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凱旋(前編)



第二の故郷「ブラジル」この国にはやはり思い入れが強い。
今まで三度撮影で訪れたが、大人になって改めて受けるその強烈な印象と、ここで自分が幼少期を過ごしたという時間を跨ぐような不思議な感覚がこの地をさらに特別なものにしている。

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そしてなにより、母校サンパウロ日本人学校がほとんどそのまま存在し、後輩達が育っているという事。あの大きな空と赤土の大地で走り回る感覚は途切れずに続いている。
それが今、僕が跨いだ時間、過去と現在を繋ぐ糸になっている。 

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サンパウロ日本人学校は1967年設立、正式名称は「Sociedade Japonesa de Educação e Cultura」直訳すると「ブラジル政府公認社団法人サンパウロ日本人学校教育会」という、現地駐在員の子供達の為の学校だ。

僕はここで9歳から14歳までの5年間と3ヶ月を過ごした。人格の形成に最も重要な時期にかけがえのない仲間達と素晴らしい時間を過ごした場所である。思春期にさしかかり、初めて女の子に告白したのもこの時代の出来事だ。
今回の話はそのブラジルへ、大人になってから三度目に訪れた時の話だ。

この撮影が決まってすぐに、僕はサンパウロの母校に訪問したいという連絡をした。そして出来れば生徒達に講演をさせて欲しいとの一文と自分のプロフィールを加えた。
前回訪問したときは夏休みで生徒は1人もおらず、すこし寂しい思いをしたが(お陰で自分達の残像は沢山見ることができた)今回のタイミングなら後輩たちにあえるはずだ。

プロのフォトグラファーになり世界中旅をしてきて、後輩達に話したい事もたくさんできた。そして、「いま君たちがそこにいること」それはどれだけ素晴らしい事なのかも伝えたい。

この学校には社会で活躍するOBや由縁のある著名人が行うキャリア学習の講演枠がある、そこで話をさせて欲しいというオファーだ。
今まではサッカーの三浦知良選手やお兄さんの三浦泰利さん、さかなクンや漫画家になったOBなどが講演したという。なかなか狭き門なのだが、僕には切り札があった。その話は後ほどにとっておこう。

しばらくして学校から連絡が入り、幸いにも講演のオファーは受け入れられた。ちょうどその日は父兄も参加するイベントの日で、中学生とその父兄にむけての講演となった。

胸がおどる。

だがそうだ、その前に今回のブラジルロケを成功させなくてはならない。前回は奇跡的にイグアスの滝でルナレインボーを撮影する事が出来たが今回も大物を狙いたい。

色々と調べ、散々悩んで決めた撮影地はここだ。

「ブラジル最後の秘境シャパーダ・ジアマンチーナ」

この地をメインターゲットにする。
日本ではほとんど誰も知らない、僕も全く行った事がない。わずかにネットに存在する鮮烈な写真を元にプランを組み立てていくのだ。

情報は少ないが僕にはユニークな情報網がある。

ブラジル時代、小中学校からの腐れ縁の幼馴染みが今またサンパウロに住んでいる。ブラジル中を旅行しまくっていてシャパーダにも行った事があると言っていた。
そしてもう一人、ブラジル愛が強すぎて会社を辞めて渡伯し、しばらくブラジルに住んでしまったという大学・会社の後輩もシャッパーダには行ったという。(彼女には前回のロケでも散々お世話になり、当時ブラジルにいたのでロケにも少し同行してもらった)

その二人から色々と聞き出した。

一口にシャパーダ・ジアマンチーナと言ってもかなり広大でやはり中々の秘境のようだ。全てを回るのは時間的にも体力的にも無理そうだし、泳いで行かないとたどり着けない場所があったり、決まった時間にしか見れない絶景があるとか、、さすがに広大だ。そして二人ともまだ行っていない場所もあるという。

わずかにネットに出ている情報も内容がまちまちで、沢山あるトレッキングルートはかかる時間もほとんど正確に分からない。こうなると移動する距離と僕のチームのスキルでそれを試算する事になる。また僕の情報網達が行った場所と地図を結びつけるのも中々困難だったりする。

