデビューしたホンダのオフロードバイクCRM250AR、27歳の私はそのスタイルとスペックに一目惚れしてロスホワイトの新車を買った。 散々キャンプツーリングにも出かけ、ライダーの憧れ北海道では先の見えないような真っ直ぐなダートも走った。同じ250ccでも4ストロークエンジンのバイクを軽く置き去りにする加速は痛快そのもの。調子に乗っておもいっきりダートでひっくり返

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            飾りじゃないのよ脚は、Fostex自作スピーカーにスパイクを!

            今調べたら2018年だからもう3年も前になるが、Fostexのワークショップで「10cmフルレンジスピーカーを自作する」というのに参加し、一対の小型スピーカーを作った。一日に2人という贅沢なワークショップでFostexのショールームの中の工房みたいなスペースで行われたものだ。 あらかじめ裁断されキットになっているMDF(集積材の合板)でエンクロージャーを組んで行く。これは接着するのに専用の金具で止めた状態。フロントバッフルは黒い皮張りにした。 丸一日かけて完成!(プログラ

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            最終回-恋図Lens-

             小さい頃から気が小さく、剣道の試合やバイオリンの発表会が嫌いだった。極度に緊張してしまい、全く力が出せないのだ。どちらも習わせてもらった事はとても感謝しているし、身につけた事も沢山あると思う。故に本番での弱さが辛かった。 人に気持ちを伝えることも苦手で、 明るく楽しくやっているように見えて、本当に伝えたい事は胸の中で膨れ上がり、喉から先には出て来なかった。 頑張って想いを伝えてくれた人に対しても、膨らんだ気持ちは胸にひっかかり、しっかりと正面から答えることも出来なかっ

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            好評につき会期延長!! 写真展「Lens of Tokyo-東京恋図-」

            写真展 Lens of Tokyo-東京恋図- https://store.leica-camera.jp/event/exhibition_nagumo_sl2s 2020年12月12日、久々の個展がスタートした。しかも写真展としては異例とも言える4ヶ月を超えるロングラン、さらに東京、大阪同時開催だ。 2020年はいい意味でも悪い意味でも忘れらない年になる。2019年に企画し、春先に渡航を予定していた海外ロケが新型コロナウィルスの影響で国内に変更。それはそれで日本の世

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            凱旋(後編)

             暗闇に咆哮を轟かせながら、バンデイランテはシャパーダの闇を切り裂いていく。みな一言も声を発しない。少しでも体力を温存しているかのように。 今までで一番大変だった撮影を思い出す。それはアラスカでメンデルホール氷河の氷穴にアタックした時の事だ。 日本にいる時から現地のガイドに体重や体型、トレッキングのスキルを散々きかれ、装備にも注文があった。その為のチームを編成し、装備も全員で確認した。現地ではやはり散々天候に悩まされ、やっとの思いでアタックしたのを覚えている。 円陣を組

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            凱旋(中編)

            バイーヤ州 シャパーダ・ジアマンチーナ国立公園。何十億年もかけて築かれた奇跡のような絶景の宝庫。 サンパウロで再合流する予定の腐れ縁Mと、ここで帰国する望遠職人のTに別れを告げ、古都サルバドールから長距離バスに乗る。ブラジルの長距離バスというはすごく快適で、ほぼフルフラットになるゆったりとしたシートの大型バスだ。電車がほとんど無い分こっちは進化している。 街を出ると窓越しにファベーラ(貧民窟)が沢山見えた。 随分とカラフルで、35年前よりファベーラも立派になっ

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            凱旋(前編)

            第二の故郷「ブラジル」この国にはやはり思い入れが強い。 今まで三度撮影で訪れたが、大人になって改めて受けるその強烈な印象と、ここで自分が幼少期を過ごしたという時間を跨ぐような不思議な感覚がこの地をさらに特別なものにしている。 そしてなにより、母校サンパウロ日本人学校がほとんどそのまま存在し、後輩達が育っているという事。あの大きな空と赤土の大地で走り回る感覚は途切れずに続いている。 それが今、僕が跨いだ時間、過去と現在を繋ぐ糸になっている。  サンパウロ日本人学校は1967

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            無人島レンズ一本

            「無人島一枚」「無人島一冊」「本当に無人島」と、無人島3部作を書いておきながら今になって、コレ書かなくてどうすんだよっ!て気が付いた。 無人島にお酒の瓶を一本持って行くなら何を持って行くか、では決して無い。 無人島に一本しかレンズを持っていけないならどのレンズを付けて行くか、である。 レンズの選択というのは使い手の姿勢がでるものだ。 フォトグラファーにとっては言葉使いを選ぶみたいなもので、 敬語なのか、タメ口なのか、びびってるのか、上からなのか、遊びなのか。勝負なのか

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            バイオリニストとフォトグラファー

             なんであの時代(1970年代)に、あんな片田舎でバイオリンを習う事ができたのか、いま考えれば運命的というか、たまたまと言うか、色々な偶然が重なったのだろう。近所に越してきた同級生の女の子のお父さんがバイオリ二ストで、近所の子供達に教えてくれる、 と言うことだったと思う。 丹沢の麓の、でっかい日立の工場のすぐ近くにある小さな住宅地、そこが僕がバイオリンを始めた場所だ。幼稚園に上がるころだから3歳ぐらいだったのだろう。 そのバイオリンの先生は色白な細面の繊細な感じの人で、今ま

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            本当に無人島 後編

            インドネシア 自然遺産ウジュンクロンの海に浮かぶプチャン島は人間の居住が許可されておらず、基本的には無人島だ。 ゲストの為にロッジと炊事場はあるが電気も通っていないし、お湯もでない。毎日巨大なポリバケツで水が運ばれてきてシャワーの代わりに水ごりをするというこれも中々修業な日々が待っていた。 鹿やらイノシシやら猿やらがたっぷりいて、島に着いた途端に野生の真ん中状態となる。 船に乗り込んでいた現地ガイドと思しきスタッフ達はシェフと漁師で、毎日皆んなの食料を海に釣りに出かけてい

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            本当に無人島 前編

            それはとある企業の広報誌で連載の撮影をしていた時の事だ。  なんでも今回は自然に関する特集記事で、インドネシアに行くから一緒に来てくれと言う。ちょうどいつもの海外ロケの隙間だったし、アジアは普段のロケでは行かないから興味もあったので同行するよと返事をさして色々と話を聞いてみたところ、撮影地は首都ジャカルタと、自然遺産ウジュンクロンのプチャン島だという。 ウジュンクロン?プチャン島?僕はアジアに疎いとはいえ、全く聞いたことがない。。それが逆に若干気持ちを上げている事に気づく

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