うーむ、

まあしかし彼らのエキサイティングな話しっぷり、そして二人とも口を揃えて言う。

「最高だったよ!、シャパーダ・ジアマンチーナ!」

わかった、わかったよ、絶対に行く。アドベンチャー上等だ。

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少ない情報をねりあげ具体的な撮影設計をはじめた。
現地でのコーディネーターはその会社の後輩にある男性を紹介してもらった。どんな人かと聞くと、彼女曰く

「最強ハイブリッドです」

どうやらかなりの経歴の持ち主で色々な言語を操るインテリジェンス溢れる男らしい。しかも彼もサンパウロ日本人学校のOBだった、最高の巡り合わせだ。
日本からのチームも飛車角を筆頭に前半はディフェンス力抜群の望遠レンズ職人、後半はロスから売れっ子カメラマンを招集した。今回は動画、静止画の同時撮影なので、僕はフォトグラファーと、動画カメラマンと、ディレクターの三足のわらじを履く事になる。この分厚いチーム編成はその為だ。

さあ、闘えるカードは揃った。

撮影のルートはこうだ。
まず世界で最も治安の悪い街の一つレシフェに入り、世界遺産オリンダの街を撮影、そのあとに満を持してシャッパーダ・ジアマンチーナに向かう。そこで秘境の撮影に挑戦、やるだけやって、最後に古巣サンパウロに向かう。
そうそう、向こうでその腐れ縁の幼馴染みを道連れにする為に奴が行きたがっていたフェルナンド・ジ・ノローニャという絶海の孤島も入れた。
(もちろん僕も撮影したいと思っていた場所だ)
その島を含む前半のレシーフェ編と最後のサンパウロでの奴の同行は決まった。日程、ロケーション、人材、機材が滞りなく決まり、時は満ちる。

いざ、出撃!

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地球の反対側にむけて飛行機は離陸する。みな何を思って飛んでいるのだろう。

30時間超のフライトを経て、我がチームはレシーフェの空港に到着した。何度来てもブラジルに降り立つ時は他の国とは違う想いが込み上げ来て、ぐっとくる。 

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到着したレシーフェの空港で待っていた現地コーディネーター「最強ハイブリッド」のKと合流した。

思ったより穏やかな表情。落ち着いている。目の奥の表情が深い。僕は好きなタイプだなと思った。
そう言えば、奴はどうした?空港に来ているものと思ったが奴の姿はないのだ。

「えーと腐れ縁のMはホテルで待ってるんだっけ? 」 とKにきいてみる。

スマホのメッセージを確認して「なんか海の綺麗なとこにいるから後で合流すると言ってますね」とK

「(^◇^;)」

自由人とは奴の事を言う。まあ。とりあえずホテルに向かおう。落書きだらけの崩れかけた壁の街並みを抜けて、僕らを乗せたロケバスは走る。こんなブラジルもあったんだ、ちょっと殺気を感じる。そう、浮かれていてはいけない。ここは良くも悪くもブラジルだ。

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ホテルはオリンダ歴史地区にほど近い、広々としたコテージだった。先ずは荷物を降ろし、長旅の疲れをとらなくてならない。興奮はしているがチームのみんなの表情にも少しだけ疲れがみえる。

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とりあえず、各自休憩を取るように言って僕も部屋に転がった。

フライトの疲労がベッドに吸い込まれていく、、  

「ふーっ、」

意識が薄らいでいく、、、

刹那、

トントン
「南雲さん、Mさん、来ましたよ」とKの声。
いいタイミングだよ全く(^◇^;)身体を重力からひっぺがし、ロビーに向かった。

「おう、なぐもっち、良く来た」

浅黒い顔、短パンとサンダルでまったくもって現地人化したMが現れた。笑い皺が増えたが35年前からこの笑顔は変わらない。

「来たぜ」

「さあ飲もう」

「、、まぢか(^◇^;)」

「飲まないとかあり得ないだろ」

「まあ、そーだな」

軽い挨拶と打ち合わせをしてチームのみんなは寝かせ、二人でコテージのバーに向かった。
気持のよい夜風が優しくヤシの木を揺すっている。

「カイピリーニャだよな」

「それ以外なにかあるのか」

眠くて死にそうだったが、あまりにもこの時間が心地よくしばらく話し込んで飲んだ。ブラジル時代の幼馴染とブラジルで再開して乾杯したこのカイピリーニャが今までで一番美味かったかもしれない。まあ、奴はすぐ忘れちゃうんだろうけど。

「サウージ!」

「サウージ!!」

散々飲んで、僕もあとは覚えていない。さて、一夜明けて撮影開始だ。

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Mはさすがに僕の思考を理解していて、コーディネーターが舌を巻くほどの活躍をみせた。

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阿吽というか、読まれてるというか、この頭の回転の速さと行動力がたまらなく心地いい。昔から優秀な男だったが、大人になってもはや手がつけらないほどの優秀さを身につけている。Mのマネージメントで時間がまったく無駄にならない。それ以上に、

「いやあ楽しい。」

レシーフェ、オリンダ、と順調に撮影し、前半戦の山場 絶海の孤島フェルナンド・ジ・ノローニャに飛んだ。

この島は入島制限や入島税があり、ブラジルに住んでいてもおいそれと行ける場所ではない。お陰で自然が美しく保たれ、トリップアドバイザーで世界一美しいビーチに輝いたことがある。

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島に着くと入島の手続きをして、早速バギーでロケハンにでかけた。
今まであまり見たことのない、原始的とでも表現したくなる景色、シンボルのとんがった岩山がエメラルドグリーンの海に突き出ている。人の匂いより野生の匂いが強い。始祖鳥が飛んでいてもおかしくないような雰囲気だ。

「なあ、なぐもっち。世界中の美しい海を見て来たお前が、この島の海を見てどう

「 ああ、綺麗だ」

「そうか、それなら間違いないな」

「自分の目で見て決めなさいよ^_^」

そんなやりとりをしながら、島を見て回る。入島制限をしているだけあって人の気配が薄い、その分ここは空気が濃い。 その空気をすっていると流れていく時間に重さを感じる、生きている実感とでも言おうか、そんな感じだ。
ロケハンを終え、食事をしながら作戦会議をした。大人の修学旅行みたいだが、みなプロフェッショナルの顔をしている。シンプルに、確実にミッションを組み立てていく。体力温存の為作戦会議を短時間ですませ、とにかく明日に備えて早めに休む事にした。
この島での滞在は約24時間。一撃必殺、ヒットアンドアウェイの撮影となる。

翌朝
撮影を2チームに分け、各チーム昨晩決めた絶景ポイントに散る。

海の絡む撮影は太陽が逆光に回り込む前に撮影しないと綺麗なブルーが出ない。時間が限られている為、他の撮影と平行して狙うのが効率的なのだ。
僕のチームは最初の絶景撮影ポイントをなるべく早く切り上げ、その後船に乗り込み海から撮影する。

チームの飛車的存在のNに任せたチームは陸地のポイントを時間で区切って移動していくプランだ。
そして最後に高台のポイントで合流する。

天気はイマイチな状態からミッションスタート、崖の上から奇岩とビーチが見渡せるポイントで凄くいい景色なのだが雲が多く海の色が冴えない。うーむ。
しかし、ここでは粘っている時間はない。撮影を早めに切り上げて船に乗ることにした。

出航してまっすぐに沖を目指し、じっと空をみつめる。「来た」
曇っていた水平線に青空が浮かびはじめた。刹那、何頭ものイルカが近寄ってきて船と並んで泳ぐ、同時に光が水面に突き刺さる。美しいazulが煌めく

「この瞬間を待っていたんだ。」

船から身を乗り出し鮮やかなブルーの中で躍動するイルカをムービーで抑える。覗き込んだ海を起点に視界がブルーに広がって輝いていくのがわかる。水面に太陽が踊る。

撮りまくれ!!

煌めく海と荒々しい岩山、雲が悠々と泳いで行く空を貪るようにカメラにおさめた。同時に僕の脳にも鮮明に記録される。
そんな風に船からの撮影はなかなか良い素材が撮れた。感動と疲労でぼーっとなるが、船の揺れがなんとかそれを現実に引き戻す。スケジュールを頭に叩き込みなおして陸地チームと第1合流ポイントのビーチに向かった。

ここのビーチは船で近寄って陸地まで泳ぐか、高い崖にへばりついた階段をおりてくるしかアクセスする方法がない場所で、そこそこハードであるがその代わりに世界ナンバー1、手付かずの自然がまっている。

船でビーチに接近するとMが見えた、荷物を防水バックに入れザブザブとMの待つ陸地に向かう。ロケ前にした奴との約束が頭をよぎる。

「なあ、世界一美しいビーチだ、泳ぐよな」

「泳ぐ、30分でも泳ぐ。約束する。

そして今がそのときである。
最初から、この時間だけは撮影そっちのけで地球を味わうつもりでいた。
顔を見合わせて、飛び込む。

全てが青く透明な世界が視界に広がり、その色彩と光の中を魚の群れが舞う。僕らも名前もない地球の命の一つになっていく。

言葉もなく、でも同じ感覚を共有している。
何年にも匹敵する一瞬の煌きを放つ時間をすごした。

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言っておくならば、

この感覚を知らないと物は創れない。 

人間のつくったルールなど及ばない根源的な共感である。そこから出来たものを人は求めている。

その後太陽は照り続けた。撮影スケジュールをこなし、僕らは最終合流ポイントの丘の上にいた。

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みんな同じ方を見て、ラストカットの風景に照らされている。エメラルドグリーンの海、恐竜が出てきそうな森と巨大な岩山、白い雲

僕らの想いを乗せて、シャッターを切った。

午後の気持ちよい風にふかれながら、この島でのミッションは無事に終わりを迎えた。安堵と切なさがいりまじった、いつもの感覚。

さて、大活躍のMなのだが、奴には色々と面白い特性がある。その一つに食べ物を粗末にすることが全くもって出来ない、というのがある。これはとても良い事なのだが、ロケーション撮影では急な天候の好転などで食事をする時間が極端に短かったり、後回しになったり、ときには食べられない事もある。
僕は食べないでやることは絶対にしない主義なのだが、今回の24時間滞在の一撃必殺ロケでは天候やカンにあわせて現場判断でスケジュールを修正しながらの撮影だったので、食事のタイミングがかなり短くなってしまった。ロケ用の食事パックを人数分用意してもらっていたのだが、かなり手付かずの状態になってしまっていた。

僕も口に詰め込めるだけ詰め込んでボートに乗り込んだので殆ど食べていない。
撮影が終わって空港に向かう車の中で飛車のNが
「南雲さん、Mさんがお弁当全部もってきてるんですけど、、どうしましょうか、、」とコソコソと言って来た。
「やっぱりか(^◇^;)」
みんな撮影に夢中になると食事そっちのけな若者達で、しかも大食漢は一人もいない、一番食べるのは間違いなく僕だろう、、そんなチームなのだ。もはやみんな疲れ果てて飯には興味は無くなっているし、、

「おい、弁当全部もってきたぞ、食べるだろ、せっかく用意してもらったんだ、美味そうだぞ。」とM

、、そう来る、、とは思ったが。わかった、食べよう。と、みんなをむりやり促し、食べれるだけ食べたが、、食べきれない。Mはぺろっと食べて魚の骨をしゃぶっている。
いやコイツは本当にたくましい、、

しかし飛行機の時間もせまっている。まったくもって食べきれないので、困っていたらMが見ていない隙に飛車角の二人ががどこかで処分してきてくれたのであった。まあ殆どが飛車角が残したものなんだけどね、、(^◇^;)

うちのチームにMを合わせる事が出来たのは収穫だったと思う、こんな奴は二人といない逸材だ。色んな意味でかなりの刺激を受けたにちがいない。

あとでMがボソッと言ったのだが、現場での僕の動きにも驚いたらしい、「ちゃんとリーダーらしく働いていて驚いた」との事。幼馴染らしい感覚に思わず苦笑いしてしまった。

「おいこら、少しは見直したか。」

さて、次だ。
本命、シャパーダ・ジアマンチーナがまっている。
ーーーーーー


中編に続く。



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